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ぴくしぶ


ただいまpixivで小説をあげています。

このサイトで書いたものを加筆・修正してあげ直しているのがメインです。

touch.pixiv.net

ご興味があれば、ぜひに!

段違いのひと(綾部→仙蔵)


 立花仙蔵先輩は段違いの人だ。


 人の肉が焼け、血と混ざりあった脂の蕩けゆく死の薫り。鬨の声が渦巻き、絶え間なく聞こえる剣戟の音、一際高く響き渡る銃声。城は人に取り巻かれ、空は様々な旗印で彩られ、地面は赤に埋め尽くされる。
 最悪で醜悪。武悪の面をして十悪を犯す兵士の多くはただ生きるに必死なだけの偽悪者。しかし、その行為は紛うことなき重悪である。

 腕っ節の強き猛者、運の良き果報者、惨状の中でも正体を見失わない冷血漢、狂気に呑まれ戦場に縫い止められてしまった殺戮人形。生き残れるのは果たして誰なのか。生き残るのは果たして誰であれば良いのか。

「おい仙蔵、そろそろ行くぞ」
「戦況も確認できたしこれ以上の用は無い。行くか、文次郎」

 兵士に気付かれないで偵察ができる丁度の距離にある木々の枝の上に、二人の忍者がいた。お互いに聞こえる丁度の声音で言葉を交わし、これまた丁度のタイミングで枝を蹴る。
 忍者の名は潮江文次郎と立花仙蔵と言った。忍術学園六年い組の生徒達で、授業の一環として戦況を見極めていたのだ。二人は学園に向かいながら、報告内容の確認をする。

「現時点ではツキヨタケ軍が優勢だな。兵数はニガクリタケ軍の方が多いが、兵の士気が落ちて圧されてきている。兵糧の準備の差が物を言ったな。ニガクリタケ軍はこれ以上長期間の戦に耐えられるとは思えねえ。お前はどうだ」

 文次郎は仙蔵を見遣る。驚くべき速さで森を駆けながらも息一つ乱れない。表情も平生そのもの。先の惨状をなんとも思っていないのか。

「私も異論はない。しかしツキヨタケの密使がドクツルタケ城に遣わされたからな。うまく援軍が来れば、覆せる程度の戦況だ。まだどう転ぶか分からない」

 そう言って、仙蔵は整った顔に意地の悪い笑みを浮かべて文次郎を見返した。


 今頃、立花先輩達はそんな遣り取りをしているのだろうな。四年い組の教室の窓から青く晴れ上がった空を眺めながら、ふわふわと、ぼんやりと、僕は益体もない妄想に耽っていた。
 今までの物語は妄想の産物であって現実に起こっていたことではない。確かに六年生の今日の授業は実地訓練ということで戦場に行ってはいるだろう。しかし学級どころか学年も違う僕が、立花先輩の受けている授業内容そして実態を知るべくもないのだ。

 どこからか送られてくるとげとげしい視線を感じて意識を戻し、教室内を見渡してみる。おやまあ、滝夜叉丸がこちらを睨みつけているではないか。窓の外ばかり虚ろな目で見ていたから授業に集中しろと言いたいのだろう。しかし、今から授業を真剣に聞いたところで就寝前に部屋でこっぴどく説教されるのは自明の理。この時間は好きに過ごさせてもらおう。
 瞼を閉じると一層熱のこもった視線が送られてきたが関係ない、もう一度立花先輩の姿を思い描いて、僕の世界で躍動させ始める。



 僕、綾部喜八郎と立花仙蔵先輩は、そう、まずは学年が違う。
 二学年も違うのだ。



 授業が全て終了した放課後。所属している委員会ごとに集まって、時たま活動を行うことがある。僕が所属するのは作法委員会。
 一年い組の黒門伝七、一年は組の笹山兵太夫、三年は組の浦風藤内は作法委員で僕の後輩。そして立花仙蔵先輩も作法委員会に所属している。それもただの人員ではなく、我が作法委員会の頂点に立つ委員長様である。

 作法委員の皆で首実検に使う化粧道具を仕入れに行った日があった。つい二、三日前の話だ。山を一つ越えたところにある町で買い物を終えるまでは天気が良かったのに、休憩に入った甘味処から出た時には雲行きが怪しくなっていて、忍術学園まで急ぎ歩を進めるも空しくどしゃ降りの雨に打たれる結果となった、あの日の話。

