柔らかい光の差す正午過ぎ、穏やかで綺麗な歌声が何処からか聞こえ、意識を夢から現実へと一気に引かれた。ベッドの上で静かに瞳を開き、声のする方角を見やれば、丁度フワリと白いカーテンが風が入ってきたことにより舞い、声の主を隠した。そしてまた風がカーテンを連れ引いた時、声の主が現れた。
窓枠に腰を掛け、どこか遠くをその瞳に映し、穏やかにそして哀しげに、幸せを祈る歌詞の歌を歌っている。
こぼれ落ちるメロディは、普段のまるで、唯我独尊のような彼からは、想像がつかないくらいに繊細で弱々しい。
けれど、俺は知ってる。
紛れもない本当のソイツがそこには居た。
まだ俺が目覚めた事には、気が付いていないのか、こちらに背中を向けたまま
「薄」は、きっと記憶という名の景色を、ここではない俺には見えないどこかを。その瞳に映している。
柔らかい風が再び吹き込み視界を白が覆う、俺の視界から薄が消える。
―薄が消える?―
そう思った瞬間、不意に背筋に冷たいものが走りぞっとした。
気付けば俺はベッドから飛び起き、窓枠に腰掛ける薄を抱きしめていた。
俺の腕の中で歌は、不自然に途切れその肩がビクリと跳ねる。
滑稽なくらい俺の心臓はうるさく脈を打っていた。
抱きしめた薄の身体が緊張を解き始めた頃やっと俺の頭は、冷え始めた。そして薄がゆっくり、首だけこちらに振り向いた。
交わる視線は、俺達に日常を取り戻させるのには十分だった。
…けれど、俺も薄も敢えて気付かないふりをし、非日常の中で、唇を重ねる。
フワリ…風が、世界と俺達を白で隔てる。
穏やかな時間の中、ただお互いを確認するように重ね続ける。
いつの間にか、どちらからともなく自然に繋がれた手に力を込め、薄の服に手を掛けた瞬間
―バサバサッ―
鳥が一羽、羽ばたいた。
…一瞬にして、世界が戻る。俺達を世界と隔てていた白はただの布に戻り、繋いだ手をハッと薄が離す。
刹那に薄が、まるで迷子の子供のような瞳をしていた。声をかけようとしたが薄が手を力一杯握っているのが見え、俺は目を反らした。
離れる体温に名残惜しさを感じながら、腕の力を緩めれば薄は俺の腕から抜け出した。すっと立ち上がり俺のそばに立てば、弱々しくも笑った。
「…大っ嫌いだよ。」
歪んでしまった愛の言葉を呟き、薄は再び窓の外を眺め始めた。
―いつか、あの歌をじっくり始めから聞きたいと思った―
そして綺麗に微笑む薄に、俺は遅めの昼飯を作るため立ち上がった。
―俺達はまた日常に戻る―