スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

幽鬼は未だ踊り続ける(土桂?←銀※)

高杉の身長。半角数字3ケタ。

烏ってよく見ると意外とつぶらな目してる(朧と松陽先生)



過去捏造です。元同僚な朧と松陽先生のお話。信女と朧が先生をよく知ってるから、先生はあの二人と同じ所属だったんじゃないかと思って。
先生が村塾から連行されたくらいの時期。




咎人吉田松陽捕縛に差し向けた部隊に関する報告は、想定していたよりもずっと早く朧の耳に届いた。
あれの実力はよくよく知っているつもりだった、あまりにも早い報せに、部隊の全滅の報も覚悟したものだ。だがそんな朧の想像を裏切って、届いたのは無事松陽を捕えたという吉報であった。多少、松陽庇護下の子どもに暴れられはしたけれど、それを除けば連行される道中も本人は至極大人しいものだったという。

「…松陽」

部下に連れられて来た男は、確かに吉田松陽に他ならなかった。これの扱いについては上からの機密指示を受けているから後は下がれ、と部下達を退けて、朧は一人改めて松陽と向き合った。
手枷足枷をかけ加えて猿轡を噛ませ念には念を入れて目隠しで視界まで奪って厳戒態勢での連行だったというのに、手枷を残してそれを解いてやれば奴は拍子抜けするくらいに平素のままに笑っていた。久方ぶりに見た旧友は記憶よりも幾らか明るい瞳になった気はするが、ふとかち合った折にあの頃のそれと同じ冷たい炎を瞳の奥に見とめた。

「…ふう、窮屈だった。久しぶりですね、朧」
「まさかあれしきで本当に捕らえられるとは」
「今まで見逃してくれていたのに急に大挙してくるものだから。私がどうしても必要になったのかなと」
「察しが良くて何よりだ」

松陽の言葉通り、此度朧が彼を捕えたのには理由があった。正直なところ数ばかり送っても蹴散らされるのを想定していたし、挙げ句雲隠れされる覚悟もしていた。だが幸いなことに松陽はこの手荒な迎えの意図を汲み取ってくれたらしい。

「松陽、今一度俺とその翼を広げる気はないか」

松陽の首に手を伸ばして、朧は真っ直ぐに彼を見据え口を開いた。淡々とした声音とは裏腹に、首に触れる指先はひどく熱い。松陽は何の反応も見せずに、ただその挙動を見つめるばかりであった。

「…奈落に、天導衆の手足に戻れと?」
「奈落三羽に謳われた実力、衰えてはいまい」

さらりと指通りのよい灰がかったくすんだ長髪を掻き上げるようにすれば、ようやく僅かに松陽が目を細めて見せた。柔らかな髪に隠れた首には、朧の身にまとう衣服に見られるそれと同じ八咫烏の刺青が昔と同じように羽を広げている。一度その身に刻んだ天に仕える烏の烙印は完全に消すことは出来ない。
松陽はふと微笑みを堪えて朧を見上げた。

「何故今になってそんな話を。私が逃げてから何度だって機会はあったろうに、わざわざあんな人員動かしてまで」
「状況が変わった。選ばないのなら、お前に未来は無い」

松陽が天照院奈落を脱したのはもう何年も前の事であった。離脱に手を貸し、またその後も自身が松陽捜索に任をおくことで松陽の行方を隠す役割を担ってきたのは他ならない朧だ。逃亡から今日までに幾度か顔だって合わせてきた、だのに何故今。
だが朧はそんな松陽の疑問など存じているとばかりにため息を吐いた。僅かに乱した髪を軽く整えて手を引いて、すっと目を伏せる。暫し間を置いてから、ようやく言葉を紡ぎだした。

「この長い戦も佳境に差し掛かっている。後顧の憂いとなる恐れのあるお前を野放しにはしておけないと。昔のように天の元に下るかその命を差し出すか選ばせろ、と命令がきている」
「何だそんなこと」

