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【NWR】ロスト・イノセントB

「……成程。そうして君達は見事に迷子になってしまったんだ、と」

 青年が神妙な面持ちで呟く。だが、その口調はどことなく面白がっているように感じられる。
 すかさず「迷子じゃねえ遭難だ!」とツァイスが突っ込んだが、青年は楽しそうにくつくつと笑うばかりだった。「どのみち聞こえは良くねえだろ」と、ツィアオが食って掛かるツァイスを面白そうに囃し立てる。
 そして相変わらず仏頂面のまま黙り込んでいるクルーエル。突如姿を現したその青年に対して警戒心を拭い去れないらしく、双眸に剣呑な光が宿っていた。



 短く刈った金色の髪、夜の闇を思わせる漆黒の双眸の青年──コクヒ、と名乗った彼は、森の麓の集落で暮らす狩人だという。
 最初、繁みから姿を現した青年に対して警戒心を露にしていたツァイス達だったが、彼の親しげな様子に緊張感も徐々に解れていった。それに、元々ツァイスは人懐っこい性格なのだ。
 決して油断している訳ではない。だが、第一声が「御機嫌よう、迷子ちゃん達」だったのだから、張り詰めた緊張感も萎えるというものだ。最初は胡散臭そうにしていたツィアオも、これには堪らず吹き出した程である。

 コクヒ曰く、この森ではよく迷子、もとい遭難者が出ているらしい。なので遭難者への対応もよく心得ており、それがツァイス達に安心感を与えたのだとも言える。クルーエルだけはやはり気を許すつもりはないようだが。
 森自体に奇妙な磁場の発生している場所があるようだが、その理由は地元民の彼にもよく分かっていないらしい。だが幼い頃からここで暮らしているコクヒは法則性を熟知しており、仮に迷宮に足を踏み入れた場合も難なく抜け出す事が出来るという。
 そして正に今、彼の案内で自然の迷宮から抜け出そうとしている3人であった。

「……ふうん。ユーリピナに伝わる伝承を求めて、はるばるやって来たという訳なんだ」
「まぁな。その伝説とやらについて、コクヒは何か知らねえか?」

 このまま手ぶらで帰るのも癪だし、とツィアオが付け加える。
 磁場の狂った森で散々歩き回らされた、という土産話だけではどうも心許ない。クルーエルに取り上げられた謎のオーパーツの件もあるが、これだけではクライアントに提示された依頼報酬に見合わないのも確かなのだ。探索の成果に関わらず報酬は受け取れるのだが、プロとしての矜持がそれを許さない。
 うーん、とコクヒが相槌を打つ。君達の期待に応えられるか分からないけど、と前置きした上で朗々と語り始める。

「ユーリピナで嘗て栄えた王国の話は、確かに僕らの集落でも伝えられているよ。不可思議な術を扱う一族の伝承と共にね」

 魔術を用いて国を大きく発展させ、大陸中にその栄華を轟かせるようになった王国だが、いつしか滅びの一途を辿って行った。ここまではツァイス達の知る情報とほぼ変わりは無い。
 滅亡の原因として隣国の侵略や悪性ウィルスの蔓延や諸説あったが、コクヒは「そのいずれも違う」と言い切った。新たな情報にツァイスとツィアオが目を輝かせる。

「どうして王国は滅びたのか。それはね……狩られた続けたからなのさ」
「狩られた……?」
「そう。彼ら一族の特殊能力に目を付けた、欲深い連中達にね」

 コクヒの口調が徐々に荒くなっていく。
 ごくり、と生唾を飲むツァイス。興味津々な様子のツィアオ。クルーエルの眉間に刻まれた皺が更に深くなる。

「心優しかったかの一族の生き残り、彼らはやがて世界に復讐を誓うようになる。この狂った世界に業火の洗礼を与えるべく、ね」
「うわ、更に後味の悪い結末があったのか」
「……いや、まだ彼らの復讐は終わっていない。今も何処かで、秘かに反逆の機会を窺っているという話さ」
「な、何つーか、段々ホラーじみてきたな……」

 心優しかった、とまで伝えられるかの一族が、今や世界を相手に復讐を為そうとしている。
 その憎悪は如何なるものであったのか、それが理解出来るかい……訥々と続ける青年の声音は堂に入っている。

「為す術も無く狩られていく同族の血を浴び続けた彼らは、やがてその心までも壊れてしまった……そして、復讐の鬼となったんだ」

 血の匂いは、確実に人を狂わせる──
 コクヒの漆黒の双眸が剣呑な光を帯びた。ツァイスが一歩後退り、ツィアオが反射的に身構える。俄かに緊張感を孕んだこの空気の中、クルーエルの忌々しげな舌打ちが響く。

「馬鹿馬鹿しい、所詮は伝承に過ぎないのだろう。お前達も何をビビってるんだ」
「べ、別にビビってねーし!」
「コクヒの話し方が上手かったから、つい引き込まれちまった」
「あはは、驚かせてごめん。僕も昔は、年寄り達にこうやって散々脅かされたものさ」

