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いったいなんなのか。

 


京楽は艶やかな着物を着た女性としゃべりながら木陰にいた。

鼈甲のかんざしの女はしばらく京楽の傍から離れなかった。


しばらく、七緒の頬を風がなで、夏の太陽が汗を流させては風が乾かした。

そのうち、かんざしの女のもとへ若い男が駆け寄ってきたので、桃色羽織はこちらへ帰ってきた。


「七緒ちゃんもこっちに来ればよかったのに」


七緒の輪郭を流れる汗を見て、京楽は先ほどの女と話していた木陰に視線を流した。


「いえ、ご友人との会話のお邪魔するわけにはいきません。」

「そっか」


素っ気ない返事だった。


「今日は流魂街の見回りですが、どうされますか?」

「ええ、暑いよ。帰りたいなあ」


いつも通りの返事だ。

「では、隊長は隊舎へお戻りください。わたしが回って参ります」

「ええ、いいの?ほんとにいいの?」


髭の間から白く整った歯が見えた。


「ええ、わたし一人で回った方が早いと思いますので」

と、目の前の笑顔を戒めたつもりで言って、眼鏡を押し上げた。


「ひどいねえ」

と、わたしに言うのであった。




しばらく、桃色羽織の背中をみてから背中を向けた。

THE MOVIE:The DiamondDast Rebollion




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隊長が元気になり、八番隊隊舎にも、やっと本当の活気が訪れることになった。彼を迎える支度もようよう整い、彼が帰ってくるまでにちょうどひと月が立つことになる。


京楽が帰ってくる日が決まるまでの月日は、気分としては辛かったがそんな宙ぶらりんな気持ちも彼が帰ってくるとなると一気に晴れてしまった。


自分の中で京楽という存在が中心だということを自覚する。



「たっだいまあ、七緒ちゅわあん」



戸の向こうには、ひと月ぶりの上司。

垂れた双眸。

肌蹴た腹に痛々しげな包帯はもうない。



「おかえりなさい、京楽隊長」


久しぶりに頭を下げた。下げていたいのだ、久しぶりの感覚を堪能する。


「へへ、なんか恥ずかしいなあ」

ああ、胸が張り裂けそうだ。

そう、ボクは帰ってこなきゃならなかったんだ。なぜなら彼女は一人ぼっちだから。



「ただいま、よく一人で頑張ったね」


長椅子に腰掛けながら、ひと月の彼女への労わりの言葉をかけた。

意識したわけではなかったが、薄暗い声音になる。



「いえ、副隊長として当たり前のことですから」


「んふふ、七緒ちゃんらしい。まっ…よく頑張りました!ご褒美あげなきゃねえ」


弾けた声を発すると、京楽は勢いよく長椅子に横たわり網笠で顔を隠してしまう。

その姿を見るのはひと月ぶりで、おもわず七緒は双眸を細めてしまった。



「褒美をくれると言うなら、是非仕事をしていただきたいですね」


「…考えとくー。」



窓から明るい陽射しが射し込み、長椅子の上の京楽にやさしく降りそそいだ。カタンと音がすると、盆から茶請けと湯飲みを机に置く七緒がいて、まるで愛の告白をされているようだった。


あいしている、と。



「ねえ、七緒ちゃん…」


「何です?」


「泣いてたね、ボクが怪我しちゃったとき」

ちゃんと聞こえてたんだ。部屋の外で啜り泣く君の声は、まるで魂でも削っているように掠れていた。抱きしめてあげたかった。


すると七緒は眉間に皺を寄せて静かに答えた。


「気のせいでしょう」


「…そっかあ、それならよかった」


京楽は静かに続ける


「もしね、あのとき泣いてたんならさ…ボク抱きしめてあげたかったなと思ってね。」

ボクのために流してしまった涙を、一粒だって零すことなく掬いあげたいと思ったんだ。



椅子から上半身だけを起きあげて、向かいの七緒を見つめる。長い沈黙だけがボクらの間に横たわり、心臓の音も消えて、世界から音がなくなってしまったのかとさえ思った。



 