朧は、言葉を選びながら何とか絞りだすように口を動かした。だが、顔を上げれば眼前にいたのはその空気をぶち壊すかのようにきょとんとした友の顔であった。

「くれてやりますよ、命くらい。私を除いて奴らの気がすむのなら安いものです。きっとそうすれば戦も今一歩終わりに近づくでしょう」
「松陽」
「あれに飼い殺されるのはまっぴらごめんだ。例え今奴らに従ったって遅かれ早かれ消されるのは分かっています。どうせ奴らは私の居場所なんてとうに掴んでいたんでしょう、私の大切なモノが切り崩される前に迎えにきてくれてありがとう、朧」
「…鬼は宝に手を出されなければ自ら牙は向かんだろう。眠れる鬼を起こして敵に回すような下手を打ちたくなかっただけだ」

何もかも見通して、穏やかな笑顔を崩す気配の無い松陽に、朧はやはりなとため息を吐くことしか出来なかった。
そして朧が言うには、松陽の想像したとおり上の命令には彼をいぶりだすために少しでも接触の可能性のある人物を片端から始末しろともあったそうだ。
分かりにくい友人の気づかいに、松陽はゆるりと目を細めた。自分をよく理解している友には、恐らく自分を連れてきたところで奈落に戻る可能性など万に一つも無いと分かっていたろう。それでも、自分が一番悲しむのは己の死よりも周りを巻き込む事だろうと、それを未然に防ごうと追っ手を差し向けたのだろう。自分を死なせたくない朧自身の感情は後回しに、友の望むであろう最善策を選んでくれた彼にはただただ感謝する他なかった。

「死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。私の役目は今ここで、未来を駆る夜叉(おに)の童(こ)を生かすことです」

改めて顔を上げて笑う松陽の瞳の奥には、少なくとも朧の知る内には一度も揺らいだことの無い光が確かに輝いていた。狂気と呼べるかもしれない類のその光を堪えながらも、不思議なくらいに松陽の笑顔は屈託の無いものであった。そうして朧は、幾度目だか呆れたようにため息を吐いた。

「…その目をしたお前は、梃子でも動かん」
「ふふ、よく分かっているじゃないですか。暫らくは此処でも探れることはありそうだし、最期まであがいてみようかな。そうして、後のことはよろしく頼みますよ、共犯者さん」
「共犯者か。今に始まった事ではないだろう」
「そうでしたね、もう随分と昔から」

この国に巣食い蝕む天をひっくり返そうと戦うと二人決めたその日は、馬鹿みたいに済んだ空気の夏空であった。あの頃はまだ自分達は青くて、後にその試みはそう甘い事でもないと理解して、けれど何とかなると互いを信じたものだった。それは、内と外と遠く離れてしまってからも変わるものではなかった。

「朧、あなたには損な役回りを押し付けてしまうことになるけれど許してください」
「何だ」
「暫らく私の教え子達の、憎しみ怒りの矛先になって欲しいんです。天導衆(てん)に抗がうにはあの子達はまだ若い、相応しい時が来るまで適当にあしらってやってほしくて」
「適当に、か。加減は苦手だが殺さない程度に善処しよう」
「あ、いいですよ殺す気でいって。でないとあなたがうっかり殺られては困る」
「随分と言うではないか」

仮にも朧は天照院奈落の次期首領とも噂される当代きっての手練れだ。己の力を過信している訳ではないが客観的に見て、一回り近くも歳の離れた子どもに負ける気はしなかった。
だが反応に困ったのか呆れたよう遠くを眺める朧に、松陽はふんと唇を尖らせてからにいと口角を上げた。

「当たり前でしょう、誰が教えたと思っているんですか。私の宝を見くびらない方がいい」
「…そうか、肝に銘じておこう」

松陽に言われると、何となくそれでいい気がしてくる。実際のところ、何の根拠も無しに彼が弟子を危険に晒すような真似をするとは思えない、それ相応の実力を堪えた後進が育っていると思っていいだろう。それにいざ自分が彼らに相対する時は恐らく、松陽の死への怒りを一身に受けることになる。気にかけておいて損はない筈だ。

「近い内に上の尋問があるだろう、上手くやれ」
「言われなくとも」
「暫らくは獄中でも手枷も外せないだろうな、お前の実力を知る者も多い。お前を牢に入れたくらいでは奴らが納得しない」
「残念、本を読みたかったのに」
「…そう言うと思った。書見台を用意してある」
「これは珍しい、優しいじゃないですか」
「下手に暴れられるよりは大人しくしてくれていた方がいいと許可が下りた」
「待って、今私此処でどういうふうに思われているんですかそれ」

