七緒の小さな胸を、激しい悪寒が、横殴りの雨のように、ざーざーと突き刺した。
「こんな時間までどこに行ってたのかな、七緒ちゃん」
空は春には似合わない、曇天。
陽射しはなく京楽は照ってもいない太陽の陽射しに目をまぶしげに細めている。
口元は緩み笑っているのに、鋭い目付きは七緒の身体にすさまじい衝撃を引き起こし激しい悪寒で包み込む。
七緒は指先だけでなく足も背中も、骨までも震え始めていた。
「す…すみません…、あの…書庫で探し物を…。ですので、遅くなりまし、た。」
七緒は早口で、自分は遊んでいたわけではないと、誰かと一緒にいたわけではないと説明した。
「きょうらくたいちょう、わたし…。」
それ以上言葉はつづかなかった。息を整えても整えても、喉はカラカラに渇くばかりだった。
「誰かと一緒にいたの?本当に書庫にいたのかい、本当のこと言ってご覧。」
京楽は目尻に皺を寄せて笑った。
「本当はなにしてたのかな。ボクの七緒ちゃんは」
「ごめんなさい…あの、おはなしをしてしました。」
「誰と?」
「書庫の門番の方と…その、おはなしをしてました。ごめんなさい」
京楽は大きな身体を猫背に丸めて、威厳と言う名の髭に包まれた長い顎をさすった。口元にも目尻にも笑みの歪みはなかった。
「ボクに嘘ついたね。」
「う、ひくっんっ…ううう」
「泣いても許してあげないよ。泣いたらもっと怒っちゃうよ。」
「うああ…ううう、っうっ」
七緒の目は大きく開かれると、次は糸のように細くして涙がそこから溢れ出した。京楽の色調と声音の低さによって血の気の引いた顔色が、さらに真っ白になった。
「泣くなって言ったのに。」
「きょうらくだいちょう…」
近寄ってきた七緒を突き飛ばして、京楽は桃色の背を向け、早足で歩き始めた。
「やだあ、たいちょう待ってぐださい。たいちょう」
七緒は突き飛ばされた勢いで尻餅をつき、背中を向けて歩き出す京楽の後を追いかけようと死覇装についた泥に気づきもせぬままに追いかける。
すでに京楽は隊舎の門の前まで歩いており、隊主室までの道のりを曲がっていた。
「うああああん、なんで行っちゃうんですかあ」
もう桃色は夜の闇に溶け、扉の向こうに消えていた。七緒は溢れ出す涙を手の甲でぬぐいながら、ふらふらな足取りで閉じてしまった京楽の私室の前にへたり込んだ。
「」
御終い
この後はどう続けるつもりだったのかは知らないー