「お誕生日おめでとうございます」
起き抜けの視界に飛び込んできたのは、黒だった。
『貴方は…』
視界を覆う黒を雑に掴み、引き剥がすと鼻に残った香りはあまり好まない種類の物で。
「…薔薇、かよ」
思わず苦々しい口ぶりになるテルミに、それを渡した張本人であるハザマはニッコリと笑みを浮かべた。
「黒い薔薇ですよ。しかも天然の」
綺麗でしょう?
そう悪怯れる様子も無く微笑むハザマに、テルミは、うー、と唸り声のような返事で返す。
「匂いが気に入らねェ」
素直に、率直に、包み隠す事なく続けられた言葉に、ハザマは少し困ったような表情を浮かべた。
「仕方ありませんよ、薔薇は薔薇なんですから」
「へいへい」
漸く身体を起こしたテルミは、時計を眺め見る。
普段よりは遅い起床だが、まぁ今日は休暇を取っているのだから問題は無い。
「今日はどうしましょうか」
予定を入れる事なく休暇を取ってしまった時ほど、その「予定」に悩むものだ。
しかしたまにはそういった無駄な時間も悪くない、と、テルミは思う。
「もう一度寝るかね…」
「え〜、せっかくだから出かけましょうよ〜」
なればとことん自堕落を尽くしてやろうではないか、と考えたところでハザマがやんわりと提案してきた。
「じゃあ、散歩」
「良いですねぇ」
特にやりたい事は無い。
だから目的を持たずに出掛ける事にした。
街は相変わらず忙しなく人が行き交っている。
その中を悠々と歩いて行くのは僅かばかり気分が良い。
ところでウインドウショッピング等はほとんどしないテルミだが、ハザマの楽しそうな表情を見るのは面白い、と思っている。
だからシルバーアクセサリーを眺めて瞳を輝かせるハザマを見るのは、不思議と面白い。
「テルミさん、もう少しだけ見ていても…」
「へいへい、お気の済むまで」
だからこそ、我儘な頼み事もついつい享受してしまうのだ。
さて、此処に来て早速暇になってしまったのだが、果たしてどうしたものか。
「何かお探しですか?」
ふと、店員に声を掛けられ、テルミは振り返った。
………
気が付けばだいぶ時間が経ってしまっていた。
こんなにテルミを待たせるつもりはなかったのだが、つい真新しいデザインに惹かれてしまったのである。
「ええと、」
そう広くはない店内を見渡せば、テルミは直ぐに見付かった。
「テルミさ…」
声を掛けようとして、口籠ってしまう。
目の前にいるテルミは、女性の店員と楽しそうに会話をしていた。
とても、楽しそうに。
それはハザマにとって非常に不快なものだった。
もちろん、ただの店員と客の会話の筈だ。それは頭で理解できている。
だが、しかし。
理解していても。
「テルミさん…」
「お、ハザマちゃん」
嫌なものは嫌なのだ。
「お待たせしました、行きましょう」
出来る限りの表情筋と神経をフル活動させ、いつも通りの笑顔を、いつも通りの雰囲気を見せる。
このどす黒い感情を、彼に見せない為に。
「もう良いのか?」
「はい。ただ見るだけで貴方を待たせるのもアレですし」
「ふーん」
テルミは納得してくれた様子で、体重を預けていたカウンターから離れた。
そして、店員に軽く手を振る。
店員は軽くお辞儀をしながら微笑んだ。
「ありがとうございました、またいらして下さいね」
…嗚呼。
(そんな眼で、彼を見るな)
なんて浅ましい。
なんて余裕の無い。
ぐるぐると回るハザマの思考を知ってか知らずか、テルミは手をコートのポケットに入れたまま店を後にする。
それに続いて歩きながら、ハザマはテルミの背中を見つめた。
「……」
視界には、テルミしか映らない。
それで良い。
これで良い。
これが良い。
自分にはテルミが居れば、テルミさえ居てくれれば、それで。
「ハザマ」
「え、あ、は…え!?」
突然声を掛けられ、挙動不審に返事を返そうとしたハザマに、何かが投げつけられた。
「お誕生日おめでとー」
気の抜けた言い方。
ムードも何も無い渡し方。
手の平に乗る、黒い薔薇のネクタイピン。
「……」
あまりにも予想外の出来事に呆然と立ち尽くすハザマに、テルミは悪戯っぽく笑い、振り返る。
「知ってたか?黒い薔薇の花言葉」
その笑顔を、決して忘れないと、心に決めた。
『貴方はあくまで私のもの』
*****
ハザマさんは知らずに渡してました。
テルミさんは店員から聞きました。
あと店員さんは違う意味で笑ってました┌(┌ ^o^)┐
李「ハザマさん、お誕生日おめでとう♪」
杏子「テルミさんと食べてね♪(ミズチケーキを出す←二人で作ったらしい)」
(*゚w゚*)<シャー♪(お誕生日おめでとう♪)