朧がぽつりぽつりと言葉をこぼして松陽が返答をして、淡々と言葉が交わされる。彼がこんなに口を開くのも中々珍しい気がする、松陽はそんならしくない挙動に思い当たる節があってふと微笑んだ。

「どうしたんです朧、やけに饒舌だ」
「何でもない」
「心配してくれているんでしょう。大丈夫ですよ、私なら」

気になって追及してみたら、今度は朧は口をつぐんでしまった。照れとかそういうのではなくて、彼は本当にどう反応していいのか分からないだけなのだと思う。

「…そろそろ、牢の用意も出来た頃だろう。行くぞ」

暫らく無言のまま時間が過ぎて、ようやっと朧は口を開いた。それだけを機械的に告げて、立て掛けていた杓杖を手にした。行き先をそれで差し、松陽が動いたのを見とめて彼の背後に立つ。

「暫らくの間世話になりますね、朧」
「…黙って進め」
「はいはい看守様」

後ろを扇いで笑みを作った松陽を冷静に追い立てて、朧は足を踏み出した。
松陽とまたこうして過ごす日々がくるだなんて、思いもしていなかった。ほんの一瞬、微かに朧の口元が緩んだことを知る者は誰もいない。

雨の中走って行くと屋根に入れる頃には必ず止んでくるあれ何(ヅラ目線の思い出話)


ヅラの思い出話。松陽先生との小話。




よくよく思い返せばその日は朝から、空模様の怪しい日であった。秋の訪れを告げるかのように涼しい風を伴って、夕暮れ刻になってしとしとと降り始めた雨を視界に挟めて、桂小太郎は一人ほうとため息を吐いた。
何故傘を持たなかったのだろうか。ほんの所用を済ませるだけのつもりであったのだが、この雨で足止めをくらってしまった。馴染みの茶屋の軒先から見上げた雲は、先ほどよりもいっそ暗くなってきたようにも思える。雨音を楽しめていたのも最初だけで、すぐに所謂ゲリラ豪雨というか、遠くの景色も揺らぐような土砂降りに変わってしまった。
この所続いていた猛暑は多少なりナリを潜め、足下に跳ね返る水滴が体温を奪いむしろ寒いくらいだ。思わずぞくりと身震いをして、自分も歳をとったものだと苦笑いが漏れた。
幼い頃は夏ばてなんて言葉とも縁遠かったというのに、この夏から秋へ変わる気候の変化が気に掛かるようになったのはいつ頃だったろうか。無邪気にはしゃぎ回っていたあの頃が、随分と遠い日になってしまったように思う。




そう言えば、一人見上げる薄暗い雨空には覚えがあった。あの時の空は今のように電線や何かで遮られてはいなかったが、もっともっと狭くて近くにあったような気がしていた。いや、少し違うかもしれない、自分がもっともっと大きい気がしていたのだろう。
確か、今と同じような夏の暮れであった。いつものように銀時と二人、ぶらりぶらりと村塾から近場の山で遊んでいた気がする。途中から何故か高杉も合流して三人でああだこうだと他愛もない喧嘩をして、確か珍しく自分が何かへそを曲げたのだ。ふいと気を逸らしてむくれていたら、気が付いた時には辺りには誰もいなかった。遠くの方で聞き覚えのある声はしていた気がする、何やら喧嘩に火がついてどんどん止まらなくなっているような幼なじみ達の騒ぎ声。
どうしてだか、その時自分はその声を追い掛けようとは思わなかった。原因は思い出せないような本当に些細な諍いであったのに、きっと何か譲れない事でもあったのだろう。我ながら頑固な可愛くない子どもであったなと思う。
いつの間にやら声も聞こえない所に友人達が行ってしまってようやく、自分が一人はぐれてしまった事に気が付いた。しかも彼らに気をとられていたおかげで、いつもは踏み込まないでいたような深い所に入ってきてしまったようだ。鬱蒼と生い茂った木々から辛うじて差していた木漏れ日も、雲がごろごろと不穏なうなり声をたて暗くなるのに伴って姿を消してしまった。
途端に不安が襲ってきたが、道も分からないし、何より彼らを探しに行くなんてあの時の自分にはどうしてもできなかった。こうなったらもう意地を張りきるしかないと、ぐっと口をつぐんで草葉の陰に腰を下ろした。膝を抱えて座り込んで、ぼすっと顔をそこに埋める。意地のつもりだったけれど、多分、口を開くと声が震えてしまいそうだったから、そんな自分が許せなくて。

