俺と千歳は、友達以上だ。
朝は別々だが(そもそも千歳は朝から学校に来ない)、昼は一緒に屋上で昼食を食べ、放課後は一緒に帰る(部活が一緒だから)。
休日には一緒に遊びに行ったりするし、千歳が俺の家に泊まりに来ることもしょっちゅうだ。
だけど恋人と言うわけでは、ない。
白石や他の部員からは「お前ら付き合うてないとか嘘やろ」と言われたが、本当に付き合っていない。
千歳がそういった縛りを好まないというのもあるが、一番の理由は心地よさだった。
この、曖昧な関係が心地いい。
お互いに深く干渉しないこの関係が。
だからこそ、「付き合おう」なんて言葉は俺からも千歳からも出てこない。
別に千歳を女子として見ていないワケじゃない。
千歳の他の女子より発育した身体も、切れ目の涼しげな顔立ちも、とても魅力的だと思う。
多分、俺は千歳に惚れている。
でも、どうしてかこの関係に落ち着いてしまった。
千歳は、どう思っているんだろうか。
このままが良いのか、それとも恋人という関係が良いのか。
決定権を千歳に譲ってしまっているあたり、俺はだいぶ千歳が好きなのかもしれない、と苦笑した。
「何かあったと?」
横を歩いていた千歳が、不思議そうに俺に訊いてきた。
俺は幾分か高い位置にある千歳の顔を見上げる。
「俺、そないな顔しとった?」
「うん、難しい顔しとっと」
「そっか」
「何、考えとったと?」
俺は言っても良いものかと悩んだが、まぁ別に隠す事でも無いか、と口を開いた。
「このままで、えぇんかなぁ…って」
「このままって、何がね?」
「俺らの関係や。曖昧なままでえぇんかな?って考えとった」
千歳はきょとんと目を見開くと、ふ、と微笑んだ。
それはあまりにも年不相応な妖艶な笑みで、俺は思わず見惚れてしまった。
「うちは、謙也くんのこつ好いとうよ。謙也くんは?」
「?…好きやけど、」
「なら、よか。うちは謙也くんが好きで、謙也くんもうちんこつ好いとう。両思いやけん、いっちょん問題なか。ね?」
そう言った彼女の笑顔は先ほどとは違い無邪気なもので、何だか違う気もしたが、俺には頷くという選択肢しか無かった。
「せやな…両思いなら、えぇか」
俺は、思ったよりも彼女にほだされているらしい。
ライクなのか、ラブなのかということ
(君の「好き」は、どっち?)
2010/12/30 23:50
From 謙也
Subject 無題
――――――――――――
今から部屋行ってもええか?
---END----
2010/12/30 23:52
From 千歳
Subject Re:無題
――――――――――――
もう消灯時間過ぎちょるけん、窓から入りなっせ
----END----
「千歳ー、窓開けてくれへん?」
メールから約5分後、謙也は窓に立っていた。
どう見積もっても謙也の家から学校までは5分以上かかるはずだが、そこはさすがスピードスターと言うべきか。
息ひとつ乱していない。
「こんな時間になんね?」
「ん、ちょっとな。まだ起きとったか?」
「うとうとしちょった。ばってん、謙也のメールで起きてしまったと」
「あー、それはスマンな」
申し訳無さそうに笑うと、開いた窓から部屋へと入ってきた。
「で、何の用ね?」
「あーっと…少し待ってくれへん?あと1、2分」
「は?」
そわそわと時計を見つつ、そう謙也は言った。
意味がよく分からないまま、俺は頷いた。
お互いが黙ってしまい、沈黙が続く。
自分が家に行っても良いかと聞いてきたくせに、なんね一体。
もう2分くらい経っただろうか。
携帯を開くとちょうど時刻が変わり、0が4つ並んだ。
「千歳、誕生日おめでとう!」
その瞬間、今まで黙っていた謙也が突然口を開いた。
そしてまるでそれを合図にするかのように、携帯がけたたましく鳴った。
いきなりの事に頭がついていかず、俺は瞬きを繰り返す。
「ほら千歳、携帯鳴っとるで」
謙也に促され、携帯を開く。
すると、メールが5件も入っていた。
「白石にユウジ、小春ちゃんに…光くん?」
光くんからメールとは珍しい。
部活がらみのメールならば白石からのみ来るはずだ。
こんなに大勢から来ることは無い。
件名を見ると、全てのメールに『誕生日』と書かれていた。
「誕生日…」
「千歳今日誕生日やろ?…まさか、忘れてたとか言わへんよな?」
「すこーんち抜けとった」
「お前なぁ…まぁ、なんちゅーか、お前らしいわ」
そうか、そう言えば今日は誕生日だった。
あまりそういうものに関心がなく、今まで祝ってくれていた家族と離れたのもあって、すっかり忘れていた。
…俺の記憶力が悪かね?
