俺は、彼が好きで。
彼は、彼女が好きで。
彼女は、彼が好きで。
だから俺は、彼と彼女のキューピッドになることにした。
が、これがなかなか上手くいかない。
帝人は超がつく奥手だし、杏里もそういうのが得意では無い。
俺が杏里に気があるようなフリをしてみても、帝人は困ったように笑って返すだけだ。
杏里も杏里で、「帝人のこと、どう思ってる?」と聞いても「竜ヶ峰君は良いお友達です」の一点張り。
でも頬を染めて言うあたり、やっぱり杏里は帝人のことが好きらしい。
ちなみに「俺は?」と聞いたところ、笑顔で「紀田君も良いお友達です」と普通に返された。
…この2人をくっつけるのは至難の業だな。
お互い好き合ってるんだから、さっさと告白してしまえば良いのに。
まぁ、焦っても事が上手く運ぶワケじゃない。
ここはゆっくりと確実に進めていくしかないか。
まずは2人きりで話をさせる。
それに慣れてきたら、デートをさせる。
で、帝人に告白をけしかける。
…大分遠い道のりな気がする。
気長に待つしかない、か。
そんな風に覚悟を決めていた俺とは裏腹に、事はスムーズに進んだ。
ま、もともとお互い好き同士だからな。
これで上手く行かない方がおかしい。
いやぁ、良かった。そしてお疲れ様、俺!
あれから数週間、帝人と杏里はなかなかに上手くやっているらしい。
2人共あんな性格だから、清く正しくなお付き合い。
きっとまだ手を繋ぐくらいしかしてないんじゃないか。
それと、2人が付き合ったからと言って、俺達の関係が変わることは無かった。
昼を食べるのも、帰るのも3人で(「俺お邪魔かな?」なんてふざけて言ったら、2人に「なんで?」と返された)。
とにもかくにも、帝人と杏里が幸せそうで良かった。
2人の幸せが俺の幸せ。
そのためならば、俺は自分の失恋なんて何でもない。
キューピッドは泣かない
(よかったね、俺も幸せだよ)
「ほんと、シズちゃんは馬鹿だよねぇ」
人気の無い路地裏、目の前には池袋最強が驚いた顔で立っている。
それはとても滑稽で、俺は嘲笑した。
「俺が本気でシズちゃんの事好きになるとでも思ったの?そんなワケないじゃん」
ねぇ?とにこやかに笑えば、シズちゃんの顔が歪む。
それは、怒りとも悲しみともつかない表情だった。
「言っとくけど、俺はノーマルなんだよね。女の子が好きなの。それに、シズちゃんみたいなバケモノと付き合うだなんて、ね」
くつくつと笑いながら言葉を吐き出していく。
バケモノ、と言った瞬間、シズちゃんの瞳が揺らいだ。
「い…ざ、や……」
いつもよりもぐっと眉間にシワがよる。
まるで、今にも泣きだしそうな顔。
あぁ、たまらない。
その顔が見たかったんだ。
「なに?」
そんな歪んだ感情なんて露にも外に出さず、俺は笑う。
「お前は…俺が、嫌いなのか?」
本人に自覚は無いんだろうけど、縋るような目で俺を見る。
嘘だろう、とでも言いたいのだろうか。
でも、俺はそんなシズちゃんの期待を踏み躙る。
「あたりまえでしょ?そもそも、俺がシズちゃんの事好きになるなんてありえないよ」
シズちゃんは酷く傷付いたような顔で、そうか、と呟いたきり俯いてしまった。
「じゃ、俺は用事があるからこれで帰るよ」
バイバイ、なんて何事も無かったような顔でシズちゃんに手を振り、俺は路地裏を後にした。
♂♀
「あなた、最低ね」
「何とでも言えば良いさ」
マンションへと帰り波江にその事を話せば、かなり不快そうな顔でそう言われた。
「あの池袋最強が失恋ごときであそこまで傷付くなんてねー」
思い出しただけで笑みがこぼれた。
「シズちゃんは、傷ついた顔が一番キレイなんだよ」
「…歪んでるわね」
「君の弟への愛には負けるけどね」
苦笑しながらコーヒーに口を付けた。
シズちゃんは今頃どうしているだろうか?
まだ、あの路地裏にいるのかな?
