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トクン、トクンと(白哉)※

白哉様

何度もその名前を心の中で叫んで、わたしはある部屋の前に辿り着いた

深く息を吸って静かに吐き出す
乱れた呼吸を整えて、そっと扉に手を掛けた

開けば、そこには、白い顔で横たわる人

一瞬、背筋が凍った
その姿はあまりにも儚げで

しかし、上下する胸に気付いて安堵する

生きている
それを確認した瞬間、わたしはその場に座り込んだ

どこにも力が入らない



それから只ひらすらに、彼が目覚めるのを待った

何時間経っただろう
指先がかすかに動いて、彼がうっすらと目を開けた

そしてわたしを確認して、次には目を見開いた



「何故、お前が」

「お怪我をされたと聞いて、屋敷におることができませんでした」

「戻れ。お前がおって良い場所ではない」

「戻り、ません」

「分からぬ奴だな。此処は」

「もう、お話することはできないかもしれないと、思っていました」

嗚呼
こんな醜い姿を晒すために来たわけではないのに

目覚めたばかりの彼よりかすれた情けない声

「不安で、不安で。白哉様が居なくなってしまわれたらと思うと、息が」

出来ません



「早くお元気になって下さい…」

使用人として度を越えたことをしていることはわかっていた
彼が憤慨する理由もわかる

それでも抑えきれない衝動に突き動かされて、ここにいる

彼の全てがわたしを形作り、生かしているから

「失うことが恐ろしいのです…」

心臓を無くした容れモノは、動くことなど出来ません

まだ生きている(マユリ)

廊下で角のはえた人に会う

「阿近さん…、お疲れさまです」

「何やってんだ?こんなとこで」

「隊長に、お食事を」

「…で?隊長は?」

「要らない、と言われてしまいました」

「そーだろうな。局長、飯なんて滅多に食わねぇし」

「滅多に、ですか」

「研究がつまってる時や、急ぐ実験がある時なんかは特にな」

「倒れられたり、しないんですか?」

「動くのに必要最低限な栄養は注射で摂ってるさ」

「それは、体によくないのでは」

「好ましくはないだろうけど、局長がそんなこと構う人だと思うか?」

「思わないです…」

紫煙が広がった

「自分の興味を満たす実験・研究をするために必要なことしかしない。そういう人だ。もしどこか悪くなったとしても、切開して治しちまうだろうよ」

煙が目にしみる

「その飯、どうするんだ?」

「えっと…、どうにか自分で食べようかと」

「良かったら俺にくれねぇか。今日まだ食ってねぇんだ」

「阿近さんは食事されるんですか」

「局長と俺を一緒にするなよ。針一本で終わり、なんて御免だ。忙しくてどうにもならない時はするが、あれは気持ちのいいもんじゃねぇよ」

「それは、隊長も同じでしょうか」

「ん?」

「気持のいいものではない、のでしょうか」

「どうだかなー。元から飯に何も求めちゃいないんだろ」

「そうですか…」

そうしてそっと箱を差し出す
見た目は拙くて恥ずかしいけれど

「…美味いな。お前が作ったのか?」

「はい。少し早起きして台所を拝借しました」

「そこまでして局長に食べさせたかったのか」

ドキッとした

「忙しく働いてらっしゃるので、何か出来ることはないかと思ったんですが、隊長には要らぬお世話だったようですね…」

「ですってよ、局長」

「え?」

「全く煩いんだヨ、ごちゃごちゃと。廊下は雑談の為にあるのかネ、エ?」

急に現れた人と立ち去る人

「すみませんでした。それじゃ、俺はこれで」

「阿近さん、え」

「まだ居たのかネ。要らんと言った筈だガ?」

「しかし隊長、注射だけではお体に支障をきたします」

「その時は幾らでも造り替えるから問題ないヨ。下がり給エ」

「もっと、ご自分を大切にしてください…」

「そんなことして何の得があると言うのだネ?最低限で構わないダロウ」

「造り替えられると言っても、それは偽物です。生まれ持った、ご自身をどうか大切に。死んでしまったら生き返ることは出来ないのです」

「…なら、もっと手早く食べれるものを持って来給えヨ」

想いは、伝わったらしい

幻想、信仰(平子)

「どう教育したらいいのか、未だにわからなくて」

隊長がゆっくり口を開いた

「俺はな、『教育』は空想の産物や思てるで」

「空想の産物?」

「自分が出来た器やないのに、教育なんて出来る思わへんねん。エゴっちゅうもんや」

エゴという響きに衝撃が走った

今まで正しいと信じて行ってきた教育という行動が、そんな言われ方をするなんて

「教えるなんて出来へん。悟らせるなんて神の領域や。俺に出来んのはな、何を思て何をしてきたか、伝えることだけや」

わたしは沈黙してしまった

隊長の言っていることはあまりにも正しい

「けどそんな無能な姿をな、表に出したらアカンねん。隊長っちゅうもんは」

重たい衝撃の余韻で俯いたわたし

その頭で思考する

ぐるぐる考えるうちに、今までしてきた行為が恥ずかしくなった
わたしは自身に、教育する立場と器があると思い込んでいた
今一度、自分に問い直してみる

果たしてそんな力量あるだろうか

俯くわたしに、隊長が「すまんな」と謝った

「説教じみたことしてしもた。エゴや言うておきながら、本末転倒や」

その口調は、しかし
教育者のそれ、そのものだった
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