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【NWR】黎明の英雄、花守の娘(後編)

「お疲れ様、ツェリ。首尾はどうだったかしら?」 
 
 姉上の執務室に辿り着いた頃には、私も漸く平静を取り戻していたのだが、他ならぬ姉上自身にそれをぶち壊されたのだった。
 
「……あの、姉上」
「あら、どうしたのツェリったら。凄く疲れた顔をしてるわよぉ?」
「ああもう理由は分かってるんでしょうがっ! その名で、私を、呼ばないで下さいっ!!!」
 
 私をおちょくって楽しもうという魂胆か。くすくす、と嫣然と微笑む姿からは余裕しか感じられない。全く、我が姉ながら物凄くイイ性格をしている。
 ツェリ。それは私のファーストネームであるツェツィーリエの愛称だ。そして私はその名で呼ばれるのが、反吐が出るほど大嫌いだったりする。忌々しいばあさんことシュレンドルフ家現当主と同じ名前だからだ。
 故に私はフルネームを公式の場以外で用いることは殆ど無い。普段はミドルネームのユリウスを名乗り、周囲にもファーストネームを呼ぶことを固く禁じている……のだが、姉上はそんな事情などお構い無しでなのある。
 これが姉上以外の人間であったらがっつり報復してやる所なのだが、私では絶対に姉上に勝てない。むしろ姉上に敵いそうな人間を私は知らない。権力、戦闘力、発言力その他諸々、どれを取っても姉上は色々と反則じみた存在なのだ。
 その反則の権化たるアマーリエ姉上は尚も楽しそうにくすくすと笑っている。くそう覚えていろよ。
 
「うふふ、ごめんなさいね。それで、第8訓練施設の方はどうだったかしら?」
「ええ、姉上の予想したとおりでしたよ。ボスのコールウェル少佐はロクな仕事をしてません。訓練兵たちの精度は並以下、実戦に投入しようものなら確実に死者が出るでしょうね。
 まず基礎体力からなっていないし、戦闘フォームもマニュアル通り或いはそれ以下の動きしか出来ていません。動体視力の方も鍛えた方がいいでしょう。私の動きにまるで付いて来られていませんでしたから。
 まぁ詳細の方は後程報告書の方に書かせていただきます。一枚や二枚じゃ足りないでしょうけどね」
「あらあら、随分と困った事になってるわね。上司が無能だと、指揮下の兵士達も可哀想だわぁ」
 
 あーあ。口にしちゃったよ姉上。私でも心の中で思うだけに留めていたのに。
 
「コールウェル少佐にはもうちょっと頑張って貰わないとねぇ。その辺りの采配は、私に任せておきなさいな」
「はい。頼りにしてますよ、姉上」
 
 姉上の「もうちょっと」は常人には結構キツいものがある。周到に根回しし逃げ場を完全に塞いだ上で、じわりじわりとあのどアホを追い詰めていく心算なのだろう。どんな手段を取るのか想像すら出来ないが、いずれにせよ少佐にとっては悲劇以外の何物にもならないだろう。私にとっては喜劇だが。
 まぁそれも自業自得だ、せいぜい頑張りたまえ無能少佐。
 
「で、姉上。私の今回の視察、本当は他にどんな目的があったんです。こんなつまらない任務の為に、わざわざ私を前線から呼び戻した訳では無いでしょう?」
「つまらない、なんて随分な言い草ねぇ。でも貴方の言う通り、別の目的があったのは確かよ」
「その別の目的、とは?」
「昨夜、ジギーロストから連絡が入ったの。……『花の娘』が、いよいよ動くわ」
 
 『花の娘』。その名を耳にした瞬間、戦慄が全身を奔るのを感じた。
 シュレンドルフ家が極秘で進めているプロジェクト。軍部にも内密にされているその計画の、キーパーソンたる少女のコードネームだ。
 本名は私にも知らされていない。私が知るのはジギーロストの孤児院に住む、とある特殊な血脈を汲む若い娘で、コードネームの表す通り花を好んでいる、といった程度か。容姿、経歴、性格に至るまで基本的な個人情報は伏せられている。
 そしてシュレンドルフの『計画』の目的の一つが、『花の娘』を憎き黒十字の魔の手から守り抜くという事だった。しかし。
 
