少し特殊な設定、原作を経ての転生した3Zです。銀八先生と松陽先生と時々朧なお話。松陽先生は養護教諭、朧は古典教師で。朧と松陽先生が同居してます、銀八先生は朧の腹違いの弟です、だから銀八先生松陽先生の出会いは朧を通じて。そこらは詳しくはまた別の話で。原作松陽先生死亡を史実的に29歳としています、3Zでは銀八先生の10上。
某音楽の地平線の曲からちょいちょい描写やら台詞やら参考にしてます。
鼻をつく鉄の匂いと足元に転がる屍の感触が、目を覚まして松陽が最初に思い出すものであった。このところかなりの頻度で同じ夢を見る、そしてそれは夢にしてはやけに鮮明に彼の脳裏に焼き付いていた。
夢の中で自分はいつも、同じ戦場に立っていた。鴉の鳴き声が耳をつんざくようけたたましく喚く、肌を刺す冷たさが身に染みる、おそらくそれは寒い冬の朝。五感はほぼ現実味を持って働くのに、視界だけはモノクロの映画を見ているように色が失われていた。打ち棄てられたままの屍体の間を縫って、何かを探すようふらりふらりと歩みを進めて。
そうして、遠目に影を見とめるんだ。倒れ伏した男の上に座る小さな鬼の姿。鬼?何故そう思ったのだろうか、そこに座るのは確かに小さな子どもでしかないというのに。こちらに振り向いたのは、血の染みた小汚い着物に、身体に不釣り合いな長い刀を携えた銀髪の少年だ。教え子によくよく似た風貌をしているのだが、見知った彼よりも些か目が冷たい。
ふわりと軽く揺れる癖っ毛に手を乗せて幾度か撫でてやる。少年は何かを言いたげに口を開こうとするのだが、決まってそこで目が覚めてしまい結局彼の声を聞くことは叶わないのだ。
「…君は、誰?」
寝起きの緩慢な動作で、つうと首を伝う汗を拭いながら松陽はぽつりと呟いた。間違いなく自分は彼を、あの場所を知っているのだ、頭を撫でた感触を、こちらを見据える冷たい目も、それから身体にまとわりつくような戦場の熱を、我が物として感じられるのだから。
未だ生々しく絡み付く映像を振り払うように髪を掻き上げて、松陽は手早く身支度をして部屋を出た。自分よりも幾らか早く起床していた同居人と向かい合って食卓を囲む。香りよい味噌汁をすすり、ご飯に箸を伸ばす。他愛ない会話と朝食を楽しんでいたが、ふと松陽は椀を置いて顔を上げた。
「ねえ朧」
「何だ」
「私は昔…そう、20年前くらいに。銀八と会っている?」
「…いや。そもそも俺とお前が出会ったばかりの頃だろう」
「そう、ですよね」
「何かあったのか」
「いえ、妙な夢を見たものだから。銀八がね、小さい頃はきっとこんなだろうって風情の子どもが出てくるんです。6、7歳くらいだと思うのだけれど」
松陽が朧と出会ったのは大学生の時分、そして彼の弟と顔を合わせることになったのはそこから更に後のこと、銀八はどう間違えようとしても小学生には見えない風貌であった。二人でううんと頭を抱えるが、何の心当たりも無い。それに、例え会っていたとしてもあの風景には説明がつかない。只の夢として片付けてしまってよいのだろうか。
「気にはなる…が、今問題にすることもあるまい。それよりいいのか、今朝は早く出るとか言っていただろう」
「ああそうだった。小太郎達と打ち合わせする約束をしていて」
「打ち合わせ?」
「今日は銀八の誕生日でしょう、ええと、30歳の」
本日、十月十日は件の教え子の生まれた日であった。小太郎や、おそらく巻き込まれたであろう晋助らから、銀八を祝うべくサプライズを仕掛けたいと打診を受けていたのだ。
「何か言伝は?」
「無い」
「ああ、自分で言えますか。職員室席隣でしたよね」
「あれももういい歳なんだ、誕生日だからと特段言うこともないだろう」
「誕生日はいくつになってもおめでたいものです。何か言ってあげてくださいよお兄さん」
ほんの僅かに、朧の手が止まった。口に運びかけていた箸を一度下ろして、ふうと一息。
「…『息災であれ』と」
朧は小さくそれだけ呟いて食事を再開させた。こう見えて彼なりに不器用に、弟の事を愛してはいるのだ。生真面目な朧らしい端的な祝いの言葉に、松陽はふと頬を緩めた。
