この先を、見ないために。


[Doctor,Doctor]


混乱をやり過ごせば、存外脳は冷製だった。
眼前に散らばる元は人間だったものも、形をなさない塊たちの中で尚も何かをしている彼も。

綺麗だ、と思った自分に鳥肌が立った。

確かに自分もヒイロも、人を殺す事には慣れきっている。
けれどもそれは飽くまで戦争の中での話で、決して利己的に、まして愉悦の為になされるものではなかった。
殺したくなどない、ただ終わらせるための戦いを続けていて、その中で敵になってしまった命だけは仕方ないと割りきってきた。
そのはずだった。

だというのに、何だ、これではただ遊んでいるだけではないか。

「……ヒイロ」

名前を呼ぶ。
聞いていない聞こえていない、きっと認識すらされてもいない。
今のヒイロには、何も届かない。

「守るんじゃ、なかったのかよ」

それでも訊かずにはいられなかった。
だってその人は、――。

「愛していた」
「愛していたんだ」
「これ以外に何ができる」
「こんな事でしか、俺は」

脈絡のない呟きは、きっと誰に宛てたものでもない。
つい数時間前まで生きていたその人に宛てたものでも。

「ヒイロ」

これ以上は、見たくなかった。
もう誰も殺さない、殺さなくて済むと安堵した仲間の、行き着いてしまった答えなんて。

「…、……デュオ」

だからかつてのように呼ばれた名前も、その声も、脳が都合よく作った絵空事だと振り払った。


「 、ヒイロ」


(大丈夫、戻ってなんてこなくていいから、)



==========

MICHEL SCHENKER GROUPのDoctor Doctorを聴いていて、ふと思いついた話。
決してクイーンが嫌いなわけではないんです。

Livin', lovin', I'm on the run
Far away from you
Livin', lovin', I'm on the run
So far away from you

生きるため、愛するため、俺は逃げる。
お前から遠く離れて。
生きるため、愛するため、俺は逃げる。
お前からずいぶん遠く離れて。


(逃げたのは誰で、愛されたのは誰?)


2015.06.29