「動く……遂に出奔、という事ですか」
「ええ。明日の一番の列車で、孤児院を出立する心算らしいわ」
 
 守る側としてはジギーロストの孤児院で大人しくしてくれれば言う事は無いのだが、このお姫様は何を思ったか、浄化派の傭兵になりたいと言い出しているようなのだ。
 近いうちに出奔する可能性もあると姉上は踏んでいたが、まさかこんなに早く動くとは。その決断力と行動力は賞賛に値するが、保護する側にしてみれば正直な所迷惑な話である。
 故にこの時、私が『花の娘』に対して抱いていた印象は「我儘なお姫様」というものだった。こちらも私が大いに苦手とするタイプだ。
 
「それで、そのお姫様にアテはあるんですか。まさか行き当たりばったりではないでしょうね」
「そのまさか、よ。最初は彼女の生まれ故郷である、ユーリピナ州を目指す心算だったみたいだけど」
「ユーリピナ、ですか。世間知らずのお姫様が向かうには、些か治安が悪い場所ですね」
「この首都ノースタウン州に向かうよう、院長が何とか説得したそうよ。どのみち彼女自身には、アテもコネも一切ないのだけれど」
 
 何とも困ったお姫様だ。顔を合わせる機会があれば、世間ナメるなと言ってやりたい所である。
 
「……あ、漸く理解できました。私が第8訓練施設を視察した理由」
「ええ。もし彼女がノースタウンに来た場合、目指す可能性が高い訓練施設がそこだったのよ。コールウェル少佐の無能っぷりを除けば、施設も機能も十分に揃った場所だし、何より彼女が好きな花畑が周囲に点在しているわ」
「宿舎も綺麗なものでしたし、必要資金も比較的安いので、初心者には人気あるんですよねあそこ」
「でも貴方の報告を聞く限り、やっぱりあそこに彼女を預けられないわねぇ」
 
 どアホことコールウェル少佐の男性優越主義の件もある事だしな。世間知らずの姫様にはきっと耐えられないだろう。
 
「でも住まいの件は何とかなりそうなの。農耕区画の花屋『ソレイユ・ルヴァン』は知っているでしょう?」
「……ああ、あのソレイユ夫妻が経営している」
「夫妻を説得して、彼女を住まわせる了解を取り付けられそうなのよ。もう前線を退いた身だと言って、最初は渋られてしまったけれど」
「成程。あの場所ならシュレンドルフの目も届くし、何より治安がいいので安心ですね」
「そこで貴方に任務を命ずるわ、ユリウス。『花の娘』をジギーロストまで迎えに行ってらっしゃい」
 
 まあ、そう来るだろうとは思っていたよ。
 我儘お姫様の護衛任務。正直気は進まないが、力強く頷いてみせる。
 私の返事に満足したらしい姉上が嫣然と微笑んだ。こう言うのも癪だが、人に命ずる時の姉上の姿はある意味物凄く麗しく映る。踏まれたい、扱かれたいと言う男性軍人が出てくるというのも頷けないではない。
 あまり出しゃばった真似をすると姉上の夫たるクラウディオ義兄に睨まれるので、秘かにファンクラブを結成し魅力を語り合う程度だそうだが、これは只の余談である。
 
「『花の娘』は明日の朝一番の汽車でジェラド州の駅を発つわ。貴方もその列車に同乗なさい。決して護衛任務だと彼女に悟られないようにね」
「了解です」
「クライドラフトに到着後は、彼女を『ソレイユ・ルヴァン』に誘導して頂戴。まあこの辺りは私も協力するから、まずは到着次第連絡を寄越しなさい」
「分かりました」
「ジェラド州は近く知事選を控えているの。治安の良さとは裏腹に争いは苛烈らしいわ。それこそ秘かに密偵を放って、ライバルを抹消しようとするくらいは、ね」
「……つまり、彼女がそれに巻き込まれる可能性もある、と」
「このタイミングで出立なんて、つくづく彼女も間が悪いこと……これも、あの子の背負った宿命の為せる業なのかしら」
「…………」
 
