「…これ、どういうつもりですかィ」
まだ朝の早い時間だというのに、目の前の男はすでに隊服をきっちり着込んでいる。
朝早くから仕事御苦労さまでさァ、とは絶対に言うつもりはないけれど、黒い隊服に身を包み、朝っぱらから煙草を吹かしている男にこれだけは聞いておかねばならない。
さずがにデパートまで足を運んだものではないとは思う。
女たちの戦場と化したデパ地下の様子を、たまたまふたりっきりになった広間のテレビで、つい最近見たことがあったからそう思った。
だからせいぜい近くのコンビニで買ったものだと、目の前の男から手渡されたプレゼントにちらりと視線を落とす。
赤色の包装紙の上にはバレンタインデーやチョコレートと言った文字が躍っている。
そしてゴールドのリボンが四角いそれを包むようにして結んであって、この小さな箱の中には沖田の大好きな甘い甘いお菓子が入っているのだとゴールドのリボンを解かなくても分かる。
分かるのだけど。
その甘いお菓子をなぜ目の前の男がくれるのか。
そして男から貰う義理はあるのか。
目の前の男は「やるよ」と簡単に言って沖田に手渡してきたのだけれど、食い物を貰えたことにいつもの調子で素直には喜べなかった。
これがチッと舌打ちしながら仕方なく「…やるよ」ってくれたものなら、喜んで受け取っていたのだけれど。
プレゼントの類は監察に通ってから、各自手渡されることになっている。
今日のようなイベントがある日だと早いものでも昼くらいまで掛かるだろう。
だから今が昼ごろだったら、屯所に毎年大量にこのひと宛に贈られてくる女の人からのプレゼントをいらないからってくれたのだと思うことができる。
そしてそれが夜だったら、花街の女の人からもらったものだと思えることができたのに。
少しばかり、いやかなりためらってしまう。
こんな朝早くに、ひとを叩き起してまで渡してきたチョコレート。
…それにはどういう意味があるの?
ちらりと上目で見上げれば、ぽすりと頭に落ちてきた大きなてのひら。
このひとがどういうつもりで渡してきたのか知りたくて見上げたのに、大きなてのひらに阻まれて見えなくなってしまった。
わざとなのかそうでないのか分からないけれど、それでもその表情を読み取りたくて、てのひらの隙間から強引に覗き込んだら、ちょうどその時、あのひとの唇が緩く綻んだのが見えた。
その瞬間、なぜか分からないけれど、とくんと自分の胸が高鳴った。
「そう言う意味だよ」
余裕のある大人の顔をした男は、今まで見たことがない柔らかい笑みをふっと浮かべた。
そして沖田の頭から名残惜しそうに手を離して、背中を向けた。
結局、ちゃんとした答えが聞けぬまま、あのひとは朝早くから仕事へと出かけてしまった。
それにこれ以上聞き返せそうになかった。
あのひとが仕事だって知っているからというのもあるけれど、それだけじゃない。
とくん、とくん。
胸元を押さえたら、未だに早鐘を打っている。
この状態であのとき口を開いていたら、声と一緒にあのひとの耳にまで届いてしまっていたかもしれない。
だから口なんて開けるわけがない。
ただ、あのひとが優しくほほ笑んだだけなのに。
この胸の高鳴りは…どういう意味を告げているの?
* * *
この胸の高鳴りの理由(いみ)をあのひとは俺に教えるべきだ。