ゴドナルのターンその2。
思った以上に、これからどんどん、なるほどちゃん総受けになっていきそうです。
続きから。
「ですから…コネコはやめてください……」
「だから、一日十七回までにしているんだぜ」
「法廷でのコーヒーですか!」
「その法廷さながらの恐怖のツッコミ…すっかり元気になったな、コネコちゃん。嬉しいぜ」
まあ、患者が転びそうになった時、いち早く察知して抱き止めて貰ったり、過去の経験から今どの辺りで躓いていてどうすれば良いとかの具体的なアドバイスをしてくれるので、全くサポートになっていないとは言わないが。
だからと言って、リハビリ中でもないのに足なり肩なり触りまくって抱きしめて気難しい猫にするように喉を撫でる事を肯定する訳じゃない。
「…ゴドーさん! ふざけないで下さい!」
彼女の代わりに声を荒げる義理の息子にあたる青年だったが、次の瞬間にはその頭がコーヒーに塗れていた。
「フザケてなんて、いないさ…」
「ゴドーさん、何をするんですか!」
呼ばれた男は、大事な部下に対する突然の侮辱に抗議の声をあげた成歩堂の顎を再び捉え、その怒りに満ちた黒くて大きな瞳に見詰めつつ、その吐息を彼女の唇に吹きかけるようにして、年若き青年弁護士へ答える。
「とどろき…男の価値は、どんな女を傍らへ置くかによって決まると思わないか?」
トクン、と、成歩堂の胸が鳴った。
本能的な危険と――ほんの少しの、甘さ。
女として見られ求められる。それは、ついこの間までには全く関係ないと思っていたものだったのに。
「コネコちゃん、オレのモノになりな。ホットミルクより、甘く温かい愛を与える事を、誓うぜ……」
男の指先に繊細でかつ明確な力が加わり、目の前の女性のかんばせを唇を引き寄せてゆくのに、目の奥がカッと赤くなった王泥喜は、つかつかと靴音高く歩み寄るとその二人の肩を掴み、その近過ぎる距離を強引に抉じ開ける。
「ご託はごもっともです! が、成歩堂さん相手に、ふざけた事をしないでください!」
いや、違う。若き敏腕弁護士は、言葉を放った端から、自らの言葉の誤りを知っていた。ゴドーはこの上無く真剣だ。
「クッ! とどろき…この世の事件は大きいほど、時としてフザケているようにしか見えないものさ」
グラスの奥の瞳が鋭く眇められ――危険な香り(アロマ)を感じながらも、王泥喜は少しも退きはしなかった。男には、譲ってはいけない時がある。
背中に感じる柔らかい温かみが、そっと、王泥喜を押し退けて男に向かい合った。
「女扱いはしないでください…第一、ゴドーさんはビターなコーヒー派だったのでは?」
「ビターな男にも、時として甘い癒しが必要なのさ」
先程からわざと神経を逆撫でているとしか思えない言動の数々の真意を探るように、仮面の替わりにかけるようになった色の濃いグラスを注視するも、懲りもしない手が頬に伸び、端を引き上げた唇によってまた甘い蜜のような声がとろりと耳に落とされる。
「それに、目の前にこの上なくイイ女が居る現実を、オレは否定しないぜ」
成歩堂は、あらゆる意味で背筋が総毛立てた。
目の前に居るのは、人間という動物の雄。自らが望む相手を得たい、獣の本能を剥きだしにした、男なのである……。
今までの人生で感じた事のない恐ろしさに、ベッドに腰掛けた足をゴドーの反対側に退く。
言葉すら喪い唇を震わせる親同然の上司を護る為、今一度王泥喜が挑みかかろうとしたその時、この場からいっそ浮く冷静で淡々とした声が、男達の睨み合う部屋の空気を分け入った。
「こんにちは、ミス・ナルホドー――ご機嫌麗しく?」
「レイトン教授……」
その名も高き英国紳士は、ようやく『ミスと言わないで』という苦情を言わなくなった彼女に、珍しく軽くウインクして微笑みかける。
-続く-
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