「で、なして謙也はここにおると?」
「は?いたらあかんの?」
「そうやなくて…誕生日のお祝いならメールでも…」
「何言うてんねん、俺は浪花のスピードスターやで!」
「?」
だから何なのかと首を傾げれば、何やら顔を赤くして俯いてしまった。
俺、何かいけんこつ言うた?
「………ったんや」
「ん?なんね、よく聞こえんばい」
「っせやから!一番が良かったんや!」
「いちばん?」
「お前に一番に会って、一番におめでとうって言いたかったんや…」
「!」
最後の方はごにょごにょとしりすぼみになりながら、赤い顔のまま謙也は言った。
なんだか、こっちまで恥ずかしい。
「…あかんかったか?」
「ちっとも悪くなか。嬉しかばい」
「そうか、良かった」
凄く凄く嬉しかった。
こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれない。
もう一度「ありがとう」と言えば、謙也は「おん!」といつもの笑顔で満足気に頷いた。
ほんなこつ、ありがとう!
いちばんにきみにあいたいよ
(Happy Birthday千歳!)
2010/12/31
第一印象は、あまり良くなかった気がする。
いきなり転校してきて、いきなりレギュラーになって、そのくせ部活には殆ど出て来ない。
その事について白石部長に咎められても、へらへらと笑ったまま。
そういうのが、気に入らなかった。
一度本人にもはっきりと言ったことがあったが、それでもいつものようにへらへらしながら「ひどかねぇ」と言うだけ。
『いつもへらへらしているムカつく人』というのが、自分の中での千歳先輩への印象だった。
そんな悪い印象しか無かった千歳先輩と、俺は今付き合っている。
理由なんて忘れた。気付いたら好きになって、気付いたら付き合っていた。
付き合ってみると、今まで知らなかった千歳先輩の意外な面を知った。
まず、千歳先輩は意外とキレイ好きだ。
部屋は生活感が無いくらいキレイさっぱりとしていた。
そして、ジブリが好き。
テレビの横のラックにはDVDが所狭しと並んでいるし、ベッドには巨大なトトロの人形が鎮座していた(これには正直若干引いた)。
あと、これも意外だったのだが、先輩はどうやらクモが苦手らしい。
一度先輩の部屋でクモが出たとき、半泣きになりながら俺に抱き付いてきた。
他にも色々。
全部が、俺の知らない千歳先輩だった。
俺は、そんな新たな一面を見られることが嬉しかった。
おそらく他の部員が知らないであろう千歳先輩を知っているのが、嬉しかった。
「ねぇ、先輩」
「ん?何ね、光くん」
「俺、まだまだ千歳先輩のこと、知らん部分も多いと思うんですけど、」
「うん、」
「絶対に先輩の弱みとか握ってやるんで、覚悟しといて下さい」
「はは、そいは怖かねぇ」
困ったような笑みを浮かべる先輩のおでこに、俺はキスをする。
先輩はいつもよりはるかに甘い笑顔で、嬉しそうにおでこを押さえた。
結構キレイ好きだとか、
ジブリ映画が好きだとか、
クモが苦手だとか、
たんぽぽ色が好きだとか、
絵を描くのが好きだとか、
おでこにキスされるのが、好きだとか。
あなたと恋して知ったこと
(もっともっと、教えてほしい)
俺は、彼が好きで。
彼は、彼女が好きで。
彼女は、彼が好きで。
だから俺は、彼と彼女のキューピッドになることにした。
が、これがなかなか上手くいかない。
帝人は超がつく奥手だし、杏里もそういうのが得意では無い。
俺が杏里に気があるようなフリをしてみても、帝人は困ったように笑って返すだけだ。
杏里も杏里で、「帝人のこと、どう思ってる?」と聞いても「竜ヶ峰君は良いお友達です」の一点張り。
でも頬を染めて言うあたり、やっぱり杏里は帝人のことが好きらしい。
ちなみに「俺は?」と聞いたところ、笑顔で「紀田君も良いお友達です」と普通に返された。
…この2人をくっつけるのは至難の業だな。
お互い好き合ってるんだから、さっさと告白してしまえば良いのに。
まぁ、焦っても事が上手く運ぶワケじゃない。
ここはゆっくりと確実に進めていくしかないか。
まずは2人きりで話をさせる。
それに慣れてきたら、デートをさせる。
で、帝人に告白をけしかける。
…大分遠い道のりな気がする。
気長に待つしかない、か。
そんな風に覚悟を決めていた俺とは裏腹に、事はスムーズに進んだ。
ま、もともとお互い好き同士だからな。
これで上手く行かない方がおかしい。
いやぁ、良かった。そしてお疲れ様、俺!
