鏑木・T・虎徹、花に囲まれた灰色の御影石の墓標の脇にはそう刻まれていた。
シュテルンビルトのとはあまり似ていないそれの前に喪服姿のバーナビーは立ち尽くす。
(虎徹さん)
老眼鏡越しの緑色の目から一筋の涙がこぼれた。
孫や子供達や友人に囲まれた大往生だったと今でも親交のあるアントニオに聞かされた。現役の頃は撃たれても殴られても焼かれても死ななかった男でも死ぬ時には死ぬのだ。
(あれから随分時間が経ちましたね)
バーナビーは自分の顔をなぞった。しかし、顔にはあの頃にはなかったシワが刻まれているし、髪も随分と色が薄くなってしまった。声はしゃがれ、筋肉も落ちて少したるみ、背も幾分低くなった。ハンドレッドパワーを使おうものなら骨折してしまうかもしれない。もっとも、ヒーローとしても、経営者としても第一線からは退いていたが。
オリエンタルタウンらしくない、浅黒い肌をした子供が花を置いていく。
「こんにちは」
「こんにちは」
子供が置いたのは黒いリボンで結ばれた白い百合の花束だ。やはりオリエンタルタウンの子供ではないらしい。
「君は……」
「どうかしましたか?」
背後から声がかかる。バーナビーが振り向くと、車椅子を押している青いジャケットを着た金髪の少し年かさの少年とその車椅子に乗った枯木のような喪服姿の老人がいた。
バーナビーは青年に見覚えはなかったが、車椅子の老人には見覚えがあった。車椅子の老人も分かっているらしく、長い白髪を結んでいる黒いリボンをふわりと揺らして微笑んだ。
「お久しぶりですね、ペトロフ元司法局長」
「こちらこそ、ブルックス元CEO」
ブルックスの名前に車椅子を押していた少年の顔が輝く。彼はかつてのKOHのバーナビー・ブルックスJr.を知っているらしい。それを察してか、ユーリは深いため息をついた。
「先生!」
子供がユーリの方へ走っていく。
先生?
バーナビーの頭に疑問符が浮かぶ。
「今はNEXTの子供達の面倒を見ているんです、いきなり目覚めてしまってどうしようもなくなってしまった子供達のために」
ユーリは遠い目をして呟いた。
その言葉にバーナビーはユーリと最後に会った日のことをぼんやりと思い出す。冷徹だと思っていた男の割にはらしくない事業を始めたと思っていたが、こうして枯木のような姿と子供達との戯れは意外としっくりくる。
「では、また食事でも。杖を出してもらえますか?」
車椅子の後ろから少年は折りたたみ式の杖を取り出す。右手でユーリは杖の持ち手をにぎった。
(左腕が使えないのか?)
ユーリの左腕はだらんとたれさがってゆれるばかりだ。花束を持って行かせたのはこのためか。石畳の上をこつこつと杖をつきながらユーリは歩いていった。
待つ義理もバーナビーにはない。名残惜しいが仕方ない。
(また来ますね、虎徹さん)
バーナビーは駐車場に向かった。
サイド:ユーリ
死ぬまで言わねえ、あんたの勝ちだしな
虎徹がそう言ったことをユーリは昨日のことのように思い出せる。
虎徹が能力減退をきっかけにしてヒーローを辞めて一年が経った頃だろうか。アルバート・マーベリックの死後、ユーリは円卓会議での主導権をにぎった。ルナティックという裏の顔を隠したまま、法の支配者としての地位を固めていった。そんな中でユーリは虎徹と再会した。
むしろ気付かない方がどうかしていた
虎徹はユーリのオフィスで、ルナティック=ユーリということを証明したのだ。しかし、ヒーローを辞めた虎徹にユーリを逮捕する権利はすでになかった。始めて味わった敗北だった。
逮捕の代わりに、お願いします
ユーリは虎徹に左腕を砕かせた。虎徹は納得しないままだが、ユーリにはこれしか落し前の付け方が分からなかった。
喪服の下には薄い補正器具が今もある。左腕の感覚はほとんどない。骨はみごとに砕け、神経もずたずただ。ボウガンを握ることはもうない。
しかし、これはこれで幸せだった。昔の自分みたいな子供を出さないことが大切だとユーリは気づいたのだ。もっとも、それに気づいたのは左腕を失い、ルナティックになれなくなり、自分を見直せるようになれてからだ。そうなるには幾分か時間がかかったが。
「先生、俺お腹すいた」
子供がユーリの喪服のすそをひっぱる。遠くから鐘の音がする。
「そうですね、スシレストランに行きますか」
ユーリは子供に付き添われて車椅子に戻っていった。
五十年先の世界。おじいちゃんになったバニーちゃんとユーリさんが見たい