自分の名を呼ぶ声がする。
その声に導かれるがまま、ラグナは瞼をゆっくりと開いた。
「子犬ちゃん」
その声は、嫌になる位聞き覚えのあるもので。
「ん…?」
「あぁ、やっとお目覚めですか」
加えて視界に入ってきた碧を認識した瞬間、ラグナは一気に飛び起きた。
「テルミッ……!?」
否。
起きようとしたが、それができたのは上半身だけだった。
ハザマがラグナの腰の辺りに跨がっているため、立ち上がることはできなかったのだ。
「は、ぁ!?」
まだ寝ぼけ眼で混乱しているラグナは、ハザマと、自身の腹辺りを見比べては困惑する他ない。
そんなラグナを、ハザマは至極楽しそうに眺めている。
「想像以上の驚き様ですねぇ…」
「普通誰でも驚くわ!」
噛み付くようにして返すラグナに対して、やはりハザマは楽しそうに笑みを浮かべる。
確か自分はのんびり昼寝を決め込んでいたはずだ。
それなのに。
それなのに、何だ、この状況は。
未だに混乱を続けるラグナ。
「子犬ちゃん、聞いてくれませんか?」
「…おぅ」
あまりにものんびりと。
のほほんと問い掛けられ、語気が少々和らいだ返事で続きを促す。
「私、今日が誕生日なんです」
「…おぅ」
「でも同じ職場の方々は知りませんし、かと言って教えるつもりなんて微塵もありませんが」
「…おぅ」
「でも、やっぱりせっかくの誕生日ですし?どうせなら誰かに祝辞のひとつでも頂きたい訳ですよ」
「…おぅ」
よく回る舌だと半ば感心してハザマの言葉に相槌を打つ。
ちなみに適当に聞き流したりはしない。
もし、万が一にもそんな事をすれば、この男は何をしでかすかわかったもんじゃない。
そうでなくても、元々の行動が全く読めないのだから。
「という訳で、」
ハザマはよく動き回った言葉をそこでひとつ区切り、続ける。
「誕生日プレゼントを下さい」
「祝辞は何処行ったよ祝辞は」
直前まで祝辞がどうとか言っていたはずなのに、それをアッサリ飛ばしてプレゼントを要求してきた。
欲深というか、なんというか。
「やだなぁ、照れちゃいますよ」
「人のモノローグに返事すんじゃねぇ!つか、今のは褒め言葉ですらねぇ!」
「ありがとう。最高のツッコミだ」
「うるせぇな!…しかもさりげなくストモの台詞捩ってやがる…!」
いよいよ不毛なやり取りに変化し始めた会話を、きっかけとなったハザマ本人が終わらせた。
「まぁ良いや。…とりあえず、プレゼント下さい」
「……」
どうやら表現を間違えたようだ。
話は、振り出しに戻った。
「プレゼントったって、そんなモン、」
「下さい」
知りもしなかった誕生日のプレゼントなど、用意しているはずもない。
それはひとつの常識であるし、ハザマも十分理解しているはずだ。
それでも、プレゼントを要求してくるあたり。
「……」
「子犬ちゃーん?」
ビンゴだ。当たりだ。適中だ大当りだ。
ハザマは笑っている。一体それがどういう事なのか。
わからない、訳がない。
「…テメェ、」
「なんですか?罵倒なら間に合ってるんで、他のやつが良いです」
コイツは、ユウキ=テルミは、自分、ラグナ=ザ=ブラッドエッジを、からかっている。
おそらく誕生日というのは本当だろう。
だがしかし、プレゼントを。
ラグナが渡すはずがない…渡せるはずもないプレゼントを、敢えて要求することにより、ラグナを困らせ楽しんでいるのだ。
まだ確認はしていないが、確証はある。
この憎たらしいまでに楽しそうな笑顔が、何よりの証拠だ。
「……」
「さぁさ、子犬ちゃん、プレゼント。下さい」
楽しそうに、心底楽しそうに笑いながら、唄うように手を伸ばすハザマ。
子供のように無邪気で、悪魔のようにどす黒い、笑顔。
ラグナは考える。
まず、ハザマが自分の腰の上に跨がっている時点で逃げることはできない。
次に、罵倒は不要と渡す前に断られてしまった。
だからといって、ただただ困惑して全てがハザマの思う通りになるのは頂けない。
頂きたくない。
なんとかハザマの虚を突き、自分が有利になれる方法は――。
――あった。
「…うし、やるよ。プレゼント」
「本当ですか?」
喜びと、ほんの少しの驚きとが混じった笑顔。
ラグナは、右手でハザマの帽子を取り上げる。
「?…あの、」
訝るハザマの頭に、残った左手を。
「おめでとさん」
ぽん、と置いて、優しく撫でた。
「……」
わしわしと、少し乱暴に、しかし優しさの篭った撫で方。
ハザマは数秒の間目をぱちくりと瞬かせていたが、やがてゆっくりと行動を始めた。
「……」
状況を把握するようにして思考を巡らせ、反復し、理解する。
そして。
「――ッ!?」
驚いた。
…ラグナが。
ハザマは、ラグナの予想を大きく裏切って、笑ってみせたのだ。
それも日常で見せる、殴り倒したくなるようなものではなく、やんわりと。
心から幸せの絶頂にいそうな、嬉しそうな笑顔だった。
「は、…ぁあ?」
あまりにも予想外な事態に慌て、混乱するラグナを余所に、ハザマはパッと身体を起こし、立ち上がる。
「ありがとうございました」
結構、嬉しかったですよ。
そう付け加え、去っていくハザマ。
「……な、何なんだよ…クソッ」
喜ばせてしまったことが癪に障り、ラグナは右手に持ったままの帽子を投げ捨てる。
そんな彼が気付けるはずがないのだ。
ユウキ=テルミにとって、ラグナ=ザ=ブラッドエッジの行動パターンの予測など、簡単に出来てしまうのだというその事実を。
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楽しかったです、ね。
テルミさんが最後にまさかのデレの拘束機関解放してますが、書いてて自分が驚きましたww
ちなみに私は言葉遊び大好きです。
…おしゃべりは苦手ですが←←