 現実主義者の姉上らしくない発言に、少しだけ背筋が凍った。
 私も姉上の抱えるプロジェクトとやらの詳細を知っている訳では無い。だが『花の娘』がどれほど重要であるかは、姉上のその口振りから察せられる。
 これは思った以上に責任重大だ。油断は禁物、と自分に強く言い聞かせる。
 
「そしてこれが『花の娘』の個人情報が収められたマイクロチップよ。確認後、速やかにデータを消去した後チップごと破棄しなさい」
「……つまり情報機密クラスAの代物ですか。全く末恐ろしい娘ですね、『花の娘』とやらは」
「うふふ。本人は至って温厚で、心優しい女の子だそうよ。貴方ともきっと仲良くなれるわ」
「そうでしょうかね。私と正反対のタイプじゃないですか」
「これは私の勘だけど、彼女との出逢いは貴方にとっても、非常に有意義だと思うのよ。気合い入れて行ってらっしゃいな」
 
 有意義、か。受け取ったマイクロチップを指先で弄びながら、まだ見ぬ娘に思いを馳せる。世間知らずの姫君が、一体私に何をもたらせてくれるのやら。
 この時の私は彼女との出逢いに、さして期待などしていなかった。せいぜい足を引っ張らないようにしてくれればいいさ。そのまま花屋で大人しく守られてくれれば、他に言う事はないのだが。
 だが今は私の思惑など二の次だ。命じられた任務の完遂が先決。背筋を伸ばし、姉上に向かってぴしりと敬礼の姿勢を取った。
 
「任務、了解致しました。シュレンドルフの名に賭けて、必ずやり遂げて見せましょう」
 
 
 
 ――後に私は、その認識が大いに誤りであったと痛感させられる事になる。
 『花の娘』との出逢いが私の人生、私の運命をも変える事になるのだが、この時は想像すらしていなかった。
 いずれにせよ私の宿命はもう既に、大きく動き出していたのだった。
 
 
 
...Fin?

【NWR】黎明の英雄、花守の娘(前編)

 ぐるりと周囲を見渡せば、自分の足で立っているのは私一人という有様だった。
 情けない。地面に倒れ伏した十数人の訓練兵達を、半ば蔑むような目で見下ろす。
 息も絶え絶えの彼らは、最早反論どころか睨み返す体力すら残っていないようだ。まぁ、この私に刃向かう度胸のある奴は、この中には一人も居ないだろうが。
 
「この程度でへばってどうする、軟弱者! 敵は休む暇など与えてくれないんだぞ!」
「そ、そうは、言ってもですねっ、中尉〜!」
「す、少しは手加減して、ください……!」
「情けない声を出すな! 貴様等、民を守るべき軍人としての自覚はあるのかッ!」
 
 言い返す体力のある者が居た事には感心するが、だからと言って容赦してやる心算は更々無い。ぴしゃりと言葉を投げつけてやると、最後の気力を失った彼らは今度こそ完全にダウンしてしまった。
 私一人を相手にこの有様だ。何か手を打たなければ、実戦では確実に死者が出るだろう。全く、普段どんなユルい訓練を受けているのやら。想像するだけで寒気がする。
 
「……中尉。ユリウス・シュレンドルフ中尉ッ!」
「コールウェル少佐。そのような大声で呼ばずとも、しっかり聞こえておりますが」
「先程から何度も呼んでおる!」
「おや気付きませんでした。それはどうも失礼致しました」
 
 最初から無視していたんだ。気付けどアホ。
 そう口にしたいのを堪え、舞台役者の如く優雅に頭を下げてやる。間違っても謝罪の態度ではないが、目の前の男はふんと鼻を鳴らしただけだった。流石に挑発には乗らないか。つまらん。
 ノースタウン州駐留防衛軍・第8新兵訓練施設の総括者であるコールウェル少佐(フルネームは忘れた)は私の最も嫌いとする人種、その典型例とも言える人間だった。
 即ち、無能。その癖無駄に矜持だけは高い、上流階級のボンクラ野郎。
 
