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幽鬼は未だ踊り続ける(土桂?←銀※)

高杉の身長。半角数字3ケタ。

幽鬼は寒空に踊る(土桂?※)

高杉の身長。半角数字3ケタ。

夏蜜柑は名前のわりに真夏には獲れない(銀→桂)



銀→桂要素あり。完結編ネタ、二人の別れ。夏蜜柑て萩の名産品らしいから




日に日に汗ばむ気候になってきて初夏、つい先日春の訪れを告げ陽気を降り注いでくれていた快晴が憎らしくなってくる頃だ。薄らと湿り首に張りついた黒髪を鬱陶しげに手で払い、桂小太郎は書類を放り天井を仰いだ。ちらりと視線を移せば障子の隙間から青と緑が覗く。少しばかりじじくさい声を漏らして立ち上がり、ぱんと障子を開く。爽やかとは言い難い生暖かい風が、夏蜜柑の香りと共に頬をくすぐった。
この所間借りをしているこの部屋のいい所は、近くの家のよく手入れされた庭がいつでも拝めるというところだ。青空と、青々と生い茂った緑と、手を伸ばせば届いてしまいそうなところにぽつぽつと散らつく黄色。
穏やかな風情に、緩めていた小太郎の目が、ふと固まった。目に優しい彩色の中に不自然にちらつく白い毛玉。こちらに気が付いたのか、にやりと笑った予想通りの顔に、小太郎はわざとらしく呆れた顔を作ってみせて首を傾げた。

「玄関から来ようとは思わなかったのか、銀時」
「指名手配犯の台詞じゃねえな」

ちなみに此処は二階である。階下の窓枠に足をかける銀時を引っ張りあげて部屋に招き入れてやれば、彼は全く悪怯れずに先程まで自分が腰を下ろしていた座布団にどっかりと座り込んでいた。

「おい」
「あー待てヅラ、土産があんだわ。怒んなって」

どかそうと試みてはみたが、銀時はしれっとそれを無視してごそごそと懐をあさっている。ほらと気の抜けた声と共に放り投げられたのは、よくよく見覚えのある黄色い果物だった。

「…これ、そこの」
「おうよ…んだその目、盗ったんじゃねえからな!?依頼が入っててそんでもらったんだからな!」

所謂お店に並べられるような品よりは少し小ぶりで、表面もざらついている。おそらく銀時の言葉に嘘はないのだろう。

「で、どうした」
「は?何が」
「お前の方からわざわざ訪ねてくるなんて、何か用事があったんじゃないのか?」
「あー…」

銀時はどことなく罰が悪そうな様子で頭を掻いている。何度か口を開きかけては閉じて、べらべらといつ止まっているのか不思議になるくらい饒舌な彼らしくなく言葉を選んでいるらしかった。

「…ヅラお前好きだったろ、夏蜜柑。依頼で来て、貰って、そんでお前が見えたから」
「ヅラじゃない桂だ」

手探りでぽつりぽつりと言葉を拾っては呟いてと歯切れが悪い。銀時自身、自分で選んだ言葉に実感が持てずにいるような素振りだ。

「よく覚えていたな…お前は苦手だっただろう」
「あーそうそう、だって甘くねぇし。ほら、昔よく高杉が家の庭の持ってきてたろ。あいつわざわざ俺に食わせようとすんのな…くっそ思い出すと腹立つ」

何の気なしに銀時の口から吐かれた言葉に、小太郎は目を丸くして動きを止めた。取り落としかけた手中の果実を持直し、まじまじと件の男を見つめる。本人は小太郎の動揺の理由に気付いていないようだった。

「どうしたぁヅラぁ。ヅラがずれたか?蒸れる季節だしな」
「ヅラじゃない地毛だ!銀時、お前…どうした」
「いやいやお前こそどうしたって。質問で返すなよ」
「いや…すまん、お前がそういう…その、昔の話を振ってくるとは思わなんだ」

小太郎の言葉で、銀時自身もそれに気付いたらしかった。んだよちくしょー悪いかよと拗ねだすものだから、ついつい笑みが零れてしまう。銀時は、笑いやがってとより唇を尖らせたが、それがまた小太郎の気を緩ませると気付いていないのだろうか。