ぽつりぽつりと耳元で何かが跳ねた音で、ばっと顔を上げた。眠りかけてしまっていたらしい、空模様が先ほどよりももっと暗さを増していた。ぽつ、ぽつと可愛い音で聞こえたのは最初だけで、すぐに音はざあざあと太くなった。
眠気を払うように緩く首を振った拍子に水分を孕んだ髪が頬にひたりと張りついて、やっと夕立にあたってしまったのだと理解した。木々が粗方雨を防いでくれるものの、少しずつ着物の端から水を含んで色が濃くなっていく。先ほどよりも、ぎゅっと体を縮めて丸くなった。
身体の端々から熱が奪われてゆく感覚、加えて視界はどんどん闇に包まれてゆく。さして大きな山でも無かったし、少し引き返せば見知った道にでただろうに、幼心にはこのまま帰れなくなってしまうのではないかといたく怯えたものだ。じわりと何かが滲んだ目元に歪んだ視界は、雨のせいだと自分に必死に言い聞かせた。



「見ーつけた」

今度こそ眠りこけていたようだが、眠りの淵から引き上げてくれたのは聞き慣れた優しい声色だった。
幾度か瞬きをしてぼんやり瞼を開いたら、同じ目線にいる大きな瞳、ゆるりと弧を描いた唇、先が湿気で色の変わったくすんだ栗色の髪、肩や袖が濃くなった灰色の着物。夢だろうかとぼうっとしていたら、眼前の笑みが深くなって濡れた手が頬にひたりと触れた。

「…しょう、よう…先生!?」
「はい。おはよう、小太郎」

目の前で笑う人が大好きな先生であることに気が付くのに少し時間がかかってしまった。慌てて立ち上がった拍子に、派手に音をたてて頭上の枝に頭をぶつけた。
苦笑いして伸ばされた手に手を重ねれば、ゆっくりと引かれて。何となくその手に引かれるままに歩きだした。そう言えば、雨が上がっている。雨が色々な物を流していったようで、やけに空気が澄んでいた。

「あの、なんで、先生」
「銀時と晋助がね、あなたがいないって大騒ぎするもので。本当は探しに行くって聞かなかったんだけれど、もう夜だから二人は帰らせました。よっぽど上手く隠れたんですねえ、銀時が見付けられなかったんだから」
「…迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑だなんて。とにかく、無事で良かった」

重なった手のひらはじわじわと温かくなってきた。慌てて出てきたら傘忘れちゃって、なんて笑う先生を見上げると何だか目頭が熱くなって、何度も雨で濡れた頬を拭うふりをした。

「ああ、小太郎。迷惑はかけてないけれど、心配は色んな人に沢山かけさせましたね。夏とはいえ夜の山は危ないし…それに、こんな深くには入らないように言われていたでしょう」
「…はい」
「二人と少し喧嘩したらしいけれど、それは構いませんよ。沢山議論してぶつかってください。でも時と場合を考えないと。今回みたいに危ない事は気をつけること。三人いたんだから、どこかで誰かが一歩足を止めて考えられるようになりなさい」
「はい」
「じゃあ、はい。反省終わり。帰りましょうか」

不意に真面目な声色が降ってきて、思わず背筋がぴんと伸びた。身体を振るった拍子に毛先から水滴が飛ぶ。濡れそぼった結った髪はそれなりの重さを持って揺れていた。
くるりとこちらを振り返った先生は、淡々と諭すように唇を開いた。けれど、幾度か頷いてそれから真っ直ぐに目を見て返事をすれば、ふわりと雰囲気を和らげて頭を撫でてくれた。

