※小ネタ。リ●ックマカカシ。
ある日、アカデミーから家に帰ると、居間にでっかい銀色の熊が寝転がっていた。
熊といっても、アカデミーの女子生徒が好んで持っているマスコットのような、デフォルメされた熊だ。
おまけに背中にチャックが着いている。着ぐるみなのは明らかだった。
此方から背を向けた状態で寝転がりテレビを見ているそれを数秒眺め、部屋全体を見回してから―念の為自分の部屋かどうかを確認したのだ―もう一度それを見た。
此方の視線に気付き、それは動きにくそうによたよたと起き上がって振り向いた。
円らな瞳と黒い鼻。間の抜けた可愛らしさがある顔には、何故か左目の部分に縦線が引かれている。
「こんばんは」
ぺこりと挨拶をしたそれに、反射的に礼を返す。
熊はよたよたと立ち上がり、此方にのてのてと歩いてきた。
目の前までやってきたそれは、俺よりも少し背が高い。
布製の瞳を眺めていたら、熊が指のない手を此方の肩にぽふんと置いた。
「しばらくここに置いて下さい」
「嫌です」
即答出来た自分を褒めてやりたいと思った。
熊はしばらく沈黙して、のてのてとその場に座り込もうとした。
正座をしようとしたようだが、それの構造的に―足の部分が極端に短い―不可能だったようで、ぼてんと前に倒れ込んだ。
そのまま数秒程沈黙し、
「お願いします」
「嫌です」
此方の即答にまたしても沈黙した。
それきり動かなくなった熊を跨いで、その極端な短足を引っ張る。
するずると廊下に引っ張り出したところで、それはおたおたと慌てたように短い手を動かした。
「ひどい。外に放り出すんですか?」
「不法侵入者に容赦はしません」
「でも、こんなに可愛い熊を放り出すなんて酷い」
その台詞に、短足から足を離して頭をかきむしる。
倒れたまま動かないそれの背中のチャックを苛立ちまぎれに下ろしてやると、熊は酷く慌てた。
「や、やめて下さい!」
「うるさい!」
一喝して熊の頭を引き剥がして…いや、引っこ抜いてやった。
そこには、やたら男前な顔をした銀髪の男がいた。
「素顔見たのは初めてですけど、俺の予想が正しければあんたはカカシさんですね」
「…はい」
しかられた子犬の様に頼りない顔で此方を見上げた男を、意識的に険しい顔を造り睨み上げる。
絆されるな、俺。こいつは三十路の男だ。上忍だ。
胸中で己にまくし立てながら、男を見下ろす。
まさにしょんぼりという形容がぴったりの表情で、彼はぼそぼそと弁解を始めた。
「…サクラが、かわいい熊のマスコットを持ってて」
「はい」
「その熊は、ある日突然人の部屋に住み着いてたって設定らしくて」
「はぁ」
「これだ!って思って」
「馬鹿か」
思わず突っ込んだら、彼は叱られたアカデミー生の様にうなだれた。
「ごめんなさい」
「…全く、俺ん家に来たいならそう言えばいいじゃないですか」
溜め息混じりに発した言葉が失言だと気付いた時にはもう手遅れだった。
「ほんとですか…?」
期待混じりのきらきらした眼差しを向けられ、言葉に詰まる。
駄目だ駄目だ。切り捨てるなら今しかないというのに。
「俺、イルカ先生の傍に居たい」
今しか、ないというのに。
「………分かりましたよ」
「え」
「今度からは着ぐるみ脱いで下さいね」
「は、はい」
「居候は無理ですけど、来たい時に来てどうぞ」
殆ど自棄気味に言い放つ。
こくこくと何度も頷いたカカシは、俺が女だったら間違いなく一目惚れしそうなきれいな笑顔で言った。
「イルカ先生、ありがとう。大好き」
脱げかけた着ぐるみのままこちらに抱きつかれて、盛大な溜め息をつく。
仕方ないじゃないか。
こいつは三十路の男だ。おまけに上忍だ。
何度自分に言い聞かせても、この男が可愛くてたまらなく見えてしまうんだ。
…結局絆されんのな、俺。
着ぐるみの短い腕で抱きつきにくそうにしている彼の頭を、多少乱暴に撫でてやった。
その後、カカシが訪れる回数は半端無く、結果として半同棲に近い形になってしまったのは…仕方ないで済ませてもいいものだろうか。