こんこん、と滞在している宿のドアが叩かれたのは10月31日の夜7時頃だった。
銃の手入れをしていたアルディーンはすぐに手を止め、「どーぞ」と声をかける。
「ディーン!」
「うわっ」
部屋に入るなりいきなり抱きついてきたのは自分がダンピールだと知っても変わらず友達でいてくれる只一人の素直で純真無垢な子供、シュヴァルツ。アルディーンが唯一養母以外に心を許せる人物。
「なんだよもー、いきなり抱きついてきちゃだめだろ、ルツ!」
「だって早くディーンに会いたかったんです…ごめんなさい…」
しゅんと頭を下げて反省するルツを見てアルディーンがその頭を「いい子いい子」と撫でた。
「わかったんならいいよ。どうかしたのか?こんな時間に。お家の人、心配しないか?」
「ううん、今日はね…そうだ!ディーン、トリックオアトリートです!」
ちょこんとベッドの端に腰掛けたまま小さい手を出し、満面の笑顔で言うルツ。
「とりっく…何?」
だが、アルディーンはその意味が理解できないらしく、首をかしげていた。
「ディーン、知らないんですか?」
何を?と答えるディーンにルツはハロウィンの事、今日がハロウィンで町の広場に行くと怪物に扮した大人が「トリックオアトリート」と言うとお菓子をくれる、と言う事を説明した。
ルツの説明がわかりやすかった事と、アルディーンがすぐに理解した事もあって二人はすぐに広場へ行く事とした。
「あ、その前にディーン、これに着替えてください!」
そう言ってルツが持参してきた紙袋から出したのは黒いマントとそして二つの尖った牙のようなもの。
(吸血鬼…?)
ルツももう既に同じような服に着替え始めていた。黒いマントは同じだが、頭に黒いとんがり帽子を被り、手には星のステッキ。
魔女の衣装だった。
ルツが殆ど着替え終わったのを見るとアルディーンもそれに倣って着替え始める。
「これで…良いのか?」
マントを付け、牙もちゃんと歯の間に装着して尋ねる。
「うん、ディーン、とってもかっこいいです!」
ルツが大きく頷くのを見てアルディーンはホッとした。
「じゃあ行こう」とドアノブに手を掛けるルツに声を掛ける。
「ごめん、言い忘れてたけど…ルツもとってもかわいいよ!」
「あり…がとう…」
誉められてポーッとしてしまったルツを連れ、アルディーンは宿を出た。
(すごーい、人いっぱいだ…!)
はぐれないようにとルツの手を繋ぎながらアルディーンはただ驚いていた。
夕方の買い物の時ですらこんなに人が密集しないというのに。
(お母さん帰ってきた時の為に置き手紙もちゃんとしてきたし、大丈夫だよな…?)
以前も母が仕事で不在の時、置き手紙も残さずにルツと遊びに行ってしまった事があった。
部屋に入った途端、こっぴどく叱られ、最後には「もう心配かけるんじゃないよ」と、抱きしめてくれた。
(おれの事、心配してくれる人いるんだ…)
本当の息子じゃなくても、人々から意味嫌われるダンピールでも。
(ルツも、そうだよな…?)
そう思えば突然不安になり、思わずルツの方を向く。
とんがり帽子の下の表情はとても嬉しそうなものだった。
(ルツ…おれの…ずっと…おれといて…)
暗い気持ちを振り払うようにルツの手を強く握った。
広場に着いた時はもう既に多くの子供がお菓子を貰う様子が見受けられていた。
それを見てルツが焦った様子でアルディーンを急かす。
「ディーン、早くしないとなくなっちゃいます!」
「あ、うん…待って、ルツ!」
「間に合って良かったですね、ディーン!」
「うん。」
ミイラの格好をした青年に「トリックオアトリート」と言い、かぼちゃ味のキャンディーを貰った二人は町から少し外れた公園のベンチに腰掛けていた。
「今日は満月だねー」とキャンディーを頬張るルツを見ながらアルディーンもキャンディーを口の中に入れた。
「そういえば…どうして俺に吸血鬼の衣装貸してくれたんだ?」
疑問だったのだ。何故自分に吸血鬼の衣装を貸してくれたのか。 ルツは外見こそまだ子供だが、たまに人の心を見透かしたような発言をした事がある。
だからこの衣装も何か自分の事を考えての事かと思ったのだ。
「それは…今日だけでもディーンには吸血鬼になってほしかったんです。」
「え…?」
(ルツ…)
「今日だけでもいつもと違う、ダンピールじゃないディーンになれたら…って思ったんです。それに…」
「それに?」
「吸血鬼だと、僕とお揃いだからです!」
顔を少し赤く染めてルツはそう言った。
(ルツ…ありがとう。)
とても嬉しかった。確かにダンピールである事を自分は疎ましく思っている。自分の事を嫌ってもいる。いつもいつも…吸血鬼だったら、人間になれたら…と思って苦しんでいた。
でもルツに出会って「自分」を認めてもらったあの日からアルディーンはほんの少しだけ吸血鬼と同じくらいダンピールである自分の事も好きになって来たのだ。
そんなルツの気遣いが…とても嬉しかった。
「ルツ…ありがとう。大好きだよ。」
ありがとう、ありがとうと繰り返す。
それを見てルツも「僕もディーンの事大好きです!」と返した。
そのやり取りを終えた後、ルツが「あ」と不意に声を上げた。
「どうしたんだ、ルツ?」
「結局キャンディー食べちゃったからお菓子なくなっちゃいました!」
「だから?」
「だからい、今、僕達にはお菓子がないから、その…いたずらしなくちゃいけないんです…」
どうしよう、どうしよう、と慌てるルツ。
「じゃあいたずらしなきゃいけないな。」
ちょっと意地悪な笑みをアルディーンは浮かべた。
「ふえっ…?」
「おれ先にいたずらするから、ルツ動くなよ。」
「え…?いたずらってどんなのですか…?」
「良いから。」
ルツの方に身を乗り出し、その手にそっと手を重ねる。
ぎゅっと目をつむるルツの頬に自らの唇を押し当てた。
「ディーン…?」
「ごめん…嫌だったか?」
「ううん、嬉しいです…」
それじゃあ僕も、とアルディーンの頬に自らの唇を押し当てる。
唇を離した後、
「ルツ…ありがとう。」
「うん!」
同じタイミングで「大好き」と言い合い、ベンチから立ち上がって二人は手を繋ぎながら帰路に着いた。
あとがき
この頃の二人はもうらぶらぶです(^O^)
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!