ぎしっぎしっぎしっ。

椅子が悲鳴を上げ続ける。どうやら今日のお嬢様はご機嫌らしい。なぜ「らしい」というのかというと、私のいる位置からだと窓から入ってくる逆光のせいでお嬢様の横顔がシルエットのようにしか見えないからだ。

 ぎしっぎしっぎしっ。

この悲鳴は子どもがきゃっきゃとはしゃぐ声に少し似ている気がする。私がそんなことをぼんやり考えていると、お嬢様が唐突に口を開いた。

「ねぇねぇアオイ」

「はい、なんでしょうお嬢様」

私がいつも通りの対応をすると、お嬢様は少し声のトーンを下げた。

「青いバラって綺麗なのかしら」

「それは私にはわかりかねます」

「どうして?」

お嬢様はそう訊ねながら、小首をかしげたようだった。

「なぜなら青いバラはまだ存在しないからです」

私は静かに、でも単調にならないよう気をつけながら応える。それとは反対に、お嬢様は興奮したように声のトーンをあげた。

「そうよね、まだ存在さえしないものですものね」

「ええ、そうです」

「だれも見たことのない青いバラ。不可能の代名詞」

興奮しつつもうっとりとしたような、艶のある声でお嬢様はつぶやいた。そしていつものように独り言が始まるのである。

「いまだ見ぬ花」

「美しい花」

「誰にも受け付けない花」

「なんて甘美な響きなのでしょう」

ぎしっぎしっぎしっ

あぁ椅子が壊れてしまいそうだ。あれが壊れたらお嬢様はどうなってしまうのかな。

「ねぇアオイ」

「はい、お嬢様」

「青いバラって素敵ね」

お嬢様は振り向いて、私の頭上にある窓の外、それもどこか遠いところを向いてそう言った。一方私は、無造作に床に落ちている、新聞の切抜きをぼんやりと見つめていた。