「何だよ…あーあー服にすっかり匂い付いちまったー。あ、意外といけるんじゃねこれ、柑橘系の爽やかな香りなイケメン、どうよ」
「夏蜜柑、か…確かに、気持ちは分かるがな。懐かしい」
「あ、無視?」

夏蜜柑は生まれ故郷の名産品だった。冬を耐え、熟し始めた甘酸っぱい香りで夏の訪れを感じたものだった。
銀時の言葉にもあったように、地元の名手である高杉家の立派な庭にも沢山夏蜜柑が植わっていた。村塾に持ってきては嫌がる銀時に押しつけて、自分に自慢をして、痺れを切らした銀時と喧嘩が始まって。自分と先生で剥いてやって、銀時用に蜂蜜も用意をして、喧嘩が終わった頃に持っていってやったものだった。
確かにこの香りは幼い頃の風を運んでくる。銀時の言い分も分かるというものだ。これにまつわる話だけでも話題の種には事欠かない、幾つか話を弾ませた所で、小太郎はうんと伸びをして体勢を立て直した。

「…久しぶりに剥いてみるかな。食べるか?」
「蜂蜜は?」
「む…探しは、するが。期待はするな」
「無いと俺食えねえの知ってるくせに」
「金をお前が持つんなら買いに行くが」
「うっわ性格わりー…わーったよだすよ払えばいいんだろ!さよなら俺の全財産!」

うえええと泣き真似をして財布に頬擦りをする銀時に、小太郎は本日幾度目かの見開いた目を見せるハメになった。
確かに蜂蜜がけの特別仕様は美味しい、が、あの銀時が、ケチで実際金欠な銀時が金銭の負担を伴ってまで食べようとする。その事実に小太郎は驚きを隠しえなかったのだ。

「あった気もするんだが…待っていろ」
「ヅラ」

台所に向かうべく銀時に背を向けた時だった。背後から、気だるそうな間延びした声。

「ヅラじゃない、桂だ。何だ?銀時」
「あ、いや、何でもねえ」
「おかしな奴だ」

くるりと振り返って返事を返してみるけれど、反応はどうにも歯切れが悪い。結局自分でも困ったように笑っているものだから、どうしようもできないだろうと判断をして小太郎は部屋を後にした。



「…あー」

障子の向こうに消えていった小太郎の背中に、坂田銀時は一人深く息を漏らした。
一度その背に手を伸ばしてしまったことを彼は気付いてはいないだろう。遠くで聞こえる耳鳴りが、ここにいられる時間の終わりを銀時に警告し始めていた。
来るつもりはなかったのだ。なのに、懐かしい香りに誘われて、気が付いたら。

「…好き、だったんだよ」

誰にも聞こえない声音で、ぽつりと唇から言葉が零れた。
爽やかで甘酸っぱい夏蜜柑の香りのよく似合う、清廉潔白で凛としたその姿。誰よりも近くにいたけれど誰よりも遠くに感じた、美しい魂。
誰にも渡したくないと思ったし、彼そのもののように真っ直ぐでしなやかな美しい髪に触れたいと思った。初めてそれを自覚したのはもうひどく昔の事だった気がする。

「ごめんな」

変わらないと約束をしたのに。結局の所、自分は彼を裏切ってしまうのだ。もう一人の幼なじみよりも余程酷い裏切りを、もう二度と弁明できない裏切りを。だから会わないつもりでいたのに。白詛感染の危険が伴うと分かっていたのに。

