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花とアリス 2



生きてきた時間の長さが長さだけに、「恋」という感情への興味が薄れていた少女。
出会ったときからの努力の甲斐あってか、今は以前よりも格別に、自分の囁く言葉に対して顔を赤くしたり背けたりしてくれるのがシュナイゼルには可愛くて仕方がない。

端から見ればこれをベタ惚れというのだろうかと考えて、苦笑すら滲んだ。




「スザク、そういえばお前の身体は成長するのか?長い間生きてきたと言ったが……」

人払いをした小さな庭園で、カップを揺らしながら問う。
紅茶独特の色がゆらゆらと視界で揺れた。

「やったことがないからわからないけど、意志で成長させることも可能ではあるかもしれない。ただ、一番確実なのは……」
「確実なのは?」

静かにカップを置き、やや躊躇ってスザクは口にした。


「……昔のように、ヒトに、戻ること」


それは、とシュナイゼルは口を噤む。
方法はわからないが、今までスザクが只人に戻ってはいない時点で難しいのではないだろうか。

眉を寄せたシュナイゼルにスザクは慌てて口を開く。

「そんなに深刻に考えなくても大丈夫だからっ!方法なら、ある」
「どんな?」
「ひとつは、神を殺すこと」
「……神」

コクリと頷く。V.V.やシャルルは違う目的で神殺しを狙っているようだけれど。

「でも、それは多分難しいから。僕の」
「私、だろう?いつの間に一人称まで変えてしまったんだか……」
「話の腰を折らないでよ、シュナイゼル。……私の呪いなら、根源は神根島に」
「神根島?」

聞き慣れない名前に首を傾げると、金色が波打つ。それを目で追うスザクはどこかぼんやりしたまま言った。

「式根島の近くにある。ゲンブに子がいないためにあそこに入れるのはもう私だけだが……」
「待った」

出会ったときの口調に戻りかけていたスザクの話を遮る。
流石に話についていくには予備知識がほしい。

「何故だ?枢木ゲンブに子がいないためにというのは」
「ああ……そうか、まだ言ってなかったっけ。私は確か、昔の枢木のひとりだったはずなんだ。神根島のその場に入れるのは、枢木の血をもつ者とギアスの力をもつ契約者が共に居るとき」

ゲンブの子という肩書きこそ偽りではあったものの、一応、枢木の人間というのは本当であったわけか。
シュナイゼルはやや驚く。

「だから……今はまだいい、けど、時が来たら一緒に神根島へ行ってほしいんだ」

愛らしい想い人に上目に見上げられて承諾しない男がどこに居ようか。
ふ、と微笑みを見せ、シュナイゼルは二も三もなく顎を引いて頷いた。


「もちろんだとも」
「ありがとう。今は、ゲンブの死でまだ六家があそこを時折監視しているはずだから……公務とかで行けたら、一番いいんだろうけど」
「早く成長できるようになってもらわなければ、ますます私はロリコンにされてしまうな」

見た目の年齢差は開いていくばかりだ。
スザクはプッと吹き出す。

「っ……そうだね」


目を細めて笑うスザクの髪に、蝶々がとまる。
スッと指を伸ばしてそれを追い払い、代わりにその髪に唇を寄せる。


「愛しているよ」


きょとん、と幼く見える大きな目がさらに丸くなる。
けれどすぐにふわりと笑顔が広がって、


「私も」


その言葉にシュナイゼルは彼女をぎゅううっと抱き締めた。



TO BE CONTINUED.

花とアリス 1



 最近、この宮は明るくなったと侍従の男は思った。


「シュナイゼル!」


 それは、偏にシュナイゼル殿下が住まわせるあの少女のおかげだろう、と彼は思う。
 第二皇子が彼女という存在を擁することはほとんど秘匿されているが、ふたりの姿は実に微笑ましいものだ。


(──…この宮だけではない、殿下も我々も、どこか心が照らされるようだ)


 愛らしい容貌を持ちながら、最初のうちは頑ななまでに表情を崩さなかった少女。
 次第に表情の豊かさもは見た目の年相応になっていって、言葉遣いもシュナイゼル殿下が想定していた以上に、ひどく丁寧なものとなった。
 見ているだけで笑みがこぼれたことを覚えている。


「今日も自分で結ったのか、スザク。お前が髪をいじらせてくれないとメイドが不満そうにしていたよ?」
「私はこれでいいんです。自分のことは自分で出来ますから」
「……言葉遣いが柔らかくなったのは可愛いんだが、人前だからと敬語まで使うのはやめてくれないかい?」
「いやですー!」

