第一章:双子の姉妹-10
季節は移り変わり冬がきた。昼間のうちは薪を割ったり洗濯をしたりと外に出るが、森に行くことはなくなった。冬の冷気は薄着の服では寒すぎる。元の世界のように防寒対策のできないこの世界の冬は辛かった。コートやジャンパー、羽毛布団や暖房器具類の家電の有り難みを思い知る。
雪が降り出すと二人はますます外に出る時間が減った。夜は寒さに耐えかね、一つのベッドに寄り添って眠った。
その日は村人が家を訪ねてきて、急用で街に行かなければならなく子羊を預かってほしいと頼んできた。雪乃と紅華は可愛らしい子羊を歓迎した。ふかふかの毛が温かく何度も顔を押しつけている姿に笑って、子羊が嫌がっているから放しておやりとおばあさんは諭した。
今日は昼間から吹雪いていて、夜には大雪に変わっていた。雪乃が暖炉の火にやかんをかけると、おばあさんは雪乃を呼んだ。
「ゆき白、かんぬきを掛けてきてちょうだい」
「うん」
雪乃がかんぬきを掛け終えると、おばあさんは眼鏡を掛けて本を開いた。雪乃は床に身を横たえた子羊の隣に腰を下ろして、紅華が持ってきてくれた編み物を手に持つ。紅華の後ろの止まり木には白い小鳩が頭を翼に隠すようにして眠っていた。
おばあさんは冬の晩、雪乃と紅華に本を朗読して聞かせていた。この世界の文字が読めない二人にとって、おばあさんの朗読会は時間を過ごすのに最適だった。おばあさんが語る物語を聞きながら編み物をして、二人は暖炉のそばでうとうとと眠くなるのを待つ。寒い冬を少しでも過ごしやすくしようと、二人はおばあさんのためにショールを編んでいた。おばあさんには自分達のマフラーだと言ってあるので、形がマフラーと違っていても何も疑わなかった。
おばあさんの声が心地よくなってきた頃、外は吹雪にも関わらずドアを叩き誰かが訪ねてきた。こんな自分に、こんな吹雪の中誰がと怖くなり雪乃は紅華に身を寄せた。
「ばら紅、かんぬきを外してあげなさい。きっと旅人がこの寒さに困っているのよ」
「はーい」
おばあさんに言われ紅華はかんぬきを外しドアを開いた。この吹雪の中を度胸のある旅人だと紅華は思ったが、ドアの外にいたのは旅人ではなかった。
ぬっとドアから部屋に入ってきたのは、黒い大きな熊だった。この熊がドアに頭をぶつけていたのだ。
紅華は悲鳴を上げ飛び退き、雪乃はおばあさんの椅子の後ろに隠れた。子羊も怯えて部屋を駆け回り、小鳩も部屋を飛び回る。紅華が急いでおばあさんの元に駆け戻ると、それを止めるように熊は右の前足を上げた。
「怖がらないでくれ。あなた達を襲うつもりはないんだ。体が凍えてしまった、少し温めさせてもらいたいんだ」
熊はドアの前から一歩も動かず言った。熊が言葉を話したことに驚き、雪乃と紅華は目を丸めた。
「え…娘さん達、君達は…双子なのか?」
今度は熊が目を丸めた。この世界は不思議な世界だが、今までに言葉を話す動物はいなかった。雪乃と紅華が驚くように、この世界では珍しい双子に熊も大層驚いていた。
「まぁ、気の毒な熊さんね。火の近くで横になって。でも毛皮は焦がさないようにね」
驚き合う双子と熊に気付かず、おばあさんは熊を招いた。今度はおばあさんに驚いた雪乃と紅華だが、熊は二人が反対する前に家に上がり暖炉の前に寝そべった。
「ゆき白にばら紅、安心しなさい。この熊さんは悪さをしない善良な熊さんよ」
怯える二人におばあさんが声を掛けると、それまで騒がしくしていた子羊と小鳩は大人しくなった。
「…すまないが双子のお嬢さん達、背中の雪を落としてくれないだろうか」
熊は暖炉に当たりながら伺うように頭を上げた。
「どっちがお姉さんなんだい?」
熊が優しく問いかけると、雪乃はおずおずと手を挙げた。
「じゃあ君がゆき白なんだね。君がばら紅だ」
熊は確認するように雪乃と紅華を交互に見ると、再び床に顎を付いた。少し渋る様子を見せながらも二人は熊の背中に積もった雪を落とした。けれど雪の下は氷になっていて、箒で削り取るしかなかった。