 忍術学園にたどり着いた頃には、僕たちは全身濡れ鼠になっていた。軒下に駆け込む。雨に濡れた衣服は軽く絞っただけで水を吐き出した。頭上を見遣ると、とぐろを巻いたうす暗い灰色の大蛇のような雲が天を席巻しており、未だ雨の止む気配は見えなかった。購入した化粧道具は各自が包みごと懐の奥深くに入れていたので何とか無事に済んだようだ。
 立花先輩は伝七や藤内達からそれを預かり、後は委員会室に置きに行くだけなので私一人で十分だから今日の委員会活動はこれにて終了だ、と告げた。どうせだから私達も行きますと言う後輩達の背中を、いいから早く自室に戻って風呂へ向かえと立花先輩は追いやった。

 冷酷に見られることも多い立花先輩だが、実のところは冷徹な頭脳を持った人一倍温情ある人物だ。
 水分をたっぷり含んだずっしりと冷たく重い着物をこのまま着ていれば、明日の朝に起床する時には咽が痛みを訴え、午後に入ると鼻水と寒気が止まらなくなり、晩御飯前には医務室の床で熱にうなされるのが彼には容易に想像できたのだろう。
 優しい先輩は、可愛い後輩に風邪を引かせたくないのだ。

 自身の体は顧みないなんて、ああ、立花先輩は器が大きいなぁと思った。
 器量だけでなく、持っている力量、才能も抜群なのだから真の器物だ。成績優秀で何をさせてもそつ無くこなす。特に火薬に関しては生徒の中で右に出る者はいない。容姿は端麗、女子からの人気は勿論のこと、女装をさせれば町一番の美人でも逃げ出したくなる程。

 完璧超人でありながら更に出来た人で、お人よしな所があって面倒見も良いとくる。後輩に指導をしたり助言を与えたりすることは日常茶飯事。
 しんべヱと喜三太の二人にはしょっちゅう迷惑をかけられているようだが、どれだけ厄介事に巻き込まれても二人が心配になって、なんやかんや構ってしまうようだ。なんと素敵なのだ、貴方という人は。



 僕と立花先輩では能力という能力が違う。実力が違う。思慮が違う。
 全く以て、悲しいくらいに。違うのだ。



 お前達は早く部屋に帰れと頑なな立花先輩に、私達も残りますとこれ以上粘っても埒があかないと判断した後輩達は、ありがとうございますと口ぐちに言いながら廊下を走っていった。

「ほら、何をぼうっとしている。お前も戻れ、綾部。濡れた着物が張りついて寒いだろう」

 駆けていく後輩を立ちん坊で見送る私に立花先輩は首をかしげて言った。
 嫌です、私は戻りませんからね。意思を伝えようと首を横に振り、立花先輩の目をじっと見る。

「お供します」

 そう一言告げた。先輩一人だけ任せるのは申し訳ないし、何より、せっかく二人きりになれる好機だ、みすみす逃す手はないだろう。

「ふむ……好きにするといい。綾部ならば大丈夫か」

 少しの間、先輩は顎に人差し指をあてて目を伏せたが、切れ長の目をすぐに開けて、一つ頷いた。言うが早いか、私に背を向けて歩き出す。

「行くぞ」
「はい」
「私達も雨に打たれているのだからな、長居は無用だ。ちゃっちゃと片付けて帰るぞ」

 やったあ。下級生より十分に体力があると判断されての同行許可だ。先輩に私の力を認められたようで嬉しい。足取りも軽く先輩についていく。
 雨は未だ止む気色もなく、濡れた衣服は湿った外気により冷えだしていたが、心は反対に温かかった。
 貴方とのこんな些細なやり取りに、私は不思議と幸せを感じるんです。
 簡単で、簡素でいいんです、一緒にいられるだけでいいんです。後輩以上に想われることなんて望みませんから。



 立花先輩と僕の違いなんてたくさんある。身長だって先輩の方が拳一つ分以上大きいし、他にも挙げきれないくらいにある。基本的に立花先輩が段違いに上で、僕は段違いに下だ。
だけれども。
 一つだけ僕が格段に先輩よりも上を行くものがあるのだ。一番の差。最上級に大きな差であり、一生かかっても何時になっても追いつかれることはない、埋められるべきでない差なのだ。

 それは当然、僕が先輩を想う気持ち。

 唯一、段違い上の先輩に勝てるものだから、この気持ちを僕は大切にしている。立花先輩は僕を後輩として大事に思ってくれているのに、僕は彼を、先輩という関係以上に特別に想ってしまった。
 今の安穏とした関係を壊したくない。先輩は六年生だから、あと少ししか一緒に学園生活を送ることはできない。もうすぐ壊れる関係性をどうして自ら壊そうか、壊してたまるものか。


