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老 犬…4

12.Aug 


退院の日、自分の認識の甘さをつくづく思い知る。


車に運び、車から降ろし、汚したペットシートの交換のたびに、たかだか20キロと余裕こいてたダルの重さは増していく。

こりゃ大変だと…僕が感じてるんだ。

たまたま盆休に入ってたから良かったが、これから先、祖父母だけでダルを介護してくのは無理だろう。

排泄の際も、体を動かせないダルは横たわったままだ。

量販店で購入してきた柔らかいスノコを敷くなどして工夫するが、広がった尿で毛が黄色く汚れる。

週に数回の入浴は、僕の仕事になりそうだ。





13.Aug 




前もって言うが、これは愛のなせる奇跡などではない。

そんなふうには、感じて欲しくない。


退院から2日目、不意にダルが自力で体を起こす。



「仮病だったんじゃないの」

母が笑いながら言う。

「ホームにもいるのよ。家族が甘やかすもんだから、自分じゃいっさい何もしないのね。でも、ホームじゃ出来ることは自分でやってもらうから、面会に来た家族が、ウチの爺さんは自分であんなことまで出来るのか…なんて驚くのよ。ダルは逆ね。病院で甘やかされてたんでしょ」




まさか……

ダルは首さえ動かない状態だったんだから、仮病なんてことはないだろうが……

母の言うことも、一部はうなずける。



犬はとても社会的な動物で、本来は群れで行動する。

今は駆除狩りなどで滅多に聞かないが、人の介入を受けない野犬も群れをなし、それぞれが自分の役割を認識して団体の規律を守る。

飼い犬の場合も同じだ。

彼らのリーダーは飼い主で、その指示を受け行動することで群れの一員としての役割を果たそうとする。

ダルは御覧の通り、ディズニーの101に登場する犬種だが、もともとが鴨猟犬なので気質的に服従心が強い。

群れから外れ、病院に入ったとき、人間的に言えばダルは生きがいをなくしてしまったんだと思う。

そうではないんだが……リーダーに見捨てられたような恐怖を体験したんだろう。


酷な話だと思われるかもしれないが、ダルが帰ってきたとき、僕らは無意識のうちに指示……というか、無理な願いを口にしてた。


ダル、立て

ダル、待て


ダルは、この群れの一員としての意識を取り戻した。

僕らの指示に応えようと、精いっぱい頑張った。



いろいろ湧いてくるんだが、やめておく。

犬と人間じゃ違うし。

でも、ダルは見ていた。



ダルが自分で起きたよ

ダルはすごい食欲だな

ダルったら、こんなにたくさんウンチして


そんなことを喜び笑う僕らの顔を見ていたし、自分が立派に指示を果たせたという犬なりの誇りを感じてくれたはずだ。

老 犬…3

「安楽死って? 男先生が言ったの!?」

母から報告を受けるなり、祖母は声を尖らせる。




「ええ、私だってもう1度聞き返すとこだったわよ。こっちは全然そんなつもりないのに」

医師の前ではプロの介護士って顔してたが、祖母の前では、母もただの娘になる。

「大学病院は無理ね。検査入院だけで10万円以上かかるって。で、こっからも遠いし。それで手術できないんじゃ、検査する意味ないじゃない」




「安楽死なんて……ダルはちゃんとウチで世話するわよ。最期まで、ちゃんと面倒みてあげるわよ」




意気盛んな女2人に対し、祖父はションボリ肩を落としてる。

ダルはもうダメなのか…

ポツンと呟いたきり、好きなビールもはかどらない。





僕は会話に加わる気にもなれず、ただいろいろ考える。

ダルのこと、祖父母のこと、他にも僕の知らない人たちのことを。



僕の祖父母は60代半で、仕事は引退してるが、それほど老いてるわけじゃない。

祖父の退職金や年金のおかげで、比較的安定した生活も送れてる。

それに、何よりも、3人の子どもの全てが近くに住んでいて、もし何かあれば、こうして実家に駆けつける。




医師が提示した安楽死という選択は、ある人たちにとっては……唯一残された悲しい現実なのかもしれない。

子どもや孫が離れ、仕事も終え人付き合いが疎遠になると、老後の寂しさから新しい家族を迎える。

大半のペットたちは、優しい飼い主に愛され幸せな生涯を送るだろう。

でも、ダルのように、障害を抱えてしまったペットはどうなる。

老犬とはいっても、ダルの体重は20キロ近い。

食事を与え、床ずれしないよう寝返りをうたせ、排泄物で汚れた体を洗ってあげることは、高齢者にとってどれだけの負担になるだろうか。



実は、祖父母の家では先月も猫が急性腎不全で治療を受けていて、それに5万ほど支払っている。

僕は、平均的な年金受取額というのを知らないが、こういったペットにかかる高額治療費を全ての老人が抱えられるとは思えない。

むしろ、そんな余裕があるのは極一部の恵まれた人たちで、今の日本の現状を見る限り、多くのお年寄りは自分の病気にかかる費用の工面すら苦心しておられるように思う。





もし、祖父母があと10才年老いてたら…

今ほど生活に余裕がなかったら…

そして、僕、母、叔父や叔母みんなが、遠く離れた地に暮らしているとしたら……


医師の言った安楽死という言葉は、情け深い響きを持って聞こえたんじゃないかな。

どんなに愛していても、どうしようもない現実と向き合わされる人たちは必ずいる。

それでも、飼い主たちが自分から愛するペットの死を口にすることはない。

そんなことは、自分たちに障害を抱えたペットを飼うことは不可能だと分かりきってたとしても、決して口には出来ないもんだ。

だから、医師は選択のひとつとして安楽死を提示するんだろう。

僕だって、安楽死という言葉を耳にした瞬間は、医師の冷徹さにショックを覚えた。

でも、あの先生は立派な人だ。

責任を持って治療してきた患者とその家族だからこそ、獣医師として、自から最も嫌な役を引き受けてくれたんだ。






「いつ退院させる?」

母は超楽天家だし……

「早いほうがいいわよ。明日にしましょ」




祖母は……

「そうね。じゃあ……家の中で診なくちゃいけないわねえ……

お父さん!!!

