二人ここで初めて会ったのは、2ヶ月前の今日やったね。
君はベンチに座り、一人肩を震わせ泣いてた。
通行人がチラチラ気にする中、見てみぬフリが出来なかった自分は、そんな君の横に座って、自分の着てたパーカーを頭に被せてあげた。
びくりと弾む君の体。
だけど、ボソッと静かに言ってくれたよね。
「ありがとうございますっ……。」
理由?そんなん聞かへんかった。
知りたい訳でも、知りたくない訳でもなかったから。
ただ泣いてる人をほおって置かれへん自分が取った勝手な行動やから、パーカーを「いらない。」と押し返されても何も言えへんかったのに。
素直にパーカーを被ったまま居てくれた。
涙が隠れ、美瑠が横に居るから通行人の目には入らなくなっていて。
「…ホントに、ありがとうございます……。」
泣き止んだ時、パーカーを手に持ち、初めて見る彼女の顔にドクンッと胸を打たれた。
___可愛い。
「これ…洗って返しますっ。」
「また、会うてくれんの?」
「…え?」
「君にまた会いたい。今度は、笑った君と。」
1週間後に会う約束をして、手を振ってバイバイをした。
また、会える。
その事が嬉しくて、スキップをしながら家に帰った。
いつもは寄らない道を、たまたま帰り道寄ることになったスーパーに行くために通った公園。
今日はついてるかも。
美瑠の、運命の人に出会えたんや。
そんな事を考えてたらスーパーに寄り忘れたっけ。
1週間後の、17時。
待ち合わせしたこの公園にやって来て、まだ居ない。
ベンチに座って、ソワソワしながら待ってると、足音が聞こえて来て。
足音の方を向くと、小走りでこっちに向かう彼女の姿。
見るだけで、パァッと晴れる美瑠の顔。
立ち上がって大きく手を振れば「すみません、遅くなって。」と謝る彼女に首を横に振って「全然待ってへんよ。」なんて言えばホッとした表情を浮かべる。
「あ…、でも待たせてしまったんで、ジュース奢ります!」
そう言った彼女が指差したのは、公園の少し先にある自動販売機。
「何が良いですか?」と聞かれ、美瑠はニッコリ笑って彼女の側に寄る。
「一緒行く。」
一緒に自動販売機へ向かい歩き出して。
前まで着いて、お金を入れて「好きなのどうぞ。」と言うてくれる彼女。
「ありがとう。」ってお礼を言い、缶コーヒーを押し、拾う。
彼女がお釣りを拾っている隙に、美瑠は自分の財布からお金を出して入れる。
「好きなの飲んでや。」
「え、いや…自分の分も自分で、」
「アカン。ええから、はよ。」
「ありがとうございます…。」
ペコッと頭を下げて、彼女が押したオレンジジュースを拾い、渡してあげて。
二人で再び公園のベンチに戻り、肩を並べて座る。
「あの、これホンマに…ありがとうございましたっ。」
紙袋を渡され、「ええよ。」と言い、缶コーヒーに口をつける。
そしたら横でボソッと言う。
「優しいですよね。」
優しいって、美瑠が?
ないないない、別に当たり前の事してるだけやし、美瑠が優しいんやったらもっと優しい人居るし…って、そぉやなくて。
「名前、教えてくれへん?自分は白間美瑠。美瑠でええよ。」
「じゃあ…、美瑠さんって呼びます。わたしは矢倉楓子です。」
「楓子ちゃんか…じゃあ、ふぅちゃんやな。」
「……はいっ。良く、言われます。」
気のせい、やろか。
一瞬彼女が…ふぅちゃんが悲しそうな顔を見せたのは。
いや、気のせいやない。
一瞬ちゃうもん、今もや。
ひきつった不器用な笑顔。
これが、ふぅちゃんが浮かべた初めての"笑顔"
でも、心から笑った顔やない。
無理して、笑ってる。
そんな笑顔や。
「美瑠、ふぅちゃんとまた会いたいねん。」
「わたしと、ですか…?」
「うん。友達になりたい。」
会いたいって思うのは、普通やろ?
まずは友達になりたいって思うのも、普通やろ?
