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小話@



「好きに、生きれば良いと思うよ」



病床に着いているにも関わらず、相変わらず穏やかな顔で、優しい彼は優しい声で私にそう言った。
そんな彼の言葉を聞いただけで、今までの不安が薄れてしまう私は現金なのだろうか。


彼が入院したのは、先月の初めの頃。
最近調子が悪いと言う彼が病院に行ったところ、彼の身体を病魔が蝕んでいることが分かった。
肉親ではない私は詳しい病名を知ることは無かったが、それでも別に構わなかった。
彼も何も言わなかったし、伝えられたところで、私にはきっと理解できなかっただろうから。
彼から伝えられたのはただ、状態が最悪だということと、いつ死んでもおかしくないということだけだった。


私はとてつもない不安に襲われた。
彼に依存するようにして、私は生きていた。
彼が死んでしまったら私はどうやって生きて行けば良いのか、誰に、何に依存すれば良いのか、不安で仕方なかった。
だから、私は彼に聞いた。


「ねぇ、あなたが死んでしまったら、私はどうやって生きて行けば良いの?」



彼は、ゆっくりと微笑んだ。



好きに、生きれば良いと思うよ
(僕の事なんか忘れて、君の好きなように)

春うらら(慶佐慶)

まだ少し寒いながらも風は段々と暖かくなり、桜の蕾も膨らみ始めた頃。
珍しく非番であったので縁側に腰掛け茶をすすり、「何か俺様爺さんみたいだなぁ…」などと苦笑混じりにぼやいた時だった。

花の匂いが、鼻をくすぐった。
次いで、背中に衝撃。

一応城に入ってきた時点で気配に気付いていたので、背中にのしかかるそれに驚く事はなかった。

「久し振り、佐助さん!」

声の主を見上げれば、そこにはよく知った顔。

「久し振りだねぇ、風来坊の旦那。でも、いきなり抱きつくのはどうかと思うよー?」

相も変わらず派手なそれ――風来坊こと前田慶次は、甘い花の匂いをさせて、にこにこと笑っている。

「細かい事は気にしちゃ駄目だよ!」
「細かくないの。もし俺様が苦無持ってたらどうすんの?風来坊の旦那がぶつかった衝撃で俺様怪我しちゃうかも」

まぁ、そんな事は万が一にでも無いけども。
現に、手にしていた茶も溢していない。
最後の方はあえて口にせず、まるで子供を叱り付けるように言えば、目の前の男はしゅん、と申し訳なさそうな顔になる。

「あ…ごめん、」

その顔を見て、まるで犬のようだ、と思う。
にこにこしながらじゃれついてくる姿だとか、こうやって叱られた時のしゅんとした姿だとか。
自分の主の事も、失礼ながら犬のようだと思うが、この男も似たような感じだ。
何だか垂れた耳と尻尾の幻覚が見え、不覚にも自分より体格の良い男に「可愛い」だなんて思ってしまった。

「そう言えばさ、風来坊の旦那は…」
「名前」
「は?」

話題を切り出そうとしたら、いきなりそんな事を言われた。

「名前で呼んでよ。2人っきりなんだからさ」

そう言った風来坊の顔はいかにも「不機嫌です」と言った風で、俺様は「仕方ないなぁ」と呟いて彼の名前を呼んだ

「…慶次はさ、」

そう再び話を切り出すと、風来坊は至極満足そうな顔をしていた。
本当、犬みたい。
笑いそうになるのを堪える。

「何で甲斐に?」

風来坊と言うだけあって、慶次は全国放浪しているし、いきなり甲斐に来たって不思議では無いけど。

「んー?まぁ、愛しの佐助さんに会いにね」

いつの間にやら俺様を後ろから抱き締めて、何が楽しいのか後頭部に顔を埋めたまま慶次は言う。
そうされるのは別に嫌じゃないし、むしろ何だか嬉しいから、あえてなされるがままになる。

「嘘だぁー」
「うわ、ひっどいなぁ。本当だってば!」

大袈裟に傷ついた表情をする慶次に、俺様は再度訊ねた。

「で?本当のところは何しに来たの?」
「だから佐助さんに会いに!後は…桜を見に、かな?」

「後の方が本音なんじゃないの?」と意地悪く聞けば、慶次は「そんな事無いさ!」なんて笑いながら、今回甲斐に来た経緯を話し始めた。

「俺さ、今桜を見るために全国行脚してるんだよ。南は島津のじっちゃんとこから北上してるんだけど、せっかく甲斐に来たんだし佐助さんに会いたいなー、って思って」
「へぇ、それはご足労かけたねぇ」

冗談っぽく笑いながら言えば、慶次もくつくつと笑う。
すると、俺様を抱き締める慶次の腕に、わずかに力が入った。
そして、

「惚れた人の為だ。そんなの全然苦になんてならないさ」

そんな事を、さらりと言ってのけた。

後ろから抱き締められているので表情までは分からないが、声音と雰囲気はいつもより真面目で、少しドキリとした。
これがまだ、いつもの様な冗談めいた調子であったならば、自分も笑って返せただろう。

「そっか…」

ちょっとときめいた自分が恥ずかしくて、やっと絞り出したのはそんな素っ気ないものだった。

「あれ?佐助さん照れてんの?かーわいー!」
「そんなわけ無いでしょ」

空気を読んでくれないこの男は、すっかりいつもの調子に戻り、俺様を茶化し始めた。

くそ、俺様のときめきを返せ!

「ねぇ佐助さん、やっぱり照れて…」
「無いってば!」


―――そんな、いつもより賑やかな昼下がりの話。
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