お父さんの部屋、ダルと半分コして使いなさいよ」

それを上回る楽天家だ。



母も祖母も、これから重度の障害を抱えたダルを迎えるというのに、異常に張り切ってる。


「大丈夫よ。家に帰ったらダルは良くなるわ。もともと気の小さい犬だから、病院じゃショゲちゃってんのよ」



「そうよねえ……ウチに帰ったら、元気になって、歩けるようになるかもしれないわね」



僕の家系は、代々この楽天家女たちによって支えられてきたものと思われる。

老 犬…2

次の日、再び母と獣医へ出かける。

自分も見舞いたいと電話してきた祖父を、母が断る。


「そんな時間ないのよ、そっちに寄ってたら遅くなるでしょ」


母のつれない態度に対し、なにやらグチグチ言ってる祖父の声が電話口から漏れてくる。


「だから……夕方から学校の保護者会なんだってば。分かったわよ……ええ、後で電話するわよ」





爺だって心配なんだよ…

そう母に言おうとするが、やめておく。

母だって、そのくらい分かってる。

愛するものが命の岐路に立てば、人もペットも変わらない。

家族の一部が欠け、昨日まで平和だった日常にポッカリ不安な穴があく。

皆、ありったけの気持ちを注ぎこんで穴をふさごうとするもんだから、他に回すための余裕まで使い切ってしまう。

こんなこと冷静に考えてられるぶん、僕はまだ大丈夫だ。






処置室の奥の3部屋に、入院中のペットたちは振り分けられてるが、ダルのゲージは通路に出されてる。

予断を許さない状況にあるものはスタッフの目の届く範囲に置かれるとみえ、つまり、この狭い通路はICUみたいなもんで、容態が急変すれば即処置室に運ばれるんだろう。



横になったまま点滴を受けてたダルが、僕と母の姿を見て微かに尻尾を振る。

エコーのためか、あちこちの毛が剃られ、ひどく悲しい状態になってる。

しゃがみこんだ母は、ダルの頭を撫でながら、獣医の説明を受けている。

僕は、居場所もないほど狭い通路の壁にもたれ、一番奥のゲージに入ったフレンチブルに視線を落とす。

素人が見ても……ヤバい状態。

肥った老犬で、毛艶もなく、白内障なのか…うっすら開いた目にも輝きがない。

僕らが入ってきたときから何の反応も示さず、ただ苦しそうに、ひどく辛そうに、体全体を揺すりながら浅い息をついてる。




「…大学病院で検査を受けて、原因が分かれば手術も可能でしょうが、神経系の手術となれば難しいと思います。希望されるのなら、もちろん紹介状は書きますが……」


右から静かな医師の声が聞こえ、左からはゼェ…ゼェ…と絶え間ないフレンチブルの喘ぎが続く。


「残念ですが、当院ではこれ以上の治療は出来ません。

ですから、退院を希望されるなら御自宅で看護していただくことになりますが、ご家族にはかなりの負担になるでしょうね」





「食欲はあるんですね?
じゃあ内臓には何の問題もないんですね。

首も……動かないみたいですが、全くですか?」


質問する母の声は落ち着いてる。

たぶん、職場の顔になっている。

老人と犬じゃ違うだろうが、介護というのがどんなものなのか、とてもよく理解している人だ。




母の質問のほとんどは、ダルが自宅に帰ったあとの治療とリハビリについてだったが、医師は極めて事務的な……あるいは努力して習得した感情を一切挟まない口調で言った。


「大変ですよ。もし、このまま回復も見込めず、更に容態が悪化していくことになれば、安楽死という選択もあります」




聞きたくない話、正直、僕には受け入れる準備すら出来てなかった話だ。

動けないだけで、餌も食べれるし、何よりも……ダルには僕が分かってる。

脳死とか、植物状態とか、そんなんじゃない。

家族といえど、ペットは、人間ではない。

沈着な母の答えを聞いて、その現実を否応なしに突きつけられる。




「わかりました。

家族で、よく話し合ってみます」

老 犬…1

ダルが危ないと、祖母から電話をもらったのは4日前のことだ。