「…さよなら、なんだ。今度こそ」

彼と再会をしなければ、今自分はここにはいなかったのかもしれない。そうなっていれば、この先この手が世界を握り潰すことも無かったかもしれないのだ。


「ごめんなっ…」

自分がいなければ、彼の人生は順風満帆とは言い難いが、その輝きに見合ったものになっていたかもしれないのだ。幾度、自分の存在が彼の人生に影を差したのだろうか。幾度、彼は笑って許しを与えてくれたのだろうか。
自分の身体を乗っ取られたときとよく似た感覚、感情の抑制が利かない。只々流れ続ける涙を止める術を銀時は知らなかった。涙を拭うことを諦めて、けれどやり場のない感情をぶつけるように銀時は大きな手の平で顔を覆った。
死にたくねえよ。怖いんだよ、ヅラよお。助けてくれ。
声にもならない吐息だけが銀時の口から吐き出された。だけど、動かなくなった彼の肢体をこの手で抱く方がもっともっと怖いから。
銀時は、目の端がひりひりするくらいに力強く目を擦って、ぱんと頬を叩いた。行かなければ。これ以上ここにいたら動けなくなる。
よし、と笑顔を作って立ち上がった所で、障子に細身な影が映った。銀時、と上ずった声が聞こえる。
此方から開けてやれば、つんと甘酸っぱい香りと濃い甘い香り。それから、少しだけ顔を上げて真っ直ぐに視線を合わせてくる、自分が映りこむ黒曜石みたいな漆黒の瞳。

「あったぞ、蜂蜜。この間エリザベスがホットケーキを作っていてな、あいつに感謝を…銀時?」

あの妙な化け物の事となると、いつも以上に頭のネジの抜けた発言を繰り返すこのお馬鹿な幼なじみときたら。やめてくれ、愛おしいから。
ご丁寧に蜂蜜のかかった一房を摘み、べたつく指先ごと口に入れる。甘みを漏らさず舐めとって、名残惜しいけれどゆっくり手を下ろした。
ああ、甘酸っぱい。
とろりと濃い甘さの後に、ほろ苦さすら伴う酸っぱさが忘れずに襲ってくる。
愛おしくて、苦しくかった今日までの歩みを、一息に飲み込んだ心地だった。

「ありがとうな、桂」

擦れ違いざまにぽんと軽く肩を叩いて、銀時は玄関に足を運んだ。

「桂じゃ…いや、桂、だ。銀時?」

慌てて振り向いた小太郎の目に映ったのは、ひらりひらりと手を振り歩いていく自分より一回り大きな背中、自分とは正反対なふわふわとした銀色の髪。それから、鼻をくすぐる夏蜜柑の香り。
銀時、ともう一度だけ呼んでみたが、返事は返ってこなかった。


坂田銀時が行方を眩まし、白詛が猛威を奮い始めたのは、そう遠くはない日であった。

鬼の居ぬ間にて。(異域之鬼・番外)


短い。高杉の去った鬼兵隊のお話。




突如主を失った鬼兵隊をぴりぴりと張り詰めた空気が支配していた。だが狼狽える者は少なかった、鬼兵隊に君臨していた彼は行き先を告げこそしなかったものの、何処に行ったかなんて皆分かっていた。
空気と共に時を止めていた挙動を切り裂くように、万斉がコートを翻し立ち上がった。事実上二番手であった彼の指揮に従うのも道理だろう、異を唱えるものはいないはずだ。
だが件の万斉は口を開かずに、真っ直ぐに出口へ足を向けた。サングラスの奥の視線は読めはしないが、尋常じゃない空気を纏っていた。

「…何のつもりでござる、また子殿」
「何のつもりはこっちの台詞っスよ」

だが、外に出ることは叶わなかった。扉の前には細い影が仁王立ちで万斉の行く手を阻んでいたのだ。先程、置き手紙を見つけてひどく取り乱していたのとは別人の顔で、また子は万斉を睨みつけた。

「どこ行くんスか」
「決まっている」
「地球っスか」
「晋助を連れ戻す、拙者のやるべき事はそれだけでござろう」

暫しの睨み合い。両者一歩も引く様子は無く、皆が固唾を呑んでその様を見つめていた、その時だ。
ぱぁんと渇いた音が艦内に響き渡った。サングラスが勢い良く宙を舞うがしゃんという音がワンテンポ遅れて続いた。張り詰めた空気のせいか、実際の何倍にも反響している気さえした。
また子が思い切り、眼前の男をひっぱたいたのだ。彼女の容赦のないそれは見た目以上の威力を孕んでいて、万斉をよろめかせるに充分だった。事態を把握するまでの数瞬、万斉は物理的に言葉を発することが出来なかったようだ。じんと痛みの広がる頬を押さえて、彼は只立ち尽くしていた。