 立花仙蔵先輩が段違い上の男であることは間違いないけれど。
 彼にも勝れるたった一つの気持ちを持ってして、僕も段違いの男、段違いに立花先輩が好きな男として、自己満足しながらこれからも生きていく。

 不言実行を体現したような性格である私が、自分の心に宣言した。だから、この気持ちは確実に絶対に必然的に、伝わることも届くこともないのです。

 一人できらきらして、どきどき、ふわふわ、そわそわして、好きって気持ちで目一杯遊んで、そうして人知れず朽ち果ててみせます。悟らせて貴方に気遣わせませんから、私が目を閉じるまでは、許してくださいね。


 まあ許すもなにも、貴方は気付けるはずがないのだった、僕のこの気持ちには。
 へへ、冷徹な頭脳で何でも見通せると思ったら大間違いなんですからね。残念でした。へへ。

 大好きです、先輩。大好き。

おほー!!!

長らく潜伏しすぎて、今更出てきてどんな顔をすればいいのか分からないの……


明けまして、おめでとうございます!
そして
空けまして、申し訳ございません!!!

お世話になっていたガラケー先輩にガタがきたのを機に、無計画にもiPhoneへ乗り換えたはいいものの。
操作は慣れないわ、リアルとブログのIDパスワードは忘れるわ。

やっとこさブログに入れましたが、リアルは諦めの境地です、もう……簡単ログインに頼りきりだったのがいけなかったです……。

とりあえず生存報告までに、記事をあげさせていただきました!
以降、こちらを更新することもあるとおもいます。

不束者ですが、本年もよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

君は君のままで(雷蔵と竹谷)



 日差しがぎらぎらと照りつけて、地面は干からび、悲鳴を上げている。梅雨開けして本格的な夏が始まりだした今日この頃、太陽は容赦なく全てを焼きつける。

 忍術学園内にある大きな木の下には、少しでも涼を取ろうと二人の生徒が寝転がっていた。
木陰は大きく、身長体格共に良く発育した男子二人がすっぽりと納まる程だ。
しかし生憎と今日は風が無く、木陰に入っているといっても、涼めるかは微妙なところである。

「なあ、らいぞー」

 乱雑に切りっぱなしにしたような灰色の髪を掻き上げた少年は、隣に寝そべっている重力に負けずふっさりとした量と質感を保っている茶色の髪の少年に声をかけた。

「なーにーはっちゃーん」

 少年二人はお互いの方を向くでもなく仰向けに寝転んだままの状態だ。目はどこを見るでもなく、視線は真上をぼんやりと彷徨っている。

「雷蔵は人の気持ちに敏感でさ、そういうところ羨ましいなってすげぇ思うんだよなー」

 唐突に話しだす灰色髪の少年。木陰に入って横になってから、急に話しだしてはひょいと話題を変える作業を繰り返している。

 先ほどまでは同級生の話をしていたし、近所にできた甘味処や食堂のメニューについても話題に取り上げていた。
二人とも、暑くて一つのことを集中して考えていられないのかもしれない。

「そうでもないと思うけどなぁ。感情は結局のところ本人にしか分からないものだし」

「そうだとしても! 俺よりは雷蔵の方が人を見てる気がする! そういう観察眼、俺も欲しい!」

 灰色髪の少年は手足をばたつかせた。その様子を音で感じ取った茶色髪の少年は軽く笑った後、不意に真顔になって呟いた。

「……はっちゃんが感情に敏くなったらちょっと引くかも」

「ぶっ! ひ、ひでー!!」

 突然の鋭い切り返しに吹きだした灰色髪の少年は体を跳ねるように起こし、非難がましい目を隣に寝転がっている少年へと向けた。
しかし相手は悪びれる様子もなく笑っている。

「あははは、ごめんごめん。はっちゃんは、そのままで良いと思うよ?」

「そうかなぁ……?」

「そうだよ。そのままで良いって」

 灰色髪の少年は釈然としない様子で、しきりに首をかしげながらも再度体を横たえる。

 しばし間があった後に口火を切ったのはまたもや灰色髪の少年だった。

「あのさ、雷蔵」

「なに?」

「人は二人でいればなんちゃら〜って言ったりするじゃん?
例えば楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことは二人で二倍。辛いこと、悲しいことは二人で半分こに出来るって言うけどさ。辛いこと嫌なことは半分こじゃなくて、ゼロにしちゃえたらいいと思わねぇ?」