学校が終わるが早いが小太郎達3年Z組の生徒と、銀八を捕まえて盛大に騒いで気が付いたらすっかり夕刻。子ども達を帰して、松陽と銀八も茜色からとうに暗く染まった空を背に学校を出た。幸いにも花の金曜日だ、家で二次会と洒落こもうかと、他愛もない会話を楽しみながら銀八の家を目指していた頃だ。
不意に、ぐらりと松陽の視界が揺らいだ。
「ちょっ先生、大丈夫ですか」
「っ…すみません、目眩が…?」
僅かばかりふらついた折、銀八がこちらに手を伸ばしたのは分かった。が、松陽のその目にちらついたのは、仏頂面で振り返るあの少年の姿であった。くるりと踵を返し駆けていこうとする背に、自覚のないままに手が伸びる。
待って、私は君を知っている。もう一度だけ、此方を向いて。
「…ぎんとき…?」
彼を呼び止めようと口をついて溢れたのは、知らないけれど確かに聞き覚えのある名前であった。
「ぎん、とき…銀時、そう、銀時…私は、何故」
唄うように幾らか口ずさんでみる。ああ、この口に馴染んだ響きよ。銀時、と言葉を吐き出すごとに何時もの夢が色づいていく、あの少年に呼び掛けたつもりだったのに、振り返った彼の姿は眼前の教え子のそれであった。
「銀時」
「はいよ、松陽先生」
彼のものでは無い筈の名前への呼び掛けに応えて、銀八は微笑んだ。
刹那、脳裏をめまぐるしい情景が走った。ただガムシャラに駆け抜けた若き青い日々が、愛しい教え子達と歩んだ眩い日々が、そして訪れた別れの時が。夢ではない、それは確かに松陽の生きた短い日々であった。
気がついたら、目前の銀八を抱きしめていた。かつて背負うこともできた幼子は、とうに自分の身長も超えた一人の立派な大人になっていた。今でこそ坂田銀八の生を生きているけれど、彼は確かにあのとき松陽が魂を護る術を教えた少年と同じ目をしている。望まない別れをしてしまった弟子が、今はこの手の届く距離にいるのだ。
「ああ、銀時…銀時…!ごめんなさい、約束を違えてしまって…すぐに戻ると言ったのに、私は、あなたを裏切った…!」
「…約束違えたのはお互い様っすよ。あんたを、取り戻せなかった、守れなかった」
銀八の背に手を回して、震える手に必死に力を込める。決して離すまいと肩に頭を預けてくる師を見下ろして、銀八はゆるりと目を伏せた。記憶のそれよりもっと小さかった背を撫でてやれば、ぎゅうと抱きしめる手に力が篭る。どちらが先生なんだか、と苦笑を漏らしこそしたが、薄い背に触れる手を止めようとは微塵も思わなかった。
「だから、折角チャンスを貰ったんだから今度は失わねえって」
「ずっと思い出せなくてごめんなさい…辛かったでしょう」
「…思い出さねーならそれはそれでよかったんすけどね。ほら、その…先生、わりと、ツイてない人生だったでしょ、前」
銀八の言葉に嘘はなかった。例え今、かつて松陽の命を奪った男と近しくしていても、銀八のことを友人の弟であり教え子の一人としか思っていなくても、松陽が笑って生きていられるならそれでよかった。
ぐす、と鼻を啜る音がして、ふと我に帰れば涙で濡れた大きな瞳がこちらを見上げていた。
「あーもー、感動の再会みてえなもんなんだから!んな泣かないでくださいよ、俺が困る」
「ふ…っすみ、ませ…嬉しくって…こんな幸せが許される私ではないのに、もう一度あなたに会えたことが、本当に幸せで」
それはこちらの台詞だ。どれだけその姿を思い焦がれたことか、たった一度でいい、もう一度会えるならどんな代償を払っても構わないと何度祈ったことか。彼の魂を持つけれど彼ではない人をもう一度師に持って、それで満足だったんだ、充分すぎる幸せだったんだ。だのに今、坂田銀時としての再会まで許されて。嬉しくて、切なくて、愛おしくて仕方なくて、どうしようもなくなって、銀八はふいと顔を反らして一回り小さな身体を抱く手に力を込めた。
「…俺、前のあんたの歳越えたわけなんすけど」
「はい?」
