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ブラックアウト (ガンダムW、ヒイロ・デュオ)


ただ画面だけが光っている。
飛び交う記憶にかかる黒い雲が、頭を支配する砂漠に弾けては消えた。
PCの無機質な文字が、自分の未来を連想させる。
爼の鯉と同じだ。その先を思い浮かべては、眠る。
送信されてきたこの任務をおうたら、俺はどうなる?
ヒイロもまた、自分の来たる未来を想像する。鯉のように眠れはしなくとも。

「ヒイロ?」

隣で同じように画面を見ていたデュオの視線は、いつの間にかヒイロに向けられていた。
不穏な何かを感じ取って、デュオは少し警戒する。
不意にヒイロが動いた。
手元なあったナイフを音もなく手に取る。
『不穏』の正体にデュオが気付いた時には少し遅かった。
動脈は外せた筈だが、辺りには鮮血が飛び散っている。

「何やってんだ馬鹿野郎!」

怒鳴って、傷口を押さえる。
これでは止血できないと悟って、荒っぽいとは思ったが血管を直接指で止めた。
小さくヒイロが呻く。
そうだったこいつはこういうヤツだった、とデュオは嘆息する。
戦争が終結してから一旦は落ち着いたように見えたものの、プリベンターとしての任務をこなす度にヒイロはこの衝動に堕ちる。
戦いにしか自分の居場所を見出だせないヤツだ。
コロニーの修復や小規模なテロの鎮圧では、逆にヒイロを追い詰めていくだけでしかない。

「……、デュオ、もういい」
「良かねぇよ馬鹿。今手当てしてやっから動くなよ」

血管を押さえた手はそのままに、都合良く手近にあった救急箱を引き寄せる。
ヒイロが、何かを小さく呟いた。
首を傾げる仕種で促せば、この時代に俺は必要ない、と珍しく言葉を返してきた。
これもいつもと同じだ。
その度にデュオは怒鳴って、同じ事を繰り返す。
降り止まない雨と同じように、ヒイロのこの感情は他人に止める事などできない。
それでも毎度毎度この無意味な行動に付き合う理由は、ひとつだ。
平和な時代が、ヒイロを掻き消してしまわないように。
ヒイロの灰色がかった青いふたつの目が、画面の光を反射して黒く輝く。
その目はただ無表情に、デュオを真っ直ぐに見ている。
反対にデュオの目は、怒りとも呆れともつかない何かを宿している。
例えるならヒイロは冬の雪原で、デュオは茹だる炎天下だ。
全く正反対だと互いに知っている。
ふ、とヒイロが目を細めた。
鈍る皮膚感覚。流石に出血し過ぎたか。
ただ平和な時代に立ち尽くす自分の弱さと青さがヒイロの日々を駆け抜ける。
色々な情報が錯綜して結局真実を知らない。
現状と幻想が生まれては明日の足音が聞こえる気がする。
感情が暴走している気もした。現実は、逃げたい。
想像と妄想が混同して、それらは全て掃いて捨てるものに変わる。

「ヒイロ!」

ヒイロの意識が薄らぐ。
今までこんな事はなかった。
急所は外せたと思ったのは錯覚だったというのか?
考えている暇もない。
今を、ヒイロの今を掻き消してしまわないようにデュオは動く。
例えヒイロのか細い手が闇に向かって弱く羽ばたいても。
その一方でヒイロは思う。
今ここで死んだとしても、デュオがいる。
俺が生きていたという証明をしてくれる人間がいる。
俺を、忘れないでくれ。
柄にもなく感傷に浸る自分が可笑しかった。
ぼやける視界で融ける世界、開く、デュオとの距離。
いつもより少しだけ終わりを近くに感じた。
デュオには悪いことをしたかもしれない、と最近になってやっと解った気遣いで考える。
自分の名前を呼ぶ声。名前なんて記号の羅列でしかないと思っていた筈なのに、いつの間か執着していた。
終わりがあるのなら、始まりはあるだろうか。
気付かないうちに溜まっていた涙で画面の青が滲む。
デュオが押さえた傷口も、鈍った感覚のせいか弱い痛みでしかない。
けれど何処かで、自分はまだ生きるのではないかと矛盾した考えが巡っている。
どうせなら消してほしい。今此処で、俺の存在を認めた人間がいる前で。
もしも彼女が表現したように命が灯だというのなら。
今、灯は此処で静かに消えるから、お前が確かめてくれ。
ヒイロは願う。
死ぬのは怖くない。ただ、孤独が怖い。
そしてデュオはそれを知っている。
ただこの世界に馴染めないヒイロが立ちすくむ弱さと、過去の自分を捨てきれない青さで日々を生きている事を。
傍目から見れば馬鹿な行いなのだろう。
けれどデュオは、ヒイロの存在が掻き消えてしまわないように繋ぎ止める。
何度だって付き合ってやるさ。お前がこの世界を受け入れられるようになるまで。
意識を手放したヒイロの傷に包帯を巻きながら、デュオは誓う。
リリーナといった、あの強い女性を悲しませないために、今はこの状況に付き合うのだと。

(そうさ、何度も。)


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だいぶ前に書いた終戦後のヒイロの話。
やっぱり病んでいる。

高校か大学に入りたてかのどこかで書いていた物。
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