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【俺屍】春風恋唄

「来月、お前の交神を予定しているから、そのつもりでいなさい」



 あんまりにも突然すぎるじゃない、そんなのってサ。
 恋愛もしたこと無いのに、子供を作らなきゃなんないなんてネ……
 それがこの家に生まれた者に課せられた使命なんだから、嫌だとは言えるわけないんだけど、それでも複雑な気分だわ。



 屋敷から少し離れた河原。
 いつもの位置に座り込んで、流れる川をただぼうっと見つめる。私はいつも考えごとがあると、ここに来るのが癖になっていた。
 意外に誰にも見つかんないし、一人で物思いに更けるには打ってつけの場所なのよね。

 その時、ざくっ、ざくっと誰かの足音が近づいて来た。

 誰よ、私の一人の時間を邪魔する不粋な輩はっ。
 振り返るのも癪だったから、足音を無視する事にしたんだけど。

「やあっぱりここにいたんだな、葛葉姉」
「穂波っ」

 苦笑を浮かべながら、私の名前を呼んだのは穂波。
 前当主、大河兄さんの一人息子で私の弟分に当たる。

「ってか、やっぱりって何よ。私がここにいる事、何で知ってるわけ?」
「いや、葛葉姉って、何か考えごとがあるとここに来てるだろ?だから今日もここかなって思って」

 驚いたワ……誰も気付いてないと思ったんだけど。
 こいつは私のそんな癖に気付いていたって訳ね。普段はやんちゃな奴なんだけど、こういう所は結構鋭い。
 それに私が考えごとしてるってよく分かったわね。なるべく顔には出さないように平静を装ったつもりなんだけど、こいつにはお見通しだったみたい。

「隣、いいかな」

 私の返事も聞かずに、隣に並んで座り込む。

「ついに交神だな。おめでとう、葛葉姉」
「……あんがと」

 おめでとう、か。
 まぁ、普通に考えればそうなんだけどネ。

「いいなぁ、俺も早く元服して交神ってやつをしてみたいぜ」
「何言ってんのよ……」
「どんな神様をお望みなんだ? 葛葉姉は面食いだから、美形の神様希望なんだろっ?」
「バカねぇ、顔だけで決める訳にはいかないでショ」
「奉納点結構溜まってきたし、選び放題じゃねーか」
「あんたねぇ。相手は神様なのよ?」
「子供は絶対怪力でムキムキだろ。何てったって葛葉姉の子供なんだからな」
「どおいう意味よっ」

 ……こいつ、私の事元気づけようとしてくれてるのね。
 それくらい、私にだってお見通し。

「ありがと、穂波」
「な、何だよ…葛葉姉らしくねーな」

 あらら、顔を真っ赤にしちゃって。焦ってるわねぇ、ふふっ。

「何かサ……不安なのよネ。恋愛なんかもした事ないのにさ、色んな過程を飛び越して、一気に母親よォ」

 私ったら、何べらべらしゃべってんだろ。
 何故か穂波相手だと、隠し事出来ないっていうか。

「へぇ、恋愛した事なかったんだ」
「ある訳ないでしょ。だいたいそんな暇無かったじゃない? 生まれてからずうっと、訓練やら出陣やらでサ」
「ンな事ねぇだろ。俺だって好きな奴、いるんだぜ?」
「嘘ォ、すっごく意外!で、相手は誰なのよ。私の知ってる娘?」
「分かんねぇ?」
「分かる訳ないでしょ! 勿体ぶらずに教えなさいよ!」
「やだね。葛葉姉には絶対教えてやんねぇよっ」
「うわぁ、何よそれっ!」

 ってか何であんたふてくされてんのよっ! 私が何か機嫌損ねるような事言ったっての!?
 まったく、図体はでかくなってもこういう所はまだまだ子供なんだから……

「……葛葉姉は、俺の事なんてまだまだ半人前の子供だと思ってんだろ?」

 あ、あらやだ……子供みたいだなんて思ったのバレちゃったかしら? 顔に出てた?

「う、うーん。でも半人前だなんて思ってないわよ?
 正直あんた、戦いの才能はあると思うし。竜王兄さんよりよっぽど強いんじゃない?」
「じゃあさ、俺って一人の男としてどう思う?女の葛葉姉から見てさ」

 いつになく真剣ね……切実な問題なのかしら。私も真面目に答えてあげなきゃ。

「うーん……ま、見てくれは悪くない、むしろ美形の部類に入るんじゃないかしらね?
 少なくとも町の女の子は放っておかないと思うな。面食いのこの私が言うんだから間違いないワ」
「そ、そっかな」
「中身の方は……まッ、多少子供っぽい所があるにせよ、なかなか頼り甲斐があると思うわ。あんた、結構しっかりしてるし、そういう男の子ってモテるわよ、きっと」
「……俺って、頼り甲斐ある?」
「だからそう言ってんじゃない」
「じゃあ、さ。葛葉姉も、もっと俺の事、頼ってくれよ……」