あまいもの。

そういえば、小さな君は甘いものを嫌っていたね。


大人にお酒が必要なように、子供には甘いものが必要なんだ。



「七緒ちゃん、こっちおいで」


ボクは冷やしておいた羊羹を取り出しながら、彼女を呼び寄せる。


「なんですか、隊長……。」


駆けてきた七緒は、京楽の手の中にある羊羹を見つけると、ただひとり暗闇を見つめるような視線になった。

まるで、その手の中にあるものが「悪い」ものであるかのように。



君には甘いものが必要なはずだよ。

甘いものを遠ざける君が不思議でならない、その気持ちばかりが京楽の中でたまっていく。



「食べない?おいしいよ」


七緒は首を横に振るだけで、なにもしない。


「なんで七緒ちゃんは甘いものを食べないの?」




月明かり落ちてくる夜は


いつまで続くのかと思われた寒さはやっと姿を消し、控えめな春が暖かな風と新緑をつれて顔を出した。

けれど、春に似つかわしくない暑い夜が続いている。


障子を開けて、火照った身体を夜風で冷ましながら京楽の口元が緩む。


「七緒ちゃん、見てご覧。月が綺麗だ」


ぽたぽたと自分の汗を七緒の白い肌に落としながら、長く太い指は七緒の乳房を這った。


「ほら、隠してないで見てご覧よ。」


両手で顔を覆っている手を、京楽は指でどけ手首を掴んで白い歯を月明かりに輝かせながら笑った。

理知的で大人な七緒は姿を潜めて、子供のように恥ずかしがっている。


「そんな顔されちゃあ、なんかボクいけないことしてるみたいだよ。年瀬も行かぬ子供を抱いてるみたいだ」


京楽はクっと笑った。

七緒は握られている手首をそのままに、肩をくねらせて抗議を示した。



血管が透けて見える乳房に、七緒の柔らかさと儚さを感じながら優しく口付ける。


「あ…」


今度は大人のあえぎ声を漏らして

風が舞う


空が青い。

新緑が皐月の風とともにやって来た。


舞うような緑の動きが、京楽が笑うときに心がくすぐったくなる自分のようだと思った。



「七緒ちゃん、見てご覧。もう牡丹が咲きそうだよ」


京楽の視線の先には、火をはくような牡丹の蕾が咲こうと膨らんでいた。

陽射しがつよく、緑色の日陰が恋しく感じるほどの太陽の下で、京楽が笑う。



「それにしても暑いねえ、日陰に行こうか」


大きな身体を猫背にまるめていたのをやめると、京楽はあたりをきょろきょろと見渡し涼めそうな場所を探す。


「境内の方にいこう。」


京楽は七緒の返事を聞くことなく、まるで七緒が自分の作った足跡の上を歩くことが当たり前のように歩き出す。そして、七緒も当たり前のように京楽の作った足跡の上を歩く。

鉱石が太陽に輝き乱反射している。


緑の木陰、影が落ちた冷たい岩の上、京楽が手まねきをし七緒を隣に座らせると、うっすらと汗をかいた七緒の額を指で撫でてまた笑った。

七緒は何もいえなかった。ただ顔をうつむかせて、顔が赤いわけを照りつける太陽の所為にした。



「はあ…あつ」

 

髭に包まれた顎を上向かせて喘ぐ姿に、また顔があつくなる。


「七緒ちゃん顔まっか。」


八重歯を零しながら笑う京楽は、自分の顔の赤いわけをきっと気づいていないのだろう。すこし申し訳なさそうに太陽を恨めしく睨んでいる。


「散歩より、執務室でのんびりしてたほうがよかったね。ごめんよ、暑いだろう?」


「いえ、大丈夫ですよ。今は日陰ですし風もありますから。」


「でも顔赤いよ、のぼせちゃったのかな。水もらってこようか」



そんなに心配されるほどに、自分の顔が赤に染め上がられているのかと思うと、余計に頬が熱を持ち始めてしまった。

あまりに近い京楽の顔の所為もあって際限なく身体が熱くなっていく。



「…もしかして、照れてるのかい?」


「なっ…なにをおっしゃって、」

 

見破られた。

七緒は言葉が続かなかった。喉がカラカラに乾いている。


それがこの太陽の所為なのか、それとも餓鬼大将が新しい悪戯を思いついたときのような顔をしている京楽の笑みの所為なのかは考えたくなかった。



「っ…」



餓鬼大将の笑みがグッと近づいて、鼻先があたりそうになる。

反射的に身をよじったが意味は無かった。頬には大人の男の手が添えられていた。



ああ、このまま唇が重なるのかと羞恥で目を硬くつぶったがいつまで経っても唇にはなにも重ならなかった。

恐る恐る目を開けると、目を細めている京楽と目が合う。


もう餓鬼大将の子供の笑みではなかった。息が詰まった。



「ねえ、キスして。今日は七緒ちゃんから」


目の前の男は、身体ごとこちらに向くように座りなおすと、わたしの頬やおでこや鼻を指でなぞりがら口元を笑みの形にゆがませている。

流れるような仕草だった。



境内の茂みの向こうで犬が吠える声がする。それが次第に小さくなり、自分の心臓が脈打つ音ばかりが大きくなる。

 

 

京楽が目を閉じる。

一度は唇に近づいた顔を離すと七緒は吸い込まれるように、髭が覆う逞しい喉仏に唇を重ねた。



ピクッと喉仏が動く。

口付けている喉仏が、息をするたびに上下に動く。その度に唇と京楽の肌がこすれた。




自分たちに影を落とす緑の風に舞う動きは、京楽が呼吸するたびに動く喉仏の動きに似ている。



「七緒ちゃん」



喉仏が、震える。その奥で自分の名前が共鳴している。









風に舞う:京七


京七バトン:「たまには七緒ちゃんからキスしてよ」

 

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