 駆け寄る少女を抱き上げた主を見て、同じくそれを目撃していたらしいメイドと顔を見合わせ、頬をゆるめた。








 少女と彼らが初めて出会ったのは、今やエリア11となったニホンだ。
 クルルギの持つ神社の最奥に繋がれていた少女──表向きには、クルルギの娘。本当は只人ではなく、不思議な力を持つという。これは、腹心のみが知る事実。


 第二皇子は、一目で彼女に惹かれたと語った。
 事実、彼女と暮らすための主の対応は実に早いものだったのだ。



「スザク、今日は私は久々に時間がとれたからね、一緒にお茶でもどうかな?」
「時間がとれたなら、お休みしたほうが……」
「私がそうしたいんだよ。お前といたほうが疲れがとれる」

 甘く笑みながら少女の髪を梳く姿は、見ているほうが恥ずかしくなってくる。


 宮廷でまだかまだかと噂される未来の妃殿下は、どうやら既に決まっているようだ。


「可愛いよ!」



日曜日、スザクは正門の前に立っていた。
手持ち無沙汰に弄るカジュアルなスカートの裾から、すらりとした足を惜しげもなく見せている。

何故学園前での待ち合わせになったかといえば、基本的にジノひとりで行ける範囲が限られているからであった。
必然的に待ち合わせ場所は絞られ、結局は学園前での約束となったのだけれど。



日差しが降り注ぐ。
梅雨の始めにしては珍しく晴れたことに目を細め、キャスケットを深く被り直す。

いい日曜日になりそうだと、静かに思った。









「お待たせっスザク!」

息を切らせて駆けてきたジノ。
うっすら額に滲む汗に、どのくらい走ったのだろうかと考えて、思わずクスリと笑った。


「そんなには待ってないよ。むしろジノが時間通りに来てびっくり」

からかうような口調ながらも向けられる笑顔は柔らかく、ジノはどことなく赤くなる。
最近よくこの顔を見る気がするなあ、とスザクはぼんやり思ったけれど、不意に手を引かれたためにそれまで思ったことは消えてしまった。

「ジノっ!?」
「早く行こう!今日暑いし、体に悪いよ!」

ジノはそう言うが、それよりもスザクは彼に握られた手のほうが異様に熱い気がして、わずかに目を伏せる。


(……なんなんだろう、ドキドキしてる)


斜め前を行くジノの、キラキラ眩しい金髪。
ジッと見つめると、視線に気付いたわけではないだろうがジノが振り向いて、快活に笑うから。

スザクはまた、胸の奥でことりと音が鳴るのを感じた。


「スザクの私服姿って、生徒会で遊んだとき以外見なかったけど……すっごい可愛いよ!」
「っ……」


御伽噺の王子様のような容姿をしたジノの言葉は、否応なしに照れを増長させる。
言葉に詰まったスザクを見て、ジノはまた、

「ちょー可愛いっ!すっっげー可愛い!!」

と恥じらいもなく繰り返した。
恥ずかしいから、ばか、と呟いて軽く叩くくらいは許されるよね。
ひそりと思い、背中に軽く拳を振るった。









「あの子も十七なんですよ?」



次の日、スザクは朝早くに目が覚めた。
体に残るかと思われた、あの這い回る手の不快感は、ない。

代わりに、スザクはひとつの体温を思い出していた。



「……ジノ」


自分を守ってくれた彼の名前を呟き、脳内に浮かんだ笑顔にブンブンと頭を振った。











「おはようございます」
「おはよう、スザク。早いのね」
「……大丈夫なのか。やはり今日くらいは休んだほうが、」
「あなた」

言い募る父と窘める母を見て、スザクは息を吐いた。

「お父さん、大丈夫です。学校に行ったほうが気分転換になるし……いただきます」
「……わかった」

味噌汁椀に手を伸ばし黙々と朝食をとり始めたスザクに、父・ゲンブもそれ以上何か言おうとはしなかった。
しかし数分後、再びゲンブが沈黙を破る。

「…ときにスザク」
「んー?」
「お前は昨日の男と付き合っているのか」
「ゲ、ホッ!!ゴホッ、ゴホ……っ」

食後の茶を啜っていたスザクは盛大に噎せた。


「な、なんで!?べ、別にジノは同じクラスで生徒会ってだけで──」
「ほう」
「〜〜っもう行くから!ご馳走様!!」
「今日は早く帰るのよ」
「わかってるっ!行ってきます!!」