 コクヒの朗らかな笑い声が辺りに響く。爺ちゃん達の真似してみたんだけど、驚いただろ──と陽気に話す様子からは、先程の剣呑な雰囲気など微塵も窺えなかった。
 観光案内とか向いてるんじゃねーの、とからかうツァイス達とは対照的に、クルーエルは未だ警戒心を隠そうともしていなかった。これが普段通りだと言えなくもないのだが。

「で、まだ続きがもうちょっとあるんだけど、聞きたい?」
「おおっ、是非聞かせてくれ!」
「クルーエル、君はどうなんだい。こういう話とか続けても、大丈夫?」
「……俺の機嫌を取る必要も無いだろう。勝手に続けろ」
「ありがと。それじゃ失礼して──かの一族には生き残りがいると言ったよね。王国の血も、また途絶えてはいなかったんだ。その最後の王様、というのがまた話の肝でね……」

 かの王国の最後の王の名前。月の花、と書いてユェファ。
 王国の戦士達を率いて侵略者と果敢に戦うも、遂に戦場で命を落とした月花。彼女の崩御がきっかけで、かの一族は復讐と憎悪に彩られていったという。美貌だけでなく聡明さも持ち合わせていた月花は、民や一族の希望の光だったのだ。
 彼女を奪われた一族の憎しみは想像に難くない……とコクヒは語る。臨場感溢れるその語り口に、ツァイスとツィアオも興奮を隠しきれない様子だった。

「月花は、それはそれは美しい姫君だったそうだよ。一度、お目に掛かってみたいね?」
「あー駄目だって。ツァイスには他に想う女の子が居るから、誘惑しないでやってくれない?」
「ななななな何を言ってやがるツィア! おおおお俺は別にそんなんじゃ!」
「へえ、僕にもその話、もっと詳しく聞かせてよ」
「ちょっ何なんだよこの流れはああああッ!」

 何故か話題は恋バナに発展してしまった。ツァイスを中心に妙に盛り上がり始めた男どもを冷めた視線で見遣り、クルーエルが不機嫌そうに息を吐いた。
 そんな彼をちらりとコクヒが一瞥する。すぐにツァイス達の騒ぎに乗り込みそんな素振りさえ見せなかったが、確かにコクヒはクルーエルを意識していた。
 そして、彼の意味深な視線にクルーエルも気付いていた。コクヒの狙いまでは分からなかったが、最初から彼がクルーエルを殊更に意識していたという事実にも。

「最初っからバレバレだっての。ほら潔く吐いちまえよ、フルールに惚れてるんだって!」
「ふうん、フルールっていうんだ。可愛い名前だね」
「ぎゃああああああお願いだからもう黙ってくださいいいいい!!!」

 男達の賑やかな声が、静かな森の中に響き渡った。





「……散々迷った割には、結構呆気なく脱出できたな」
「まぁ、迷子なんてそんなものだよ」
「だから迷子じゃねえ遭難だっての!」

 コクヒの案内により無事に森の外へと辿り着いた一行。日は既に傾き始め、カラスの鳴き声が聞こえてくる。
 ようやく現実に帰ってきた。鬱蒼とした木々の茂る光景に飽き飽きしていたツァイスとツィアオが大きく背伸びする。ちなみにクルーエルの仏頂面は未だ健在である。

「そんでもって、あんだけ苦労した割に得られたものと言えばこれだけか……」
「? それは……」
「ああ、森の中で見付けたんだ。これって古代のオーパーツか何かだろ?」

 クルーエルを説得してようやく取り返した例のオーパーツを懐から取り出し、コクヒに手渡すツィアオ。
 レアアイテムに違いないと信じていたが、地元民である彼のお墨付きがあればいう事なしだ。

「……あ、今更だけど返せとか言わないよな……?」
「うーん、これが希少な物なのか僕には分からないけど、君達が見付けたものだろ? 仕事に必要な物なら、持って帰っても構わないよ」
「おおっ、ありがてえ!」

 とりあえず、最低限の仕事は出来たという訳だ。
 磁場の狂った不思議な森、王国の伝承、そして一族の生き残りの話。これだけでクライアントを満足させられるかは分からないが、少なくともコクヒという青年との出会いは幸運だったと言えるだろう。新たに彼から得られた伝承の話も、ツァイス達の好奇心を満足させるには十分であった。

「そういえば、その一族は何て呼ばれてんだ? 王様の名前が分かるなら、王国の名前なんかも伝わってるんだろ?」
「……そうだね。君たちには忘れ去られて久しい、彼らの名前を教えてあげる……」

 ──アリアイリア。
 コクヒが少し寂しげな口調で、しかし一字一句はっきりと、その名を言の葉に紡ぐ。
 そして、彼の視界の片隅に捉えられたクルーエルの表情もまた、どこか物憂げな色を帯びていたのだった。

「……アリアイリア王族の血もまた途絶えてはいない。その高潔な血脈は、現代にも受け継がれているという話さ。
 もしかしたら月花の血を引く人間は、意外と近くにいるのかもしれないね……?」
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