「この状況を説明してもらおうかシュレンドルフ中尉。何故新兵どもが、一人残らずくたばっておるのだ!」
「これは異な事を仰る。命じられた通り、彼らの訓練に協力させて頂いたまでです」
「私は奴らの実力を軽く試してやれと言ったんだ。力尽きるまで扱けと命じた覚えは無いぞ!」
「お言葉ですが少佐、私は実力の半分も出しておりません。私一人に勝てぬようでは、現在の訓練内容に疑問を感じざるを得ないのですが」
「ちっ。女の癖に減らず口を叩きおって……!」
 
 ――そして、露骨な男尊女卑主義者。
 女は男の引き立て役。黙って男を立てていればいい。出しゃばるなど言語道断。そして何か不都合があれば「女の癖に」で黙らせようとする。
 私はこの手の愚か者が反吐が出るほど嫌いだ。上官でなければ問答無用で殴り倒しているところだが、私も一応の分別は持ち合わせている。いくら私が「シュレンドルフの狂犬」と呼ばれていようとも、ね。
 だが私の沈黙を別の意味で受け取ったらしく、コールウェル少佐の表情に優越の色が浮かんでいるのが見て取れた。度し難いアホだな。
 まぁ大した能力も実力もない癖に、金とコネだけで佐官にまでのし上がった輩の思考回路などこんなものか。マトモに相手をするのも馬鹿馬鹿しい。
 
「奴らには奴らに相応しいレベルの訓練を課しておる。貴様にあれこれ言われる筋合いなど無いわ」
「私は此処で見聞きした事を、姉のシュレンドルフ大佐に逐一報告するよう命じられております。その辺りの判断はいずれ姉が下すことになりましょう」
「……くそ、忌々しい姉妹め。女に戦場の何が分かると言うんだ……!」
 
 聞こえてるぞ、どアホ。聞こえるように言っているのかもしれないが、内容が幼稚すぎて怒りを通り越して呆れた。
 言っておくが私達姉妹は貴様より余程戦場を知り尽くしているぞ。実戦経験なら貴様と天と地ほどの差がある。後方で偉そうに指揮するだけの貴様とは格が違うんだ。
 余程口にしてやろうと思ったがここも堪えた。全く、自分で自分を褒めてやりたいね。
 
「ふん、もう良いわ。報告でも何でも、さっさと行くがいい」
「それでは失礼致します、コールウェル少佐。部下達のアフターケアもお忘れなきよう」
「貴様に言われずとも分かっておるッ!」
 
 やはり最後に一言言っておかないと気が済まなかった。私の悪い癖だ。積極的に改める気は無いが。
 少佐の方は鼻息も荒く、周囲の目も憚らず地団太を踏み始めている。この調子だと部下達に八つ当たりしそうな雰囲気だが、その場合は運が悪かったと思って諦めてもらおう。アフターケアがどうとか言いながら酷いな、自分。
 矜持だけは高い馬鹿、その上男性優越主義者となれば、私が黙っていられる道理が無いのだ。
 
 上官には敬意を払うよう士官学校時代に叩き込まれているが、実力の伴わない者にまでそう在る必要は無い、というのが私の持論だ。まあこれは私だけでなくシュレンドルフ全体の気質なのだが、ここまで露骨なのは私くらいかも知れない。他の者はもっと上手く立ち回る。
 だから私には軍部内に敵が少なくはない。しかし半数以上は私に対する嫉妬だろう。自分で言うのも何だが、これでも私は士官学校を首席で卒業したエリートだ。おまけに名家シュレンドルフ家の出身。前線でもそれなりに戦績は残している。これも血も滲むような鍛錬を積み重ねてきた結果だが、結果だけを追い求める馬鹿どもは私の努力になど目もくれようとしない。
 私を妬んだ奴が「女の癖に生意気」と罵る言葉を幾度と無く聞いてきた。先程のコールウェル少佐のような、矜持だけは高い無能はそこにしか謗る所を見出せないからだ。
 そして困ったことに、私の周囲には何故かこのようなアホが集まりやすいらしい。私の男嫌いにも拍車が掛かるというものだ。
 
