「これも、置いていくんですか?」
「そー。あっちはあんまし広くないからな」
つい先日まで、ソファーやテーブルぐらいしかなかった部屋は、段ボールと本の山で占領されていた。その間を、邪魔にならないように襟足を紐で括ったニールは、ひょいひょいと日用品やら衣料品を段ボールに詰めていく。アレルヤはその横で、ニールの作ったメモに従って本を分類していた。分類といっても、ニールが記した本と、そうでないのを分けるくらいなのだが。
本の表紙を、一冊一冊確かめていく。
ニールが持っていくと記した本は、新品同様だったり、破けたり、焼けがひどかったりと様々だ。ジャンルも、詩や恋愛小説、学問書、絵本等、ピンキリである。
本の山の中には、ちょっとドキッとするイラストの表紙もあって、アレルヤは、こういう本も読むんだと、暫く固まったりもした。直ぐに目ざといニールに見つかって、からかわれることになったが。
隣で、びりっと音がした。ニールは段ボールにガムテープを貼って、終了とばかりに手をパンパンと叩いた。襟足の紐を解いて口に加え、ゆるく跡のついた髪を、ぐしゃぐしゃと両手でほぐす。
「あー、やっと終わった。アレルヤはどうだ? あと何冊ぐらい?」
「あと三冊ですね」
「そっか……。休憩するか?」
「いいえ、大丈夫です」
ニールの誘いに、アレルヤはゆっくり首を横に振った。
段ボールを抱えてニールが帰宅し、アレルヤの顔を見るなり引っ越しだ、と言ったのは、一週間前のことだった。理由はもっと良い家が見付かったからだとか。
一人で準備をするつもりだったらしいニールに、アレルヤは無理に手伝いを申し出た。そして与えられたのは、持っていく本の識別。
凡そ、何が何処にあるか見当がつくニールなら楽であろうその作業も、そうはいかないアレルヤにとっては中々骨の折れる仕事だった。しらみつぶしにいかないといくない。十数冊の本を探すのに、何日もかかってしまっている。
「ん。じゃあ、俺はあっちの部屋に用事あるからいってるな」
ニールは玉になった糸とペンを持って隣の部屋を指差した。
「わかりました」
アレルヤは本を探す手を止め、言った。
「……あったー」
アレルヤは見つけた本を手に、ころんと床に転がった。
最後の本は、横長の絵本だった。角が擦り切れ、色も少しあせた絵本。終わったと報告しようと部屋を見渡すが、ニールはまだいない。床に転がっていたガムテープと鋏を片付けるついでに、アレルヤは起き上がり、胡坐をかいた。
いつもは聞こえる時計の音も、段ボールに締まわれてしまって聞こえない。
「……暇だなあ」
アレルヤは呟いて、手元の本を見つめた。
ニールは満足気に印を付けた糸を束ねると、部屋の扉を開けた。
「あ、アレルヤ、……眠ったのか?」
アレルヤは、本に埋もれるように眠っていた。側には、全てにチェックがついたリストと、本。
ニールはお疲れさま、と眠るアレルヤに囁いて、起こさないように側によった。
アレルヤの手元には、記憶より幾らか減ったガムテープと鋏、それと切り刻まれた茶色の破片があった。散らかしたままなんて珍しい、とニールは鋏を封をした段ボールの上に起き、茶色の破片を片付け出した。
暇にかられて、ガムテープで何かを作ったのだろうか。
ニールは黙々と破片を拾う。ガムテープの粘着面を合わせて、それから切ったらしい。不思議なことに、破片は全て同じ形をしている。
「……あ、これ」
一際大きな破片を摘んだら、続いてするするとバラバラだと思っていた破片が続いてきた。よく見ると、その破片は人型をしていて、丁度手の部分でつながっている。
ニールは、アレルヤの脇にあった本に目をやる。
「……確かに、書いてあったな、これ」
ニールはしゃがんでいた足を伸ばし、立ち上がった。丁度、ニールがガムテープの人の繋がりを肩の高さまで持ち上げた所で、残りの部分が床から離れた。軽く振って、くっついている切れ端を落とす。
ニールは両手を端と端を持って、しげしげと眺めた。腕を伸ばして、やっとすべてが宙に浮く長さだ。
「本当、頑張ったもんだ」
ニールはぱちりと瞬きをした。
「あ、……僕、寝ちゃったんだ」
くあ、っと欠伸をしてアレルヤは起き上がった。涙のにじんだ目を擦っていたと、段ボールの上に、眠る前は無かったメモを見つける。
「出かけちゃったんだ」
お疲れさま、という言葉の下に書かれた文章に、少し拗ねたようにアレルヤは口を尖らせた。すぐに帰ると書いてあるし、眠ってしまった自分が悪いと言えば悪いのだが、どうせなら、直接が言ってほしかった。
「あとは、引っ越しは明日で……頑張ったな?」
お世辞にも上手いとは言えない、手を繋いだ人間が沢山書かれたメモを、不思議そうに眺めていたアレルヤは、不意にはっと顔を上げて床を見渡す。
「あった」
暇なあまりに作ってしまったそれは、丁寧にソファーの上に置かれてあった。見られたのか、とアレルヤは頬を少し染める。
ソファーの上で、仲良くガムテープの人は手を繋いでいる。左右非対称で、少しいびつな人型は、まるで隣同士向かい合って、フォークダンスのマイムマイムでも踊っているようだ。ただ、両端の部分の人だけが仲が悪いように見えるのが少し寂しげだ。
「……これで、良し」
微かに、ドアの鍵が解錠される音がした。小さくちぎったガムテープで両端の手と手をとめ、アレルヤは玄関へとかけていった。
…………………
微妙な終わり。
ちなみに、わすれられないおくりもの、です。私はこれ、結構好きです。