ぽつりぽつりと窓を叩き始めた雨を見つめながら、俺は愛しの池袋最強を思った。
純粋な君が傷付くのは堪らなく美しくて
(好きな子ほどイジメたいってヤツ)
この気持ちに気付いたのはいつだったか。
確かに尊敬してるし、大好きな先輩だ。
けれど、それ以上の感情を、俺は持ってしまった。
俺は、トムさんが好きだ。
敬意ではなく、恋愛感情で。
おかしい事だってのは分かっている。
だって、トムさんも俺も男だ。
そういう趣味のヤツを否定するつもりはねぇが、俺にはアブノーマルな趣味はねぇし、普通に女が好きだ。
だから自覚した時はショックだったし、トムさんに対する罪悪感でいっぱいになった。
それから色々考えて、やっぱり伝えた方が良いのか、とも思ったが、止めておいた。
トムさんに、迷惑をかけたくなかったから。
と言うのは建前で、本当は怖かったんだ。
トムさんに拒絶されたらと思うと、怖かった。
拒絶とまではいかなくても、きっと受け入れてはくれないだろう。
優しいトムさんの事だ。
そんな事があったって、いつも通りに接してくれるだろう。
けれど、その優しさが痛い。
俺には、きっと耐えられない。
だから、この気持ちは閉まっておくことにする。
決してトムさんに伝わらないように。
「(もう、寝るか…)」
これ以上考えてたら頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
俺はベッドに潜り込み、目を閉じる。
途端にぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
止めようと試みたものの、涙は一向に止まってくれない。
俺、こんなに涙腺弱かったか…?
仕方なく、俺はそのまま小さく肩を震わせ、夜明けを待った。
想いをこらえて眠った夜
涙の跡が残る朝
(涙と一緒に、この想いも流れてしまえば良いのに)
ある日曜日。
今日はたまたま仕事が休みだった。
だから何処へ出かけるでもなく、二度寝を決め込んで1日中ゴロゴロするつもりだったのに。
なのに、目の前には何故かノミ蟲がいた。
「やっほーシズちゃん♪」
「……………」
思わず無言になってしまった。
臨也は不思議そうな顔して、ひらひらと俺の目の前で手の平を振っている。
「あっれー?おーい、まだ脳ミソ寝てんの?」
「………おい、何でテメェがいるんだ。鍵、閉めた筈だぞ?どうやって入った」
俺はフリーズした頭を何とか復活させ、それだけを絞りだした。
「どうやってって…合鍵で」
「渡した覚えはねぇぞ」
「当たり前でしょー?俺が作ったんだから」
あっけらかんとしたその態度はかなりムカついたが、今はそれよりも眠気が勝っていた。
「……もういい。俺は寝るからさっさと出てけ」
くあ、とあくびを1つしてから寝返りを打つ。
背後からノミ蟲が何やら文句を言ってるのが聞こえたが、聞かなかった事にした。
と、もぞもぞと何かが布団に入ってきた。
まぁ、考える迄もなくノミ蟲なんだが。
「……何してんだよ」
「ん?シズちゃんが構ってくれないから」
だから俺も一緒に寝る、と後ろから抱きついてくる。
見た目に反し高い体温が背中から伝わってきた。
「お前、体温高いよな。何度?」
「37℃」
「子どもかよお前。つかそれ微熱の域だろ」
「うるさいなー。そう言うシズちゃんは何度?」
「35℃」
「低すぎでしょ」
じんわりと伝わる高めの体温はとても心地よくて。
気付けば、俺は意識を手放していた。
37℃の恋人
(心も体も温めて)
お題配布元→確かに恋だった
東京、池袋…
今日もそこには非日常が溢れている。
「いーざーやぁぁあああ!!」
「見逃してよシズちゃん」
「今日こそは殺す!」
「そんな事言って、まだ殺せてないくせに」
「ぶっ殺す!!」
「あはははは!」
先程から、そんな会話と共に破壊音が絶えず響いていた。
あたりには中身を散乱させたゴミ箱や何やらがなんとか原型を留めてあちこちに転がっている。
周りはそこだけ開けていて、最早池袋の日常にすらなりかけているそれ――自動喧嘩人形、平和島静雄と情報屋、折原臨也のケンカ(と言う名のデスマッチ)がどれだけ危険なものかを物語っていた。
「テメェ待ちやがれ!」
「待てって言われて待つバカはいないよねー?あ、シズちゃんはバカだから分かんないのかぁ」
「死ね!!」
笑う青年、飛ぶ自販機、そしてまた破壊音。
「あ」
「ん?どうした帝人」
「自販機飛んでった」
「あぁ…静雄さんか」
学校帰り、杏里は用事があるとの事で今日は二人で帰っていた。
「また臨也さんと喧嘩かな?」
「…だろうな」
ふと帝人は考え込む素振りをし、何か結論付けたように頷いた。
「ねぇ、正臣」
「何だー?帝人」
「静雄さんと臨也さんが組んだら最強だと思わない?」
「…そんな事は絶対に無いだろうけどな」
「でもさー、静雄さんの力と臨也さんの頭があれば無敵だと思うんだよね」
「確かに。国1つくらいは滅ぼせそうだよな」
「さすがにそれは無いでしょー」
笑いながらそんな話をされていた事を、当の本人達は知らずにいた。
組めば最強コンビ
(そんな彼等は戦争中)
「シズちゃんのノーコンー(笑)」
「テメェマジでぶっ殺す!!」