「よく考えてたんですよ、俺が大人になって、勿論もっと歳重ねたあんたと話が出来たらって…しかし、10そこら歳とっても変わんないんすねあの頃と」
「若いと言ってください」
「幼いっすわ。このアラフォーはよ…」
「ちょっと銀時」
「うそー冗談ですって」
自分がかつての師と並ぶ齢になって気づいたのだが、贔屓目抜きに彼は幼かった。だが、時に老獪な風情すら見せたのもまた確かなことだ。あれから互いに十年近くの時を重ねたわけだが、彼が変わらないように見えるのは、きっと昔から完成されていたからなのだと思う。松陽の中には文字通り大人と子どもが同居しているのだろう。
「…銀時」
「何すか」
「あなたは坂田銀八として生きてきたし、生きていくでしょう、これからも。でも今だけは、銀時って、呼ばせてください。あなたの師として、言えなかった言葉を伝えさせてほしい」
ぐっと涙を拭って、改めて松陽は顔を上げた。銀八が幼いと茶化したそれとは違う、慈愛と威厳に満ちた、畏敬に値する人の師の顔つきだ。
「もう一度機会を与えられたのだから、私も、私の今の人生を歩んでいきます。少しだけ、話をさせて」
二人とも分かっていた。自分達は今の人生とは違う記憶を持っている、その時の永遠の別離から再会を果たす機会を与えられた。確かにそれは喜ばしいことだった、だけれど、今を生きているのは記憶の彼らとは違う。
暫しの再会と、今度こそ、別れを。坂田銀時として、大罪人吉田松陽としての二人の物語に今一度幕を降ろそう。
「銀時、誕生日おめでとう。沢山辛い思いをさせたでしょう…本当に、ごめんなさい。それでも、あなたと出会えたことが、あなたと過ごした日々が、私の誇りだった」
坂田銀時の正確な誕生日は誰も知らなかった。松陽の元で、糖からとった適当な誕生日を決めたのだが、奇しくも坂田銀八のこの身体はその日に生を受けた。
松陽と出会い幼馴染み達と出会い、改めて坂田銀時は生まれたのだ。言うなれば魂の生まれた日とでも言おうか。
「傍で歩みを見守れなかったことは無念だけれど、私なんかいなくたってあなたは世界を愛し凛と生きたのでしょう、私は頼れる生徒達を持ったから」
「どーだか、この師にしてこの弟子ありってか、一癖も二癖もある奴しかいねえけど」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきましょうか」
「いや褒めてねえし」
この人のこういうところを、自分達教え子は受け継いでしまったのだと思う。顔のわりに、中々にいい性格をしているのだ。
「こんな私の元であなたはよくいい子に育ちましたねえ」
「いいっすよ、もっと褒めてくれて」
「一晩語り倒してあげましょうか。私重度の親バカですよ覚悟して」
「嘘やめろ恥ずかしい」
くすくすと笑う松陽に、銀八は見せつけるように深々とため息を吐いた。だが、親バカと言われて、悪い気はしなかった。
「銀時」
「はい」
「…ありがとう。私を師と呼んでくれて、私の生きた意味を作ってくれて。ずっとずっと、あなたを愛しています」
「っ…れ、だって…俺だって、ずっとあんたを愛してた。俺の世界を作ってくれたのは、あんただから…あったんだよ、沢山言いたいことも、でももういい、どうでもよくなっちまった」
きっと言葉に出来るようなことではないのだから。只々、思いのたけをありったけ込めて、松陽を抱きしめることしか銀八には出来なかった。顔を見たら泣いてしまいそうだったから、顔を反らして松陽の髪をかき抱くふりをしてみたけれど、バレているのだろう。
「ありがとう、松陽先生。俺は、幸せだつた」
ただひたすらに、感謝を。それだけをどうしても、伝えたかった。
それから二人で涙でぐちゃぐちゃになった顔をからかい合いながら、思い切り破顔した。互いの涙を乱雑に拭って、笑いも収まらない、とひいひい言いながら歩き出す。
辛く、苦しく、何処までも愛おしかった懐かしい日々よ。忘れない、忘れるものか。魂に刻みこまれた傷を抱いて、私は、俺は、また歩いていく。