突然倒れ、それきり動かなくなったので、慌てて獣医に駆け込んだらしい。



祖父母は、僕の暮らすアパートから車で数十分ほど離れた隣町に住んでいる。

翌日、ここからの方が近いということもあって、僕がダルの入院先を訪ねる。





「はっきり言って、かなり良くないですね」


ゲージの中でグッタリしてるダルを見ながら、先生の説明を聞く。


「おそらく、脳か神経が何らかの原因でダメージを受けてます。

右半身は、自分では全く動かせません。

CTを撮れば原因が分かるかもしれませんが、ウチには機械がありませんし……

仮に検査で脳の損傷が見つかったとしても、開頭手術ということになれば……
高齢ですから難しいでしょうね」





「…オレが分かるみたいです」

横たわったまま、首すら持ち上げれない様子だったが、ダルの潤んだ目は確かに僕を認めてる。

「オレのことが、分かるみたいなんすけど…」





「ええ、ちゃんと分かってますよ、認知症ではないんです。

脳か脊椎か…分からないんですが、何らかの原因で筋肉が麻痺してるんです」





「痛いんですか?」





「触ると反応しますから、動かないだけで感覚はあります。

ですが、痛みはないみたいですね」





「痛くないんですね」

バカみたいに念を押し、もっとも聞きづらい質問を口にする。

「良くなるんですか?」





先生の目が、僕の顔からダルへと逸れる。

「あまり…良くないと思ってください。

容態は昨日よりも悪化してます」










ダルは10才、人の年齢に換算すると70代半ばくらいになる。

でも、僕と出会ってからたったの10年だ。

まだポケットに収まりそうなほど小さかったダルを見た日から、たった10年しか経ってない。

僕と一緒に成長してきたダルは、いつの間にこんなにも老いてしまったんだろう。

A gift of the desire

人の欲望の対象はさまざまだ。


彼女の場合、食べたいという欲求、つまり食欲がかなり強い。


もちろん食欲は誰でも持ってるが、どんな欲でも、それが一定レベルを超えると通と言われる人になり、更に高じるとマニアになる。


つまり、彼女は食マニアだ。





ちなみに僕は酷い。


食欲は人並み以上にあるほうだが……どうも味音痴らしい。


甘い、しょっぱい、苦い、酸っぱい、辛い……これ以外にあるのか?


僕が持つ味覚はこの5つで、しかも2つ以上の味を組み合わせて感知することができない。


だから、味のバリエーションは酷く乏しい。


複雑な味の感知力も表現力も持たないので、

旨い

マズい

ビミョー…

大抵この3つで表せる。





味が丸い、味が若い、味に芯がある、味が軽薄、味が毒々しい……

彼女は僕に理解できない味のバリエーションを知ってる。




そこで、前記事の話になるが、小説から得たイメージだけで、ビスケットは焼けるのか?


つまりこれは、小説から得たイメージだけで思い描く、そのキャラの容貌みたいなもんだと思う。



完成がこちら。







言ったように、僕は味を表現する言葉を3つしか知らない。


その3つから選ぶなら

旨かった。



いや、もう少し頑張ってみると、カーネルビスケットに近い味だけど、あれほど甘くない。


確かにベーコンなんかに添えてあれば、朝食でもイケる味。


食感は、カロリーメイトに近いんだが、もう少し硬めでザクザクしてる。





うーん…本を読んでみてください。


口に入れた瞬間、間違いなくこの味だ、読んだだけで実際には見たことすらないけど、この本に登場してくるビスケットは間違いなくこの味だ、そう感じたんだから……


このビスケットの味は、小説の中に書いてある。







ところで………


これは………


おまけ。



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