 口調は先ほどまでと変わらないものだったが、灰色髪の少年の瞳には今までとは違う真剣な色があった。瞳を見ずとも雰囲気で感じ取ったのか、それは分からないが、茶色髪の少年は滔々と話し出した。

「辛いことも嫌なことも失敗したことも、全て価値のあることなんじゃないかな。
経験をしたことによって必ず得るものがある。だからその経験を全く無かったものにしてしまったら意味がないんだよ。
でも一人で辛いこととかを乗り越えるのは大変でしょ?
だから、二人で半分こにして、相手の負担を軽くしてあげるんじゃないのかな」

 納得できるところがあったのだろう、灰色髪の少年は一つ頷く。

「……そっか。嫌なことは無くすのが一番って思ってたんだけど、そうでもないんだなー……意味が無い、か」

 そして灰色髪の少年は更に言葉を続けた。

「あのさ、俺は感情に疎いからさ。辛そうにしてる人、困ってる人がいても適切な言葉もかけてあげらんねぇし、何をしたらいいのかも分かんなくって。まず、相手がそんな状態だってことにも気づいてやれないくらい、鈍くって。
俺に出来ることなんて、ただ寄り添って一緒にいてあげることくらいのもんなんだけど、それでも、俺はそのまんまでいいのかなぁ……」

「十分だよ。はっちゃんはね、気付いてないだけで、皆の助けになっているよ」

 茶色髪の少年はそう言ってから一呼吸して鼻をこすった。

「僕もこないだ、助けられたしね」

「え。雷蔵、俺それ初耳なんだけど。いつのこと!?」

 驚きを顔いっぱいに張り付けて灰色髪の少年は茶色髪の少年に詰め寄った。
一刻前まで寝転んでいたはずだが、さすが忍者の修業をしているだけあるという身のこなしで茶色髪の少年の眼前へ移動していた。これ程までの動きを見せるとは、灰色髪の少年は余程びっくりしたのだろう。

「その疎いところが、はっちゃんの良いところだよね。ふふふ、さて、いつのことだろうね?」

 真剣な問いにも茶色髪の少年はただほほ笑むだけで、灰色髪の少年が欲しがっている答えをくれそうにはない。
 すると茶色髪の少年は何か思いついたように手を打った。

「あ、そうだ。
今の僕を助けると思ってさ、水持ってきてくれない? 暑くて暑くて干からびちゃいそうなんだよね」

「確かに暑いけど、な、なんで急に?」

「もし持ってきてくれたら、さっきの問いに答えてあげるよ」

「……よし! じゃあ持ってくるから絶対教えてくれよ!
しっかし雷蔵が何を考えてるんだか全然分からん……。
あー、もっと人の気持ちが分かるようになりたい! そんで皆の支えになりたいんだぁぁぁ!」

 そう叫ぶやいなや、照りつける太陽の下へ躍り出た灰色髪の少年は、井戸の方へと駆けていった。
舞い散る乾いた土埃越しに、小さくなっていく後ろ姿の彼を映していた瞳はゆっくり閉じられ、茶色髪の少年は両手を後ろに組んで体を横たえた。

 今までの無風状態が嘘だったかのように心地よい風が吹き始め、青空に散らばっている雲は嬉しそうに少しずつ動き出した。
茶色髪の少年は風が吹いてきたことに気付き、首元の汗を着物の襟で拭ってから、気持ち良さそうに伸びをした。


「本当、そのままでいいのに。
君が“はっちゃん”であるだけで皆助けられていて、そんな君を、皆好いているんだけど。
……まあそんなこと“はっちゃん”は“はっちゃん”だからこそ、気付かないだろうけどね」

 茶色髪の少年がほほ笑んだ瞬間、学園内のどこからか、不自然に大きなくしゃみが聞こえた。
その音を聞いた茶色髪の少年は一層笑みを深くし、親愛の情をこめるかのように灰色髪の少年の名前を呟いた。

 すると一際大きなくしゃみが学園内にこだましたという。


すがおでいられる(双忍)



「まだ寝ないの? 明日は実地訓練があるから朝早いのに」


 布団にくるまった雷蔵が話しかけてくる。
 暗闇に支配された空には、無数の星が自身の存在を示そうと躍起になって輝いている。現在はそのような刻限だ。

 今夜は不思議と目が冴えてしまっていて寝つけなかった。そういう夜は押し込めていた考えや、いらない事ばかりが頭を駆け巡る。

 就寝しようと灯りを消して布団に入ってから、一睡もできず、色々と一人で考えていたところに雷蔵は声をかけてきた。
 彼の声音に眠そうな色は無い。もしかすると、雷蔵も私同様に起きていたのかもしれない。