「あんたアホっスか!?何でっ…何で晋助様があたし達を置いてったのか分からないんスか!」

がっとまくしたてるまた子に、万斉は何も言葉を挟めなかった。

「あたし達を危険から遠ざけようとしてくれたんじゃないんスか、生きろって!そういう事じゃないんスか!」
「…また子…殿…」
「こんなこと言いたかないけど、晋助様はもう助からないっス…だから!あたし達はって!」

晋助の病気は感染症だ、加えて地球にはびこる白租もそれに類する物らしい。
万斉に掴み掛かる勢いのまた子を見下ろして、件の彼はようやくまともな思考能力を取り戻したようだ。
まさかあの晋助がと口に出かけた言葉を、万斉はぐっと飲み込んだ。そう言えば病に犯されてから単独行動が増えていたし、そもそもぎりぎりまで病状を悟らせてはくれなかった。単純に弱味を見せたくなかったからなのではないかと思っていたが、存外また子の言葉に嘘は無いのかもしれない。

「出てこうがどこ行こうが知ったこっちゃないっス。でも、晋助様を追い掛けるようならあんたを許さないっスよ。万斉」

じゃきっと銃の安全装置が外れる音がした。また子が、銃身を真っ直ぐに万斉の喉元に向けたのだ。
万斉はそれにすっと手をかけて、銃身を下げさせた。飛んだサングラスを拾ってかけ直し、改めてまた子を見据える。

「…そうで、ござるか」
「そうっス!てかそもそも晋助様の意志に反したらあたしらは終わりじゃないんスか」

万斉にはそう真っ直ぐに言い切れるまた子が羨ましかった。
晋助、それでも拙者はお主が恋しい。彼女のように強くはないから。
万斉は僅かに逡巡を巡らせたが、終には諦めたように肩を竦めた。出来得る限りのことはしてみようかと決めたのだ。

「また子殿」
「…何スか」
「なればこれからは拙者が鬼兵隊総督ということでよかろうか」

聴衆にどよめきが起きた。ついで、歓声とほんの少しの怒号。皆の考えは粗方同じだ、晋助の遺志を次いで鬼兵隊の舵をとれるのは河上万斉その人に他ならないだろうと。

「っ…調子戻ったと思ったらいきなりそれスか!認めないっス!あたしは絶対認めない!」

素直に認めるのは気に食わないとばかりにまた子はぎゃーぎゃー万斉に噛み付いた。だが内心は、彼に任せる気ではいた。自分に指揮はできない、晋助の育てた鬼兵隊を維持するには、万斉が適任だということはよくよき分かっていたのだ。

「見ていろ晋助」

万斉は果てない濃紺の宇宙を見据えてぽつりと呟いた。
お主は悠々と構えていればいい。地獄にまでその名を轟かせてみせよう。河上万斉が率いる新生鬼兵隊の旗揚げだ。

異域之鬼・伍


晋助の帰郷を迎えた満開の桜は、彼の衰退に合わせてその色を変えていた。庭の木も柔らかな桃色から、深緑の葉桜へと姿を変えた。彼が地球に降り立ち一月ばかり、春は終わりを迎えようとしていた。
晋助は縁側に腰を下ろし、すっかり見る影もなくなった萎れた花弁を摘み上げた。傍らの猪口にそれを落とし酒を注ぐ。水底にゆらゆらと揺れる桜は十分に美しかった。
咥えていた煙管を深く吸い、ふうと煙を吐き出す。酒を呑もうと煙管を離した拍子に血痰を伴って幾度か咽せたが、晋助にはさして気にする様子もなかった。
不意に、左手の煙管が頭上から伸びた手によって奪い取られた。

「肺を患っているのにこんな物を吸う馬鹿がいるか。それに酒も駄目だと言ったろう」
「お堅いねえ。酒は万病に効くんだぜ、どうだい一杯。葉桜になっちまったが酒の肴にゃ事足りる」

