ある晴れた日
―バサっ
布のはためく音にまぎれ脳天気な声がします。
「んーいい天気!洗濯日和♪」
言いながら、陽気に鼻歌を歌い出した彼が『燕兎』(えんと)です。
見た目は、良く言えば優しい感じ、悪く言うなら頭が悪そう。実際、彼…あまり頭が良くないんですよ。
…と、まぁそんなの見てれば嫌でも分かると思いますが…
―ビュゥー
その時、強い風がふき…
「あっヤバイ!倒れるたおれ」
―ドサっ、バラバラ
いきなりの風に物干し竿が倒れてしまい洗濯物は泥だらけ。
「……最悪だ」
燕兎は小さく呟くと…
「仕方ない♪」
アホ面で笑い…
「なかった事にしとこっ♪」
そのまま、家の中に戻ってしまいました。
ちょうどその頃、
「……では、次に、…燕兎について」
暗い部屋の中、周り一面をスクリーンのような物がばらばらに違う映像を写しているが、すべて映し出されている人間は同じで…その中の一つが先程の燕兎を写しだしている…
「彼につきましては、殺さないようにとルカ様がおっしゃっています」
…部屋の中スクリーンだけが唯一の光なので、顔を見分けるのも困難なこの状態で、彼女は涼しげな顔で手元の資料を見そう告げる。
綺麗な長い金髪を後ろで結び、黒いかなり細身のスーツに身を包んでいる彼女は、しかしそれでもまだ布が余ってしまう位やせている。
「っおいおい!?まさか、その『えんと』ってのはこいつじゃねぇだろうなぁ!」
暗闇の中いきなり、ものすごい態度で質問してきたのは、この中でも1番の不良問題児、見た目はまぁまぁなのですが…性格はひと昔前のヤンキーそのもの…
「……では話しを続けます」
「っおい、テメ!リンイ喧嘩売ってんのか!!あぁ!?」
…『リンイ』というのは、さっきの彼女の名前です
「…プッ…アハハ!相変わらずだね『ジュン』は♪」
「あぁ!?死にてぇのか『薄(ハク)』」
どうやら、このヤンキーぽいのはジュンというらしいです
「プッアハハハハ!」
薄と呼ばれた「少年」と言っても見た目からして18〜19才ですが…。切れたジュンの言葉を聞き弾けるように笑った後、一瞬物凄い殺気を放ちながら…
「……僕の事、殺せるとでも思っているの?」
笑顔で問いかけ…
瞬間いつもなら、食い下がるジュンが珍しくたじろぎ…
「柄にもなく切れてんじゃねーよっ」
言って軽く舌打ちをし、少し大人しくなりました。…薄は基本いつも笑顔でへらへらしているのですが切れると怖いのです。ちなみにかなり中性的な顔をしているので機嫌の悪いときに女と間違えようものなら殺されかねません。
「えっ?別に切れてないよ?」
飄々と言い放つ薄に対しジュンがまた怒鳴り始めます。
「…あのな…それが切れてるってんだよ」
言って溜息をつくと、ジュンは歩き出しました
「おい!見てろよ薄!!お前より先にあのチンチクリン捕まえてやるからな」
そして、一瞬一つの影が揺れ、消えてしまいました
「見てろよって……僕だってとりあえず捕まえに行くんだから無理言わないでよね」
微笑み、いつも通りの軽い口調でごちた後
「ルカ様に、この僕が必ずって言っておいて下さいね」
リンイに言づてを頼みまた一つ影が揺れ消えます。
「いってらっしゃい…ご健勝を祈りますわ」
最後にリンイの事務的な声が響きました
あ〜あ洗濯物どうしよう?ぼんやり考えていると
―コンコン―
ドアを叩く音をが響き燕兎はドアを開けました。
「やぁ、こんにちは。君は燕兎君だね?」
穏やかに問い掛けてきたその人に一瞬、燕兎は戸惑います…
「あのさ……あんた女?ってか誰!?」
目の前の人物はひどく驚いた顔をしてから
「あぁ、挨拶が遅れてしまったね?僕は『薄』」
言ってニッコリ微笑んできました
「………?」
燕兎は未だに状況を理解していません。
―あーあ、ルカ様がおっしゃるからどんな奴かと思えば………ただの馬鹿じゃん―
心の中で毒づき、薄はどうしようかと考えていました。
―っていうか…………
「僕、とりあえず男だよ?」
困ったように笑いながら薄が答えると
「嘘っマジ?ぅえっと…ゴ、ゴメンっ!!」
燕兎がテンパりながらも申し訳なさそうに謝まってきました。
―ん〜…普通、初対面の奴が自分の名前を知ってたら警戒するんだけどね〜?―
謝る燕兎を尻目に薄はそんな事を考えていました。
「あのさ…」
このままではきりがないと薄はおもむろに口を開き
「僕、君を
“ 殺し”に来た
んだよ。」
一言、顔色も変えずにつげます。
燕兎は一瞬なにを言われたのかわからず、固まります。
「あのね、僕のとても大事な人が君を“殺せ”ってだから…「オイ!…独り占めしてんじゃねぇよ薄!!」
薄は、気にする事なく話を続けようとしたのですが、荒々しい声に遮られてしまいました。
少し、驚きながら振り返り見遣るとそこにはジュンが立っていました。薄の向こうでは、燕兎もジュンを見ています。
―もう、何がなんだか…
ぼやく燕兎の嘆きを余所に
…悪夢は無常にも、始まったのでした。