※小ネタ。
てゆうか、いい迷惑なんですけど、先輩。
「カカシさん!」
切羽詰まった叫び声と慌ただしく開かれた扉の音に振り向く。
声の主は此方と目が合った途端、しまったという様に表情を固くした。
「大丈夫ですよ。貴方の事については先輩から聞いてます」
そろそろと扉を閉めながら部屋に入った彼は、一瞬きょとんとした表情をして、徐々に顔を赤くした。
何とも分かりやすい人だ。同じ忍びとは思えない。
「先輩の方も、大丈夫です。チャクラ切れが原因ですから」
大きな怪我もありませんよ、と告げれば、ほっとしたように息を吐くけれど。
「…でも、俺が来たのに目覚めないなんて…」
ぽつりと呟かれた言葉はともすれば自意識過剰とも取れる言葉だが。
ベッドに横たわる先輩にちらりと一瞥をくれてから、此方の隣に並んだ彼に安心させる様に微笑んでみせた。
「そういえば、医療忍が鎮静剤を打ってたかも。きっとすぐに目覚めますよ」
「…そう、ですか」
漸く安堵の表情を滲ませた彼は、此方に向き直って僅かに頭を下げた。
「ありがとうございます。…カカシさんを連れて帰ってくれて」
そう言って先輩に視線を転じた彼は、あたたかい微笑みを浮かべていた。
「…なんとなく分かりました」
「え?」
疑問符を浮かべた彼には答えずに、先輩の寝顔を見遣る。
つい先程まで先輩と僕は、同じ任地でそれぞれの単独任務についていた。
此方のCランクに対して先輩は桁違いのSランクで、僕は自身の任務を速やかに遂行した後、すぐさま先輩の任務へのサポートについた。しかし流石先輩と言うべきか、此方がサポートにつく頃にはほぼ彼の任務は完了していた。代わりに膨大な量のチャクラを消費していた訳だが。
どうやら、ツーマンセルで行うべき任務におまけ程度の任務(Cランクをおまけと呼べるかどうかは兎も角)を付けて二つを一気に消化させようとの火影様の目論みだったようだ。
五代目はたまにこういうとんでもない無茶をする。尤も、「カカシ」先輩と元暗部の僕という二人だったからこそ決行したのだろうが。
ただ、先輩は初めからその意図を知らされていたらしい。帰り道に動けない彼を背負って木々を渡りながら、それじゃあどうして僕がサポートに着くまで待たなかったんですか、と咎めたのだが。
―だって、早く終わらせて帰りたいじゃない。
そう言った彼の穏やかな声音と、何よりその台詞に驚いた。
暗部に居た頃の彼なら、忠実に速やかに任務を遂行することはあっても、帰りたい等という言葉は絶対に言わなかっただろう。
―背負わせちゃってごめんね。でも、これで予定より三日も早く帰れる。
心底嬉しそうに笑う顔を視界の端に捉えて、あなたを抱えて帰路を急ぐ此方の身になって下さいよ…とは、どうしても言えなかった。
「先輩が、あんなに嬉しそうに笑う意味、分かった気がします。貴方が居るからですね」
今まで僕は、あんな先輩の笑顔を見たことは無かった。
「…本当にそうなら、いいんですけど」
ぽつりと響いた彼の声は寂しそうで。
浮かべる微笑みも、何処か哀しげだった。
「俺は…この人の横で、この人を支えてやることは出来ません。いつだって、待ってるだけで」
「それは違いますよ。物理的な距離があろうと無かろうと、支えていることには変わりがない」
彼の言葉を遮って即答してやる。
「ヤマトさんは、優しい方ですね」
微笑んだ顔に、手を伸ばして。
「貴方には負けますよ…イルカ先生」
彼の頬に、そっと触れる。
戸惑ったように此方を見た彼に向けて微笑んでみせた。
その直後。
「―ちょっと、ヤマト」
唸るような低い声が下から響いた。
「俺が動けないの良いことに、何イルカ先生に触ってんの」
「狸寝入りして盗み聞きするよりはマシでしょう」
びりびりとした気配と刺さるような視線を浴びながら、しれっと答えてみせた。
「安心して下さい。他意はありませんから」
「当たり前でしょ。あったら只じゃおかないよ」
事態を飲み込めていなかったのか、少しの間ぽかんと口を開けていたイルカ先生は、はっとした様に先輩の方を見た。
「起きてたんですか!?」
「あー…うん」
気まずそうに目を逸らした先輩を見て、小さく息を吐いた。
イルカ先生が玄関を開くずっと前―それこそ僕でも気付かない様な距離で彼の気配を察知した先輩は、イルカ先生びっくりさせたいから協力して等と言ってさっさと目を閉じ、そのままぴくりとも動かなくなった。
偉大な先輩とはいえ、何だかこの人に良いように振り回されているのが悔しくて、ちょっとした意趣返しのつもりで彼の恋人に触れてみたのだ。
しかしここまで怒られるとは思わなかった。やはり先輩はこの中忍に相当ご執心らしい。自身の軽率さに少しだけ後悔の念を覚える。
「でも、ヤマトさんが鎮静剤を打ってたって…」
「そんなの、打ってないし必要なかったよ。至って冷静な状態で帰還したってのに」
じろりと睨まれても、先ほどの場面で咄嗟に誤魔化せる言い訳があれ以外思い付かなかったのだから仕方がない。
まぁ、確かに鎮静剤など微塵も必要無かっただろう。
―イルカ先生、受付かな。やっぱり自分で報告出来る力は残しとくんだったな。
僕に背負われながらそう言って、あんなにも穏やかな空気を纏って大門をくぐった先輩も今まで見たことがない。
「そんなことより、先生」
「はい?」
「キスして」
『はぁ?』
僕とイルカ先生、二人の声が見事に重なった。
先輩はそれすら気にくわなかったらしい。
「ヤマト、馬に蹴られる前に帰ったら」
此方に向かって冷たく言い捨てた後、本当に同じ声帯から発せられているのかと疑いたくなるほど甘えた声でイルカ先生に話しかけた。
「ねぇイルカ先生、キスしてよ。いつもみたいに、ただいまのキス」
何だかどっと疲れて、真っ赤になったまま絶句して硬直しているイルカ先生と、ねえ、ただいまのちゅー!と繰り返しせがんでいる先輩を尻目に、のそのそと玄関に向かい扉を開いた。
馬に蹴っ飛ばされる前に、さっさと帰ってしまおう、と胸中で投げやりに呟きながら。