ふぅちゃんは、美瑠が初めて惚れてしまった女の子やから。
「わたしなんかでええんなら…。わたしも、美瑠さんとお友達になりたいです。」
「良かった。こんな美瑠と。」
「美瑠さん…とっても良い人です。」
「あはっ、ありがとぉ。」
それから、毎週土曜日の17時には会う約束をしていて。
会った1ヶ月後には土曜日以外の水曜日にも会う約束をした。
いつも、公園でジュースを飲みながらか、アイスを食べながら話すだけやのに。
美瑠には幸せな時間で。
その日が来るのを毎日ソワソワして待っていた。
そんな日々が続き、こないだの水曜日。
ふぅちゃんの口から、聞いた事のない言葉を言われた。
「実はわたし…あの日、初めて美瑠さんに会った日…フラれたんです。3年付き合ってた…恋人に。」
「そ…、そぉやったや…。」
あまりにも衝撃的な事で。
自分を見失いそうになってしまった。
何かあったから泣いてたのは誰でも分かるけど、それが失恋やったなんて。
正直、ショックやった。
でもふぅちゃんはそんな美瑠の心を読めるはずもないまま、話を続ける。
「あの場所でフラれたんです。他に好きな人出来たからって…。わたし…ただ泣くことしか出来ひんかった…。里香さんの中で…わたしとの思い出は、すぐ消されるんやって分かったし…わたしは消せへんから…。」
その"里香さん"言うんが、ふぅちゃんの恋人やった人。
ポンッとふぅちゃんの背中に手を置く。
恋愛をした事のなくて、ましてや失恋なんて難しい事の相談も聞いてあげれんし、アドバイスも励ましの言葉も、ろくにかけてあげることが出来ない。
そんな自分に腹が立つ。
「こんな話で、すみません…。」
「……ううん。」
「美瑠さんには…話したかった。」
「…何で…?」
「友達、やからかな…大切な。」
"友達"か。
自分の手のひらを拳に変えた。
ギュッと握って、「今日は帰ろか。」と言い、無理矢理別れた自分にまた腹が立つ。
せやから、次会う土曜日は、明るく接しようと思って。
丁度美瑠とふぅちゃんが会った日の、2ヶ月記念日やから。
ふぅちゃんの大好きなアイスを食べようと思って、公園に行き。
「ふぅちゃん!」
「美瑠さん。」
ニコッと微笑みながら手を振るふぅちゃんに、頬を掻きながらこんな事を聞いてみた。
「今日、何の日か知ってる?」
覚えてるか分からない。
フラれてしまった2ヶ月後やから、そう言うかも知れん。
でも、ほんの僅かの期待をしていたら、ふぅちゃんは予想外の事を言うたんや。
「里香さんの…誕生日や…。」
美瑠の胸に酷く突き刺さる。
気まずそうな顔して、笑うふぅちゃん。
そう…そうやんな。
ふぅちゃんと、その里香さんが過ごして来た3年は、とても美瑠の2ヶ月なんかじゃ敵わへん。
でも…、それでもこんなに好きやのに…。
「な…、ふぅちゃん…。しばらく…会うの、止めよか…。」
「えっ…!?何で…何でですか!?」
腕をギュッと掴み、揺らされる体。
見てはいけないと思ってふぅちゃんの顔から目を逸らす。
「美瑠と会うと、思い出すやろ?この場所とか、会った日の出来事とか。」
「嫌です…嫌ですっ!」
「一生会うの止めよ言うてる訳やないで?」
「…っ……。」
「ふぅちゃんの心が、答え出すまで。それまで会わん方がええねん。」
今度は、美瑠が泣かせてる。
出会った頃と同じように、涙を流して。
パーカーを脱いで、ふぅちゃんに被せて頭を撫でた。
「その答えが明日でも、何年先でもええ。美瑠はずっとこの場所で待ってるから。」
「美瑠、さん…っ!」
「約束な。」
美瑠、ちゃんと笑えたかな?
ホンマは美瑠な、むっちゃ泣き虫やねんで。
ふぅちゃんは知らんよな。
でもむっちゃ泣き虫やねん。
涙で視界が滲む。
あぁ、もういっそ泣き叫んだろうかな。
パーカーを渡し、肌寒くなった体を擦り、肩を震わせ小さく泣いた。
こんなカッコ悪い自分なんて嫌いや。
自分から言うたくせに、いざお別れとなると、悲しくて切なくて。
これが、恋なんやな。
2人の赤い糸が、結ばれる日なんて来るんかな。
一方的な美瑠の糸が、絡まってる。
そんな糸でしかないよな。
きっと、これからも。
美瑠の糸が、ふぅちゃんの糸に絡まって邪魔をしてるのやったら、ほどいた方がええよな。
……End