あれから数週間、帝人と杏里はなかなかに上手くやっているらしい。
2人共あんな性格だから、清く正しくなお付き合い。
きっとまだ手を繋ぐくらいしかしてないんじゃないか。
それと、2人が付き合ったからと言って、俺達の関係が変わることは無かった。
昼を食べるのも、帰るのも3人で(「俺お邪魔かな?」なんてふざけて言ったら、2人に「なんで?」と返された)。
とにもかくにも、帝人と杏里が幸せそうで良かった。
2人の幸せが俺の幸せ。
そのためならば、俺は自分の失恋なんて何でもない。
キューピッドは泣かない
(よかったね、俺も幸せだよ)
俺の中の仁王先輩のイメージ、先輩は絶対にコーヒーを飲む人だと思ってた。たまにとんでもなくしょーもないイタヅラ仕掛けてくる時もあるけど、でもなんか、どっか雰囲気大人だし。だから先輩は絶対コーヒー飲む人だって、勝手に思ってた。けど実際、仁王先輩が頼むのは大抵キャラメルマキアートで、飲んだ事無いから分かんねぇけど、たぶん、いや、絶対甘いそれはコーヒーとは正反対な訳で、正直俺は驚いた。だって、イメージと違うじゃん?けど、先輩がボソッと「キャラメルマキアート」って注文すると、何故だかお洒落でカッコイイんだから、世の中なんか間違ってると思う。って言うか、ぜってぇ世の中不公平だって。
「しっかし、仁王お前いっつもこんなとこで夜食べてんのかよ」
スタイリッシュなカフェよりマックが似合う丸井先輩が、ミラノサンドにかぶりつきながら言った。仁王先輩は「たまにな」言いながら、チーズケーキを口へと運んだ。そういや、先輩っていっつもケーキ食う時、上とか横に乗ってるイチゴとか後で食べるよな…イチゴ、嫌いなのかな?
「そういや赤也、あれ出来たのかよ?」
「え、何がっすか?」
「ほら、家庭科の課題、俺に泣きついてきたヤツ」
「あぁ、あれ、仁王先輩がやってくれたんすよ!」
「え、」
「でも、仁王先輩が裁縫得意とかなんか以外っすよね!」
「あー…」
丸井先輩は曖昧な笑みを浮かべながら、顔を反らした。その隣では仁王先輩が黒い猫のぺっちゃんこなぬいぐるみを両手で潰している。クラスの女子や姉ちゃんも持ってるその小さなぬいぐるみには、カイロが入っているらしい。先輩、よくこういうの持ってっけど、お姉さんにでも借りてんのかな?なんかそういうの無頓着そうだし。にしても、先輩が裁縫得意で本当良かったー。でなきゃ今頃、俺の家庭科は間違いなく赤点だ。けど仁王先輩、スポーツと数学だけじゃなくて、手先まで器用なんて、なんな訳?ぜってぇ詐欺だって。
「あ、そうじゃ、赤也」
「なんっすか?」
「これ、お前さん家の姉ちゃんに返しといてくれんかの」
そう言いながら仁王先輩が差し出したのは、無印のビニール袋で、あーたしか、前うちに遊びに来た時に姉貴に漫画借りてたっけ。
「え、先輩返しに来て下さいよ!姉ちゃん絶対その方が喜びますから!」
「てか仁王、何借りた訳?」
「ん?花男」
「……………あー」
「え、それって少女漫画っすよね?!」
「うちの姉貴が好きなんよ」
「あ、なるほど!」
「……赤也」
「なんすか丸井先輩?」
「お前さ、騙されてるよ」
「え?何がっすか?!」
その男、乙男につき