 あの事を、雷蔵に聞く良い機会だろうか。
 それは先ほどまで考えていた中の一つの問いであり、雷蔵と出会ってから長い間、気にかかりながらも聞けなかった問いだ。


「雷蔵……、君に聞きたい事があるんだけど、聞いてもいいかな」

「ん? 改まって何だい」


 息を軽く吸い込んだ私は、ずっと、ずっとずっと気になってはいたけれど、深くは聞けなかった疑問を口にする。


「僕が君の顔を常の生活で借りていることを、どう思っているのか聞きたいんだ」


 告げ終わると、雷蔵は少し拍子抜けしたような顔をして布団に突っ伏した。
 薄く開けたままの戸から入る月明かりが、舞い散る埃を照らし出している。


「え、今さら? 僕の顔でいいなら好きに使って構わないよって、前々から言っているじゃないか」

「それはそうなんだけど……普通はさ、自分の顔を日常的に使われたら嫌だろう?
 一瞬借りるだけでも嫌がる人は多い。それなのに雷蔵は何故許可してくれるのか、ずっと不思議でさ」

「成るほど、そういうことね」


 雷蔵は軽く息を吐き出し、布団から体を起こした。


「そういや、詳しく言ったことはなかったね」


 私は掛布団の端を握りしめ視線を落とした。何を言われるのか分からず、否定的な言葉しか想像できなくて、怖かったのだ。
 すると俯いていた私の肩に温もりが置かれる。温かい手の持ち主を仰ぎ見ると、彼は真剣な目をしていた。


「これは僕の考えだから、違っていたらごめんね。
 君は他人の仮面をかぶることで、自分を出すだろう? 今の君は、自分の顔でいる時より、誰かの顔でいる時の方が自分の素でいられるだろう?

 三郎は面を通すことで、本音から少し遠ざかるけれど、真実を話してくれていると思うんだ。
 それでね、たくさんの面の中でも“不破雷蔵”の顔でいる時が一番本音に近い、つまり素に近いんじゃないかなって思って。
 だから僕は、僕の顔で生活されていても怒らないよ」


 一気に言い終えた雷蔵は、一呼吸してから気恥ずかしそうに鼻をかいた。


「それにね、三郎は僕の顔でいる時が一番気に入ってくれているようで、とても、嬉しいんだよね。
 あとついでに言っておく。君の素顔は見てみたいけれど、君の心がありのままの素でいられる方が大事だから、無理に見ようとは思わないよ」


 ああもう、雷蔵、君って奴は、本当に。


「君は私に優しすぎるよ」

「そうかもしれない。でも好きでやっていることだからね。三郎が大好きだから」


 ごくごく当たり前の話をするみたいに、ただ呼吸するだけのように、照れもしないで、雷蔵は笑ってそう言った。


「雷蔵」

「なにさ、三郎」

「いつも迷惑かけてごめん」

「違うでしょ」

「いつも、ありがとう」

「それでよし。他に言いたいことがあれば受け付けるけど」


 雷蔵はごめんね、も、ありがとう、にも笑顔で返してくれた。

 この笑顔に何度救われただろう。私もそんな雷蔵みたいになりたいと、何度思っただろう。 気づけば、雷蔵の貌でいる時間が長くなり、普段から彼の貌でいるようになった。

 懸想する相手の真似をするなんて、我ながら幼稚だと思う。
 そんなひねくれた好意表現を受けとめてくれる雷蔵。ひねくれた形でしか自己を表に出せない私を許してくれる雷蔵。


「……だいすき、です」

「うん、知ってるよ。
だって――」


 雷蔵が笑うのなら、君の顔に化けている私も、そんな風に笑わざるをえないじゃないか。

 照れ隠しにそう言ったら、じゃあ三郎のためにもっともっと笑わないといけないね、と君は満面の笑みを浮かべた。




 不破雷蔵が笑えば、鉢屋三郎も笑う。

 不破雷蔵が泣けば、鉢屋三郎も泣く。



 不破雷蔵の顔が笑えば、鉢屋三郎の顔も笑える。

 不破雷蔵の顔が泣けば、鉢屋三郎の顔も泣ける。



「だって――不破雷蔵あるところに、鉢屋三郎あり、だろう?」


 雷蔵、君と共に、鉢屋三郎は、何時までも在りたい。

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プロフィール
つちのこさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 7月18日
地 域 埼玉県
系 統 ギャグ系
職 業 夢追人
血液型 O型
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