小太郎は一瞬渋ったが、お前の代わりに呑むのだからなと念を押して、結局晋助の手から杯を受けた。
すっと目を伏せ杯に唇を付け、軽く上を向いて酒を咽に流し込む。黒檀のしなやかな髪から覗く、こくりと動く真っ白な首筋が晋助の目に付いた。うっすらと浮き上がる血管を純粋に綺麗だと思った。前々から思っていたがどうにも小太郎には人の嗜虐心を煽る節があるようだ。幼い頃から何かと食ってかかっていたのを思い出した。
見上げた小太郎の横顔はずっと昔から変わらない、真っ直ぐなままだ。ただ一点を覗いては、だが。髪の合間に白い物がひらひら揺れるのを見とめて晋助は口角を上げた。

「…何だ、高杉。酒なら駄目だぞ」
「分かってらァ。その包帯、似合わねえと思ってよ」
「お前に言われたくはない」
「ああ?俺ぁ似合いだろうがよ。てめえがしてると何かよ、やらしーなァ」
「寝言は寝て言え」
「褒めてやってんだ」
「いらん」

どういう因果か、小太郎の左目は晋助と同じように包帯で閉ざされていた。ドンパチやっている中で流れ弾を受けたと言っていたが、半分になった視界にも慣れたようだ。

「…ヅラぁ、これでも咥えとけ。その面にもちったぁ風情が出るだろ」
「っ!?」

手から何かをもぎ取られたと認知した刹那、小太郎の口に何かがねじ込まれた。取り落としかけた猪口を脇に寄せて、晋助によって突っ込まれた物を確認しようと手をかける。どうやら煙管のようだった。
満足気に目を細める晋助を視界に挟んで、小太郎はやれやれとそれを吸った。久方ぶりに口にしたものだ、ほろ苦さが腔内に広がる。晋助よりは不恰好にだが二度三度と煙を吐き出してみた。

「風情はでたが…お前が煙管持ってると遊女みたいだな。え?ヅラよぉ。正直抱けるね」
「…返す」
「いい、お前にやる」

予想外の晋助の返答に、小太郎は目を見開いた。宇宙からほぼ身一つで帰ってきたその時にだって手放さなかった、値打ち物の煙管ではなかったのか。あまりにあっさりと告げられたので、聞き間違いではなかろうかと小太郎はそれを一度晋助に渡そうとした。が、ふいと顔を背けられた。
目を丸くしたままの小太郎を気に留めず、晋助は手酌で猪口に口を付けている。小太郎にそれを注意する余裕はなかったようだ。

「上物なんだ、錆付かせるのは忍びねェ。きっちり手入れしてくれや」

酒を啜る晋助の横顔に、小太郎は言葉を失った。その言の葉の裏にある意味を理解したからだ。言うなればこの煙管は形見だ、そう本人から宣告された気がした。自らの死を予見した言動だと言うのに晋助は至って平静なままだった。小太郎には、彼のその強さが眩しくて苦しかった。




初夏の兆しが見え始めた頃、これから訪れよう季節の似合う男が小太郎の居候する屋敷を訪れた。坂本辰馬だ。予定していたより幾分か遅れてしまった帰還に、彼は柄にもなく急いていた。地球を宇宙に向けより開いていく辰馬のような活動をよく思わない者達の動きが活発化しているようなのだ、いらん妨害を受けた。

「ヅラ、戻ったきに!」
「坂本…良かった」

ほっと安堵の息を漏らした小太郎に釣られて辰馬も胸を撫で下ろした。大丈夫、まだ間に合ったようだ。
再会の挨拶も早々に、庭の見える奥の部屋に通された。小太郎は所用をすませに一時別室に姿を消してしまった。しばし二人きりの邂逅になる。
蒲団に臥せった部屋の主は辰馬を見据えると、幾度か瞬きをして緩慢な動作で体を起こした。ほんの一月前に比べてもひどくやつれたように見える、だが人の悪い笑みはそのままだ。

「…もうてめえの面見ることもないかと思ったんだがなァ」
「酷いぜよ高杉!…大丈夫がか?寝てていいきに」
「いらねえ気を回すな、自分で決めら…っごほ!うっ、ぇほっ…!」
「言わんこっちゃないき!」

