手の届くうちは良かった。
もし、ぼくときみの距離が離れても、きみがぼくを想い募ってくれるように。





テレビCMだったか、どこかで聴いたことのあるようなメロディ。穏やかだけど耳に残る優しい旋律。コイツにしては可愛らしい鼻唄歌うな、なんて思っていた。
「…あら、お迎え?」
「あら、じゃねぇよこのサボリ魔。」
屋上のいつもの場所で寝ていた成樹は自分を見下ろす水野の存在に気付いて鼻唄を止めた。悪びれもせずに微笑を浮かべる。
いつの間にか自分たちが3年になり、ボールばかり追いかけていた日々はこの夏で終わりを迎えた。風が冷たくなってきたこれからは本格的な受験生生活だ。この時期の三年生は進路相談や受験勉強に余念がない。
最も、水野や成樹のような、既に推薦入学が決まっている生徒は面接対策のみで気楽なものだった。しかし、成樹は普段の素行の悪さと勉学の不出来さを担任の香取に心配され、何故か水野が放課後成樹の勉強を見る羽目になっていた。(他の教師が嫌がったんじゃないだろうか。)
「一応就学時間中なんだからな、早く行くぞ。」
「クソ真面目やなあ〜。大体2人だけなんやから屋上で勉強してもよぉない?」
「そう言うんならこの場に勉強道具一式持ってきておけよ…」
フェンスに凭れて座った成樹の隣に同じように腰かける。見上げた空は秋特有の澄み渡った高い空だった。
実際水野も成樹の受験に関しては特に問題は感じていない。サッカー推薦は向こうの学校からのオファーで決まったものだし、勉強に関しても本気を出せばそれなりの点数は取れる奴だ。素行の悪さも、今更問題行動を起こすような馬鹿ではない。(金色の髪は一向に地毛だと言い張るが。)
「まあ、たつぼんのお説教聞けるんもあと少しやからなぁ〜」
同じ空を見上げながら成樹が呟く。
そう、あと少し。
冬が終わり、春が訪れれば、成樹は京都へ行ってしまう。水野と離れた場所へ行ってしまう。
関西選抜として現れた時から、成樹がいずれは京都に戻ってしまうということは分かっていた。成樹が本気でサッカーに向き合うようになってくれて嬉しかったし、成樹が今以上に技術を磨く為には京都へ行く事が1番良い環境だということも分かっていた。
「…そう考えると、ちょっと寂しいかもな。」
思っていた事が素直に口に出た。成樹は少し驚いたようにこちらを向いた。
「たつぼんも寂しいとか思ってくれるんや。」
「そりゃあ、今までずっと一緒だったからな。…もちろん風祭も高井も、小島だって皆離れちゃうのは寂しいよ。ただ…」
言いかけて、言葉に詰まった。黙って聞いていた成樹が先を促すように視線を向ける。
「…お前とは、色々あったからな。なんだかんだ一番長い時間一緒にいた気がするんだ。喧嘩も多かったけど、本音言えるのも、俺の事一番理解してくれてるのも、やっぱシゲだったからさ。」
思わず語ってしまってから、水野はハッとして我に返った。成樹が目を丸くしてこちらを見ている。
「とっ、とにかく!そろそろ教室戻るぞ!!」
気まずさと恥ずかしさでいっぱいになり、慌てて立ち上がろうとした。が、バランスを崩して倒れ込んだ。成樹がふいに腕を引いたから。
「なっ…?」
倒れ込んだ先は、成樹の腕の中。そのまますっぽりと抱き締められている。
「シゲ…?」
「俺もたつぼんと離れるん、寂しい…」
いつになく真面目な成樹の声に、たじろぐことも出来ずにいた。明らかに不自然なこの状況。世話しなく動く心臓。自分の鼓動と、成樹の鼓動、2人分。
「たつぼん、好き。」
「ずっと前から好きやってん。」
「お前がいつも近くにおってくれたから」
「ほんまは伝えなくてもこのままでえぇかな、て思ってた。」
「でも、京都に行くこと決まってから」
「俺の手ぇ届かんうちに」
「どっか行ってもぉたらかなわんなって思て」
ぽつりぽつりと、ゆっくりと紡がれる成樹の言葉を胸に顔を埋め聞いていた。成樹の顔は見えなかったが、自分と同じリズムを奏でる心音を聞いて、同じように頬を染めているだろうと思った。
「俺のもんになってほしいって、ずっと思っとった。」
髪を優しく梳かれ、水野が顔を上げる。照れたような、困ったような幼いその表情を見て成樹が微笑んだ。大人びた笑顔だった。
成樹の顔が近付き、水野はゆっくりと目を閉じた。頭の片隅で穏やかなメロディが流れた。

ほんとはきっと、ずっと。ぼくも同じ気持ちだったのだろう。

(おまえがほしい。)


end.