 ふわっ、と暖かく、柔らかい感触。
 気が付くと私は、穂波に肩を抱き寄せられていた。

「なっ、何?」
「一人で悩むなよ。強がってばっかじゃ、いつか疲れちまうぜ」
「私がいつ強がってるってのよ」
「無理、しないでくれよ。そんなんじゃいつか、葛葉姉が壊れちまう」

 ぎゅっと、強く抱き締められる。
 いつまでも子供だと思っていたけど、近くで見る大きな体に思いがけず心臓が高鳴る。
 気付かないうちに、こんなに大きくなってたのね……
 私を抱き締めるその腕も力強い。小さい時に腕相撲で負かしたのが嘘みたいだ。

「俺さ、やっぱ放っておけない。一人で抱え込まれると、見てるこっちも辛いから」
「ごめん。私ったら自分の事ばっかりで。そして、ありがとね……」

 どうしてだろう。穂波相手だと、何故かこんなに素直になれる。

 ──周囲から期待されて生まれた私は、周りの期待に答えられるよう、必死に強い子供を演じてきた。
 だから辛い事があっても、誰にも何も言えず、ここで一人で思い悩むだけだった。
 だけど穂波は、その事に気が付いていてくれたんだね。
 そして、今私の力になってくれようとしている。
 本当に、嬉しいよ……

「……だけどこーいう事は、好きな女の子にしてあげなさいね?」
「〜〜〜ッ!」

 何か言いたげな様子で私を凝視する穂波。
 な、何? 私、何か可笑しな事言ったかしら?

「〜っだああああッ! 何でなんだよ葛葉姉っ!」
「な、何よ! あんたも男なら、言いたい事くらいハッキリ言いなさいよ!」
「言ったな! よぉしそんじゃあそのまま目ェ瞑ってじっとしてろッ!」

 何よソレッ!
 しかしはっきりしろと言ってしまった以上、文句を言う事も出来ず、言葉に従い目を瞑る。

 そしてはたと、私は気付いた。

 ち、ちょっと待ってこの状況ってまさか劇なんかによくある!
 愛し合う男女が愛を確かめあう為に唇を……ってこれ以上考えられねぇ〜!
 ってまさか穂波の言う好きな女の子って!

 頭のなかで葛藤してる間に、穂波の手が私の頬に触れた。
 う、嘘嘘うそうそ〜〜〜!!?

「なぁんてな、やっぱりやーめたっと」
「は、はぁッ?」
「ああもうこんなに暗くなってきちまった! さっさと帰って飯だ飯っ!」
「ってちょっとあんたッ!」
「ほら葛葉姉も早く帰ろうぜ! イツ花たちが待ってるぜ!」

 そのまま、脱兎の如く走り去ってしまった。
 ってか何よ! 何でそんな、中途半端な真似するわけッ!?

 あ、あれ?
 ひょっとして私、期待してたの……?
 えええええッ!!?



 私が自分の本当の気持ちに気が付くまで、あとちょっと時間がかかる訳なんだけど……



 そして一月後、七天斎八起様と私は交神した。
 思ってたより、あっさりと終わっちゃったから、正直拍子抜けしてしまった。
 そして生まれた子供の名前は輝夜。私そっくりの可愛い女の子だ。

 それから私と穂波がどうなったかていうと、実は関係はちいっとも進展してないのよ、これがまた。
 ただ、お互い気持ちは同じはず。何か恋人とかじゃないんだけど、それに近いっていうか、上手く言葉に出来ないけど、とにかくあっさりしたものだ。
 多分家族の皆は私たちの気持ちとか、気付いていないんじゃないかな?
 唯一、私のすぐ下の妹で、穂波のすぐ上の姉である風音だけは、何か感付いてるみたいだけど。

 先は長い、なぁんて言えない状況なんだけど、これからゆっくりと育んでいきたい、何て柄にもなく思うのでありました。



【俺屍】降りしきる

 親父はいつでも笑顔を絶やさない人だった。

 どんなに辛い事があっても、くよくよするのはほんの少し。
 あとはいつもの笑顔に戻り、決まってこう言うのだ。

「俺たちはとても短い時間しか生きられないからさ。
 その限られた時間の中で、悲しむよりも沢山、笑っていたいじゃないか」

 先代の美波姉が亡くなって、当主に就任した時も親父はそう言っていた。

 正直、あの笑顔は俺の癇に障る。
 理由はよく分からない。だけどとにかく、あの笑顔を見るだけで無性にイラ立つというか。
 これも少し早い反抗期というやつなのだろうか。