晋助は慌てる辰馬を見てはからからと寒々しく笑うばかりだ。だが流石に喀血を伴う咳に、そそくさと身体を横たえた。宥めるように背中を撫でてやれば、晋助は大人しくそれに従う。胸元を押さえる手にはいたく力が籠もっていて、病状の深刻さが見てとれた。

「ははっ…てめえは死神みてえだ、坂本ォ…気ぃ抜けちまった、もうすぐだ、もう…」
「…何を、言いゆう」

晋助はくつくつと笑うばかりだ。開き直ったように、やけに晴れ晴れとしている。実際のところ、辰馬を待つのに集中して命の炎を燃やしていた節があったのかもしれない。辰馬が何度真っ赤になった口を拭ってやっても、またすぐに咽せてしまってきりがない。

「…桂にゃ、銀時のこと言わねーのか…」
「言わん。銀時の意志じゃ、万事屋の坊らを巻き込みとうないらしい」
「だから、あいつは…あめえんだよ…」
「おまんが鬼兵隊を宇宙に置いてきたのと同じことちや」

晋助はちっと露骨に舌打ちをした。気持ちが分かってしまったのだろう、自分に嫌気がしたのか、はたまた懐かしい名前に思いを巡らせているのだろうか。
しばらく晋助は押し黙っていた。そうして、穏やかな風情で目を閉じた。

「…坂本ォ」
「何ぜよ」
「酒が、飲みてえ…桂も呼んでよ…」
「…待っちょれ」

不意に晋助は甘える童子のような声を上げた、かなり擦れてはいたが辰馬に意図を伝えるには十分すぎた。

「…銀、時も…四人で…」

小太郎を呼びに行く辰馬の背に、晋助の半ば息だけの声色が聞こえた気がした。
小太郎はひたすらに静かに辰馬の呼び掛けに応えた。淡々と、とっておきのがあるから先に行っていろとだけ溢して、本当に酒をとりに行ってしまった。
結局身体を起こしたものの、痛みに悶える晋助を撫でてやりながら、辰馬は小太郎を待った。5分足らずではあったが、永遠に感じる瞬間であった。

「待たせたな」
「こほっ…おせえ、ヅラ…」
「ヅラじゃない、桂だ」

晋助に冷静にそう返しながら、小太郎は盃を四つ並べた。丁寧に酒を注ぎ、塩漬けの桜の花弁を一枚一枚落とす。淡く桃色に揺らいで見える液体を渡され、晋助はゆうるりと笑みを浮かべた。

「…お前、に…しちゃ…悪く…ねえ…」
「昔からお前は桜に魅入られてたからな、高杉」
「いーい匂いぜよ、さ、呑むきに」

最早晋助は息も絶え絶えだ、身体を引き裂かれんばかりの痛みが絶えず走っているのだろう、額に汗も滲んでいる。それでも晋助は、笑っていた。

「…乾、杯…」
「乾杯」
「乾杯ぜよ!」

かつんと各々盃をぶつけて、そして庭寄りに置かれた一つの盃にも当ててかんと音をたてて、皆一気に飲み干した。取り留めの無い会話を楽しみながら、三人は酒を酌み交わした。時折一つ置かれた盃に口を付けては、酒を継ぎ足すこともあった。
がしゃん、と陶器が割れる音がした。晋助が盃を取り落としたのだ。彼はそれを拾おうとはしなかった、代わりにふらりと立ち上がり、軒先へ足を運んだ。
桜の木へ寄りかかって、晋助は空を見上げた。帰郷したその日と同じ、青い空だった。

「…地獄で…待って、ら…銀…時…」

晋助は銀時を信じていた、必ず彼が全てをやり遂げ地獄へ墜ちると信じていた。これは最大級の激励の言葉なのだ。
にぃと唇で弧を描いて、晋助はゆっくり瞳を閉じた。力が抜けた身体は、するりと桜の根元に崩れ落ちた。




