はい、知ってらっしゃる方はお察しの通り。
スピッツの同名の曲がイメージです。
というか、『偽りの』って辺りがテーマになる話には、軒並みこのタイトルをつけたくなる衝動にかられます。
というわけで、お話が終わってから急にタイトルが変わったらごめんなさい。
多分、これで決まりと思いますけれどね。
あ、逆裁の方はあんまり知らないと思いますが、
このブログに連載されているものは、あくまで仮タイトルの走り書き第一稿です。
正式に作品となる時に、時々変わる事があります。改稿も良くある話。
では、続きから。
【- わかちあうものは何もないけれど -】
あの運命を変えた夜から、どれぐらい経っただろうか?
翌朝目を覚ませば、衣服は整えられ――ただし、普通にスーツのまま寝た代償に皺になっている事を――いつのものごとく出勤してきた王泥喜に、成歩堂さんと口を酸っぱく怒られ、それを心音とみぬきに笑われる日常が回り始めてしまい、追究する間もなく非日常が埋もれゆく。
油断すれば、たちまちにあの夜の事柄が夢と消えそうになり、また、それでいいかとこの心が逃避したがる度に、この身体に残る痛みと熱と倦怠感が、忘れるな、これが真実だと訴えるのだ。
だが、もしかしなくとも、真面目な王泥喜は同性の上司である成歩堂にとんでもない事をしたと罪悪感を持ち、忘れてくれる事を願っているのかも――その容易過ぎる想像が、成歩堂に一番の痛みを与え、逃げる口実を与えるのである。
だが、そんなある日は、やっぱり何でもない夜にやってきた。
「成歩堂さん、今度の日曜日、バンドーランドへ行きませんか?」
その返事も曖昧に、でも、気付いたら、成歩堂は王泥喜と共にバンドーランドの正面入り口の橋に立っている。
その固有名詞を聞いた時、僅かに迸ったモノに気付いていたなら、ぼくは今此処に居なかった。
目眩が、する。
前に来たのは、まだ、光の中。成歩堂法律事務所の助手として隣に居た真宵ちゃんと彼女との仲を取り持とうとする無邪気な少女と三人でこの橋の架かる池でボートを漕いだ時。
このバンドーランドも開園したばかりで、煌びやかで、デートスポットとしても隆盛を誇っていた。
なのに、此処もぼくも歳月を隔てて、色褪せ、陰り……。
「成歩堂さん…?」
友と信念と希望に溢れた日々も遙か――オドロキくんの戸惑いの声も遠く、ぼくはこのような処に運ばれて。
法の暗黒時代への扉を開けた自分は、もはや、かつてのようにのうのうと人を信じ愛し光の下で生きる資格などないのだと。
薄い氷の上に立つような生を浸食し、ぽっかり開いた闇の淵に、今の成歩堂にはそれに抗がう気力も根拠もなく。
此処でない、何処か、何かが……欲しいのか行きたいのか要らないのか、目の前が急激に窄まり暗くなって、何も分からなくなった。
知らず、橋の欄干の先に手を伸ばしていた。何を取り戻したかったのか、どこへ行きたかったのか何も見えないのに。
「成歩堂さん、どうしたのですか!?」
引き戻したのは、天啓の声、その声の主だった。
強い力で、肩を捕まれ引き戻されて。ようやく、心が、現在の成歩堂の肉体に戻る。
なるほど、そうかそうか。
そうだ、こんなところでどうにかなったら、オドロキくんがどうなるか。危うく最悪の道へ踏み外すところだった。
「なんでも、ないよ」
彼は、太陽。
そう、しのぶちゃんが彼を評していた事だが、本当にそう。こんな自分さえをも照らせる彼が、人に不幸を齎す訳がない。王泥喜の存在その輝くような魂に目を細め、笑う。
ああ、眩しい。愛おしい光。
「……成歩堂さん、」
なのに彼は、眉間に皺を寄せ強い意志を感じさせる唇を左右に引き結ぶと、腕輪が光る左手で成歩堂の右手首をひっ捕まえて。
「行きましょう」
今来たばかりの道を引き摺るようにして、引き返したのだった。
「ど、どうしたの…オドロキ、くん…?」
目的地を前にして突然の回頭に上がる成歩堂の戸惑いの声に、王泥喜は一切答える事無く今来た鉄道駅の反対側に出ると、とある建物へ引っ張る。
「行きましょう」
数分ぶりに聞いた、彼の同じ迷いない言葉に、しかし、成歩堂は素直に頷く事など出来なかった。
きらびやかな電飾の逢瀬の場所。所謂ラブホテル。その意志は明確で。
「だ、めだよ、オドロキくん…」
軽薄な印象を拭えない場所に、精悍な青年の真剣な表情が、この上無い違和感を誘う。
「何故? やっぱり、この間の事は嫌だったのですか?」
「違う……」
違うんだ。やっぱり、きみのようなキレイな人が。
「だって、汚れてしまうよ…ぼくなんかに、触れたら」
だからダメなんだ。
成歩堂は、今更ながらに自分の罪深さに恐れおののいた。
いや、自分が受ける分には、どんな罰も、死ぬのですら恐怖でない。
だけれど、彼は、彼だけは、どうかいつまでもキレイな光でいて欲しい。
「今更」
それは重々に知っている。それでも、重ねて乞おう。
「一度だけなら、まだ引き返せるから……」
そう、ただの若気の至りも、二度目ともなれば言い訳も引き返しも出来なくなってしまうから。
「うるさい」
成歩堂の切なる願いは、普段の王泥喜からは考えられない程の冷たい口調で、一刀両断されてしまった。
「これ以上逆らうなら、五月蠅い口をオレの口で塞ぎます」
肩を落とす成歩堂の抵抗が完全に消えたのに、ほくそ笑む。
後は、共に、果てまで―――
-続く-
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