***



 カン、カンッと薙刀の刃がぶつかり合う音が、訓練場に小気味よく響く。

 訓練期間中の俺をご指導下さってるのは、当主である我が親父殿。
 俺たち以外の家族は、今月は全員相翼院へ討伐中だ。

「そろそろ休憩しないか、穂波」

 息を切らしながら親父は言う。
 そういえば少し疲れたな。昼メシには少し早い時間だが、俺達は休憩を取る事にした。

 縁側に並んで腰をかけて、イツ花の入れてくれた冷たいお茶を飲む。
 吹き抜ける爽やかな風がとても心地良い。至福の時ってこんなもんだよな、とふと考えてみたり。

「なぁ、穂波。お前、好きな女の子とかいないのか?」

 突然の台詞にぶはぁっ!と飲みかけのお茶を思いっきり吹き出してしまった。

「何やってんだよお前は……汚いなあ」
「親父がいきなりンな事言い出すからだろッ!」
「あはは、悪ィ悪ィ。で、どうなんだよ実際の所は?」

 一人の少女の姿が、俺の脳裏をちらりと掠めた。
 まァ、親父に嘘ついてもすぐバレるだろうし、腹を括って正直に答える事にする。

「ま、いるこたぁいる、かな」
「おぉっ、なかなかやるじねぇか、お前も……ひひッ」
「だから何だってんだよ……」

 うわ、やっぱ言うんじゃなかった……。

「俺も、さ。好きな女がいたんだ……別におかしくないだろ?」

 唐突に、いつになく真面目な顔で親父は言った。

「ほら、いつもうちが使ってる装飾品屋の文さん、あの人の娘さんなんだけどさ」
「あぁ……お鈴さん、だっけ」

 親父が何故、突然こんな話を始めたのかは分からない。
 だけどその真剣な面持ちに気圧され、俺は大人しく話を聞く事にした。

「初めて会った時からあの人は運命の人だって思ったんだ……おい、笑うなって。
 本当、マジな話。話してみると凄く明るくていい子だしさ」

 意外だな。親父がそこまで一人の女性の事を真剣に想っていたなんて。
 親父は誰にでも平等に優しかったからな……。

「なぁ、ちょっとこれを見てくれよ」

 親父は懐から何かを取り出し、俺にぽいと投げて寄越した。
 それは木で作られたかんざしだった。
 素材自体はそんなにいいものではなかった。だが俺が驚いたのは彫り込まれた細工のその緻密さだ。
 椿の花をかたどったそれは、その手に関しては素人の俺にも分かるくらい丁寧に、精巧に彫られていた。
 これを彫った人はよほど名の知られた職人に違いない。

「こんなもんどうしたんだよ。高かったんじゃねぇの?」
「あ、それ俺が作ったんだよ」

 俄かには信じられない台詞に、俺は危うく手にした湯呑みを取り落とす所だった。

「はっはっは、驚いただろ? 俺にはこんな特技があるんだぜ?」
「マジかよ……」

 ……人間、何か一つは取り柄はあるらしい。

「このかんざしさ、本当はお鈴さんにあげるつもりだったんだ」
「え、あげないのかよ? そんなに良く出来てるのに……」
「もうすぐ死んでいく人間に、こんなもん貰ってもさ。あっちにも迷惑だろ」

 一瞬、親父が何を言っているのか分からなかった。

「なっ……何言ってやがるんだ! 何で弱気になってんだよッ!」

 我に返った俺は、思わず親父に怒鳴っていた。

「何か? じゃあ親父はこのまま何も言わずにいるつもりなのか?」
「ああその通りだ」

 あっさりと親父はそう言い放ちやがった。

「だってそうだろう? もうすぐ死んでいく人間に“好きだ”なんて言われたって、それからお鈴さんはどうなるんだ?
 向こうの気持ちも考えてみろよ。お互いに気まずくなるだけだ。中途半端な真似はしたくない」

 ……確かに親父の言い分はごもっともだ。
 だけどそれで、納得なんて出来る訳ないだろ!

「でも、親父はそれで本当にいいのか!?」
「ああ、俺はこのままでいいさ」

 いつもの笑顔で、親父はそう言った。
 ――その笑顔を見て、俺の怒りは遂に頂点に達した。



「ンな弱気な親父は大ッ嫌いだ! 馬っ鹿野郎ッ!」



 それだけ言い放ち、俺はその場を駆け出していた。

 ……ああ、今分かった。俺が親父の笑顔が嫌いな理由が。
 悲しみを押し隠した、作り物めいたその笑顔が大嫌いだったんだ。
 自分に嘘を吐いている、その偽りの笑顔が大嫌いだったんだ……



(畜生!何で笑っていられるんだよ!何で自分の心に嘘なんてつくんだよ!)