「まああの子達があなたを完全に忘れて帰ってきたのもあれなんだから、そんなに気にしない。でもすごく心配はしていたから、明日は二人といてあげてくださいね」
「はーい」
「晋助なんかもう泣きそうで。幾つかさっきみたいに言わなきゃいけないことはあったのに、それどころじゃ…あ」

そうしてまた帰路を歩きだした、筈だった。幾らか歩みを踏んですぐに、先生はぴたりと足を止めたのだ。何かあったのかと伺おうとたたっと駆け足で隣に並び立てば、その理由が分かった。
雨上がりの澄んだ空気を一身に纏って夏の夜空を彩る仄かな灯り達が、視界を埋め尽くしていた。

「うわあ…蛍…」
「雨を避けてこの辺りに身を隠してたみたいですね。ちょうどいいところに」

ゆっくりゆっくり歩みを進めれば、まるでこちらに行く道を示すようにさあっと足の先が開けた。すっと手を差し出してみれば一匹二匹と指先に舞い降りる。すっかり頬も緩んで得意気に隣を行く先生に手を掲げて見せてみれば、優しい笑顔に迎えられた。

「銀時と晋助には内緒にしておきましょうね。探しに奥まで踏み込んだらいけないから」

悪戯っぽく笑ってしいっと唇にあてた指先に蛍が一匹陣取って、ぽうと光る。二人してきょとんとして、そうして飛び立ってしまわないように気を付けながら、くすくすと笑みをこぼした。元より色素の薄い髪が光と溶け合うよう煌めくのを見て、先生からその光が生じているのではないかなんてぼんやり考えたのをよく覚えている。





蛍の淡い光に照らしだされた先生の笑顔、二人だけの秘密の場所、雨上がりの楚々とした空気の匂い。今となっては自分以外に知る者のいない、夢物語のような幼い記憶だ。
一人で見上げる曇天の空に誘発された思い出と違って、雨の上がる気配は無かった。だが辺りも暗くなり初めてきたし、直に夜になる。雨足が弱まるのを待っていたが、そろそろ腰を上げなければならないだろう。

「…先生。今の俺達を見たら、どう思われるのかな」

あの頃とずっと変わらずにいられると思っていた。三人で、たまに喧嘩はするけれど、いつまでも隣で笑い合っていられるものだと信じて疑わなかったのに。
今も意固地なのは自分の方なのかもしれない、だが、譲れないものがある。構図はあの頃と何も変わらないのに、どうしてこうも難しいのか。喧嘩相手の件の幼なじみに向けて刀を上げたのは自分からだった。いつかそれが交わる時が来たら、ひとしきりぶつかったらまた一緒になれる日が来るのだろうか。いや、必ず来る、だって、今までに何度だって繰り返してきたんだから。
幼い日の感傷と相まってどうしてもウマの合わない幼なじみの姿が脳裏をよぎる。振り払うようにふうと息を吐いて、ようやく腰を上げた。
今の自分に迎えは来ないんだから、自分で歩いていかなければ。
だが、そうして雨空に踏み出した筈なのに、何故か雨粒が触れることはなかった。

『探しましたよ、桂さん』

何かが頭上にあるようだ、視界に影が落ちて一段と暗くなる。少し遅れて、ぺたぺたと気の抜けるような足音。そちらを見やれば、見慣れた白い巨体が視界を埋めていた。

「エリザベスではないか」
『傘持って行かなかったから』

引っ繰り返されたプラカードを読むが早いが、傘を握らされた。エリザベスはどこからか取り出したもう1つの傘を差して、歩き始めた。そうしてから、ぽかんとしたままのこちらをくるりと振り返った。

『戻らないんですか?皆、待ってます』

何度か文面を読んでから、ようやく緩慢な動作で足を踏み出した。雨が傘を打つ音がやけに耳に響く。

『どうしたんですか』
「ふ…何でもないさ。さあ、行こうかエリザベス」

今度は歩みを揃えて軽快に歩いていく。あんなに強かった雨足はゆるゆると弱まり始め、気が付いた頃にはすっかり雲は晴れていた。蛍と違って人工的なものだけれど、帰路を彩る灯りには事欠かない。
大丈夫だ、きっと、雨は上がったのだから。
傘を閉じて緩く振るって水を切って、桂小太郎は真っ直ぐに前を見て歩き始めた。
前の記事へ 次の記事へ