 アーケツラーヴのローデンバック大佐や、海軍のリヒトホーフェン大佐の部下となった兵士達が心の底から羨ましい。高潔にして清廉。それが彼らに対する私の印象だ。
 前線で幾度か戦う姿を目にしたが、他者の追随を許さぬその峻烈な光景には圧倒された。男嫌いで知られる私も彼らの事は尊敬しているし、いずれ彼らにも劣らぬ優れた軍人となるのが私の目標の一つである。
 ――以前それを姉上に話したら、「二人とも可愛い所もあるのよ」と返された。軍のエース達を「可愛い」などと称してしまった姉上には敵わないとつくづく感じたのだが、まぁこれは余談である。
 
 
 
 さて、その姉上ことアマーリエ・ルイズ・シュレンドルフ大佐の元に報告に上がるべく、着替えを済ませようと女性更衣室に向かったのだが――予想は出来ていたのだが、ある意味困った事態が私を待ち受けていたのだった。
 
「シュレンドルフ中尉っ。あの、これ、受け取ってくださいっ!」
「先程は格好良かったです、ユリウス様!」
「きゃあああ! こっち向いてください中尉〜!」
 
 飛び交う黄色い声に引かなかったといえば嘘になる。
 更衣室の前に待ち構えていたのは、10人ほどの若い女性隊員だった。その誰もが私に熱い視線を向け、中には頬を赤らめている者まで居た。おいおい待て、私はこれでも君達と同じ女性だぞ。
 私の心境を余所に、女性隊員達は私の手に贈り物と思しき包みを殆ど無理矢理持たせ、きゃあきゃあと声を上げて騒いでいる。どうしよう。不快では無いのだが正直困った。
 こんな事を考えていると知れたら、離れた場所で此方を妬ましげに見遣る男性隊員達の反感を買いまくるのだろうが。
 
「ありがとう。君達の気持ちは嬉しいが、私は少し急いでいるんだ。悪いが、先に行かせてくれないかな」
「は、はいっ! お疲れ様です、シュレンドルフ中尉!」
「お仕事頑張って下さい! 応援してますぅ!」
 
 黄色い声を上げながら走り去っていく彼女たちの姿を、ややゲンナリした気持ちで見送る。周囲の男どもが向ける嫉妬の視線も面倒臭い。ギャラリーがこれ以上増える前に、さっさと引き上げてしまおう。
 そうして更衣室に半ば逃げ込むようにして入れば、今度は私宛だと思われる手紙や贈り物が、ロッカーの前に詰まれているのを目にしてしまった。
 直接話しかける勇気の無かった者が、こっそりと置いていったのだろう。トドメを刺されたような気分になって、その場にくたりとへたりこんでしまったのだった。
 新兵どもの訓練より余程疲れた気分だ。私とした事が情けない。
 
 私の外見が女性の目を引きやすいという自覚は十分にある。シュレンドルフという家名も手伝っているだろうし、女だてらに男と肩を並べて戦場に立つ姿が彼女達の心をくすぐるのだろう。
 男の格好をしているのは勿論女性の人気を集めたいからではない。男にナメられたくないという意思表示だ。本音を言うと半分くらいは祖母のシュレンドルフ少将に対する反発の意味合いもあるのだが、それはまあ置いておこう。
 女性に慕われて悪い気はしない。男などより余程好感が持てるし、女性と共に過ごす時間の方が遥かに有意義だと思う。
 だがいくら私が男嫌いと言っても、女性が特別な意味で「好き」という訳では無い。
 今後も男女問わず、特定の誰かに恋愛感情を抱くことなどまず無いだろう。そもそもそういった感情とは無縁な性格なのだ。
 
 ――ああ、確かにそう思っていたさ。この時までは、ね。
 それが僅か数十時間後に覆される事になろうとは、この時は欠片たりとも考えてはいなかった。  
 
 
 
 
 
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