 ただ、親父のあの笑顔が、目に焼き付いて離れなかった。



***



 ──あれから一月後、親父は逝った。
 老いと、悪鬼の撒き散らした流行り病が重なり、それがますます親父の死期を早めたようだ。
 遺言めいた言葉は何一つ言わなかった。
 ……そのあまりにも呆気ない最期に、涙も流れなかった。

 簡単な葬式を済ませた後、俺はイツ花と二人で親父の遺品の整理をしていた。
 俺が生まれた時に撮ったらしい、家族の写真。
 ぼろぼろの半紙に書かれた、五・七・五・七・七の言葉たち──親父が和歌を嗜んでいたなんて、全然知らなかった。

 そして、小さな綺麗な箱に収められた、あのかんざしを見つけた。
 それを見つけた瞬間、俺の心臓が大きく跳ね上がった。

 ──こんなに大事にしまっておくなんて、結局諦めきれてなかったんじゃないか!
 口ではああ言っていた癖に、本当は逢いたくて仕方なかったんじゃねえのかよ!
 本当にあんたは大馬鹿者だよ、親父ッ……!



***



 その日は激しい雨が降っていた。
 俺の足が向かう先は、街中の大通りの文さんの装飾品屋。
 手の中にはあのかんざし。

 ──ごめん、親父。
 お節介かもしれねえけど、俺はこのままにしておけない。



「あら、こんにちは、穂波君。どうしました、こんな雨の中を一人で?」

 出迎えてくれたのは、文さんの娘のお鈴さん。
 白い雪の様な肌をした、笑顔のよく似合う可愛らしい女性だ。
 大きな目をこちらに向けながら、怪訝そうに問い掛けてくる。



「親父が亡くなりました」



 単刀直入に俺はそう告げた。
 ……不器用だから気の利いた台詞が言えない。そんな自分が、今はひどくもどかしかった。

 瞬時に、お鈴さんの表情が凍り付く。

「え……大河さん、亡くなったんですか……?」
「……はい。五日前に、流行り病で」

 そう言って俺は、そっとお鈴さんにあのかんざしを差し出した。

「親父があなたの為に作ったものです。受け取ってもらえますか」
「大河さんが……!」

 俺の手からかんざしを受け取るなり、お鈴さんはその場で泣き崩れた。
 雨や泥で着物が汚れていたが、そんな事は気にならない様であった。
 俺は黙って、自分の差していた傘をお鈴さんに差し出した。
 お鈴さんは俺の胸に縋り付き、大きな声で泣きじゃくる。

「……親父は、あなたの事を、真剣に想っていました。俺は、それをあなたに知って欲しかった」
「ああ………私も、私も大河さんを、お慕いしておりました……!」

 ……親父の馬鹿野郎!
 何で、何で一言でもこの人に、あんたの本当の気持ちを、あんたの口から伝えてやらなかったんだ!



「大河さん……もう一度貴方様に、お会いしたかった……」


 ……お鈴さんのその言葉を聞いて、俺はここで初めて泣いた。

 手先は器用だったけど、色恋には不器用だった、親父の死に静かに泣いた。



 雨が、涙を全て洗い流してくれた。
 冷たい雨が降りしきる中、俺とお鈴さんは二人、親父を想って、いつまでも泣き続けていた。



***



 あれから三日が経った。
 間抜けな事に俺は雨に打たれまくった所為で、風邪をこじらせてしまっていた。
 三日経った今でもまだ熱は下がらないときたもんだから、まったく情けない事この上ない。

「あんた本当に馬鹿ねぇ。傘さして出掛けてった癖に、何でびしょ濡れて帰ってくんのよ」

 熱で苦しむ俺を笑い飛ばすのは葛葉姉。
 それでも一生懸命に看病してくれている。

 ……以前、親父に告げた“好きな女”ってのがこの葛葉姉だったりするのだが、それはまだここだけの話だ。

 お鈴さんは今日も、文さんの装飾品屋の看板娘として元気に働いている。
 彼女の頭を飾るのはあの木彫りのかんざし。何でもあの細工の素晴らしさが人々の話題を呼んだらしく、ここ最近は客足が増えてきたという。
 今日もお店は大繁盛。この店が京一番になる日は案外近いかもしれない。

 そして、すっかり晴れ渡った空を見上げる。

 親父はきっと天国で笑っているのだろう。
 作り物ではない、本物の笑顔で。

「ちょっと!あんた病人の癖にあんまりうろつかないでよねッ! 悪化したって知らないわよ!」
「わあったよッ!」

 葛葉姉の呼び掛けに、乱暴に返事をしつつ、俺はもう一度空を見上げて呟いた。

 ――俺は親父みたいになんかならない。
 作り物の笑顔なんてまっぴらだ。
 本当の笑顔で、きっといつか、大切な人に本当の気持ちを伝えるんだ。



 空が、笑ったような気がした。





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