かの高杉晋助も病魔には勝てなかった。彼がこの世を去って半年余りが過ぎようとしていた。
晋助の死は、思わぬ所にも影響をもたらした。彼を恐れ萎縮していた過激な攘夷浪士達の活動を活発化させたのだ。小太郎はしばしの沈黙を決め込んでいたが、直接的に矛先を向けられたのは辰馬だった。
今や、地球において辰馬ら開国推進派にとって安全な場所を探すのは困難な事になっていたのだ。陸奥には何度も止められた、地球へ立ち寄る回数を減らし物質の援助に留めよと。だが辰馬はほぼ毎月のように故郷を訪れていた。ターミナルにも足繁く通ったがあれ以降、銀時には会えていない。目下の地球での課題は、同士を探し政府との交渉を取り成すことだった。

その日は、雪もちらつく冬を迎えたひどく寒い日だった。坂本辰馬はまたも地球にいた。近江屋という店で、お偉い方と会談の予定があったのだ。今回も部下の制止を振り切ってきたわけだが、この頃の辰馬は特に何かに突き動かされるように働いていた。

「遅いのう…」

待ち時間になっても向こう方は現れない。だがその刹那、辰馬はひやりとした気配を感じた。誰かがいる、幕府の上層相手だからと言って油断していた自分に喝を入れる。護身用の銃を手に収めた、その時だった。

「っ…!?」

一斉に窓ガラスが割れた。結構な高さのある建物だったと辰馬は記憶していたが、そんなもの問題ないとばかりに雪景色に紛れる白い見覚えのある制服が視界を埋め尽くした。眼前に、黒髪をなびかせる細い影が躍り出た。
声も、出なかった。
一瞬で世界が赤に染まった。こんなにあっさりと逝ってしまうのかと嘆く暇も愛しい人に想いを馳せる暇も、痛みに喘ぐ暇さえもなかった。
まごうことなき事実だ、坂本辰馬は、暗殺された。
破られた窓から、冷たい雪が吹き込んでいた。容赦なく地に付した身体を白く染めていた。だが積もる端から赤に染まるばかりだった。




後に近江屋事件と名付けられるその惨状の現場を後にして、土方十四郎はため息を吐いた。現場証拠や諸々から犯人の目星はついていたが、手を出せないのだ。
坂本辰馬という男を失った。つまり地球は今一歩、衰退の側へ足を踏み出してしまったのだろう。
土方は重苦しい足取りで、以前彼と出会った近場をうろついていた。辰馬の遺体を調査したのは自分だ、一つ、気になる物を見つけた。これを託すべく、わざわざ私服で散策を繰り返す日々だ。

「おい、そこのロン毛」

不意に土方は視界に挟んだ人物を呼び止めた。緩く首を揺すった拍子に艶やかな黒髪が風を孕んで揺れる。一切光のささない暗い眼差しで男は顔を上げた。

「あんた、攘夷志士の桂に似てるって言われるこたないか。兄弟とか?」
「…人違い、では」

長年追ってきた土方が間違える訳はなかった。印象は随分と変わってしまったが、彼は桂小太郎その人に違いない。

「まあ構わねえ、とりあえず桂に渡す物を預かってるんだ。あんた、知ってんなら渡してくれよ」
「だから俺は知らぬと」
「頼んだ。ああそれと、悪いが中身は改めさせてもらったぜ」

土方は、小太郎の手に赤の滲んだ封筒を一つ握らせるとくるりと踵を返した。

「これ、は…!」

小太郎は慌ててそれを開くと、瞬時に文面を視界に入れそして、その場にくず折れた。目の前の男が真撰組の副長であることは気付いていたが、そんなことどうでもよかった。

『備えあれば憂い無しちや、これがおんしに渡るといいんだがのう。いいか、桂、生きろ。何があっても生き延びろ。きっと、なんとかなるき』

懐かしい声が小太郎の脳裏に響いた気がした。嬉しいのと同時に、現実を受け入れざるを得なかった。
坂本辰馬は、死んだのだ。

「…今日だけは見逃してやらあ、坂本に感謝するんだな」

そう吐き捨てると、土方であったろう男は姿を消した。
小太郎は一人、道の中央であることも忘れてただ呆然としていた。徐々に、実感が湧くのに伴い涙が込み上げる。身体が壊れてしまいそうで、自然と拳を握りしめ地を叩いていた。

「っあ…ああ、う…ああああああ!」

文字通り喉が枯れて声が出なくなるまで、小太郎は咆哮していた。
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