バタンと荒々しく閉められた扉に目を向け、ゲンブは笑む妻から目を逸らした。

「あの子、ちょっと赤くなってましたね」
「………………知らん」
「もう……。あの子も十七なんですよ?」
「知らんものは知らん」












「う、わー……見事に誰もいないや……」

早過ぎた所為か、校庭で部活をする子たちくらいしか人影は見当たらない。
静まり返った教室でひとり腰掛け、外を眺めていると、声がした。


「うわ、誰もいねー……って、スザク!!」
「ジノ……」

驚いて振り返ると、ジノが教室のドアのところに立っていた。
スザクが名を呼んだ途端、足早に歩み寄ってくる。


「おはよう。スザク、大丈夫か?」
「おはよう、ジノ。……うん、大丈夫……とは言い切れないけど」

笑ってみせるとジノは、心配する色は消えなくとも安堵の表情を浮かべた。

「そ、っか」
「昨日は、ありがとう」


花が開いたように笑うと、ジノが赤くなる。
しかしスザクは気付かず、やや上目にジノを見上げた。


「あの、ジノ」
「な、なんだ?」
「昨日の、お礼がしたいんだけど……何か出来ることない?」

ジノはパチパチと目を瞬かせた。
好きで助けたのだから断ってもよかったのだが、きっとスザクは気にするだろう。
ならばと口を開いた。


「……じゃあさ、明後日、一緒に出掛けてくれないか」
「明後日……?」
「そう。ちょっと買いたいものがあるんだけど、電車はまだよくわかんないから、さ」
「そんなことで……いいの?」

一緒に出掛けるだけではあまりに簡単すぎやしないだろうか。スザクは眉を寄せる。
しかしジノは構わず笑った。

「いいんだよ。俺はそれが一番嬉しいから」
「え……?」

スザクが首を傾げたとき、



「おはよー!」
「おはよう」


シャーリーとカレンが挨拶と共に教室に入ってきて、反射的にスザクは顔をそちらに向けて挨拶を返していた。

「おはよ!──あ、ジノっ、」
「じゃあまた詳しいことは後で決めような!」


堰を切ったように次々と登校してくるクラスメイトたちにまぎれて、ジノは席に着く。
スザクはその姿を見つめて、まあ、いっか、と視線を外した。



「頼むから」



激しい怒りに肩を震わせながらジノは立っていた。
目の前には、枢木 スザク──正真正銘、ジノが想いを寄せる少女がうっすら目に涙を溜めて座り込んでいた。

一発で気を失ったらしい男を一瞥して、ジノはスザクと目線を合わせるようにしゃがむ。


「スザク」
「あ…………」

なんで、とスザクの唇が動く。


「俺が鞄取りに行ってる間に、スザク帰ったっていうから」

だから追いかけてきた、と言えばスザクは困惑していた。


「でも、なんで、」
「だって、今日はいつもより終わるの遅かったろ。こんな暗い中で、ひとりで帰らせられるかよ」

追いかけてきてよかったとジノが呟けば、先程の出来事を思い返したのか、スザクの顔がわずかに青褪めた。心なしか唇が震えている。


「あ、あ……っ」
「──怖かったな」
「っジ、ノ……ッ」

手を伸ばせば、スザクが温もりを求めるようにぎゅううとしがみついてきた。
男に襲われかけたばかりでコレとは、意識されてないのかなーとジノは苦笑する。
けれど、無事でよかった。



「……よかった、マジ心臓止まるかと思った、本当にヤバかった」
「じ、のっ……こわ、かっ…た……!」
「いくら武術に覚えがあるからってさ、ひとりで夜道歩いたりすんなよ、女の子なんだぞ…っ」

ふるえる華奢な肩を抱いて懇願するような声を出す。



あの男がスザクに抱きついているのを見た瞬間。
スザクが泣き出しそうな表情をしているのを見た瞬間。

ジノは、あの男を殺してやろうかとすら思った。






「……心配、なんだよ。強くたって女の子なんだから」
「っふ、ぇ……」
「一緒にいて、守るくらいはさせて。頼むから……っ」










──スザクもまた、ジノに抱き締められる中で泣きながら思っていた。
どうしてジノの腕ならば、こんなにも安心できるのだろうと。

ジノの首に腕を回してしがみつく。

月明かりを受ける金の髪に肩口で頬を寄せ、スザクは目を閉じた。







(オマケ)


「……とりあえず、そこの男は」
「警察……?」

スザクが尋ねれば、

「も行ってもらうつもりだけど、まずは社会的に殺す」

と爽やかな笑顔でジノは言い切った。



(本当は本当に殺してやりたいくらいなんだから、いいだろ?)



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