聖職者に、望んでなった訳じゃない
イノセンスなんて要らない
それが私がエクソシストになってから思うこと

毎日そればかり考えて生きている



私はもっと、普通の生活がしたかった

神に選ばれなくていい
私を必要としてくれる人と、一緒にいることが出来るなら、それで良かったのに

私がイノセンスの適合者となったばかりに、それを狙いに来たAKUMAに大切な人が奪われた

だからイノセンスなんて要らないし、むしろ嫌いだ



エクソシストになってから、何度か任務に行っているものの、何のために戦っているのかわからなかった

ある日いきなり神に選ばれましたと言われても、はいそうですかと世界に身を捧げる覚悟は生まれない

他のエクソシストはどうしているのだろう
それまで興味もなかった、他のエクソシストを注意深く観察してみると

皆世界のためなんかじゃなく、大切なもののために戦っていた

ある人は家族のため、ある人は過去のため、ある人は自分のため

世界のため、なんて大義名分、一番に掲げている人はいなかった

それを知って、肩の荷が降りたと同時に押し寄せるものがあった

私は、大切なものがない
失ってしまった今、何も持っていない

では私はどうして戦うのか

今、私に牙を向けるAKUMAを滅する理由は、ただ単にここで死にたくないから、だ



そんな日が続いていた時
ある任務につくことになった
アレン・ウォーカーと奇怪な現象の起こる地域に行き、イノセンスかどうか確認すること

この彼もまた、数奇な運命を歩む人物だった

自分ではない誰かが中におり、自らを浸食しつつある
それは恐ろしいことだと思う

アイデンティティーが消滅していく、その過程に彼は耐えて日々戦っている

そんな彼に話が聞きたかった
自分のその運命を、恨んだことがないのかと

私は恨んでばかりで、どうしても抜け出せそうになかったから

一番壮絶な運命の彼に、聞いてみたかった


しかしその質問をする前、その地域に足を踏み入れた瞬間、AKUMA達が襲ってきた

今回もイノセンスで決まりの様だ
そして今回も、生きて帰るのが大変そうだ

口に出しかけた質問を飲み込み、AKUMAに刃を向ける



ノアと神の結晶の取り合い
幾度繰りかえれば終わりを迎えるのか

苦々しい思いを抱えたまま戦っていると、突如現れた新しいAKUMAに四方を囲まれた

これはまずい

そう思った直後に強烈な蹴りが私の腹に飛んだ



刃で退けながらも結構な距離飛ばされ、瓦礫の壁に背を打ちつける

全身に痛みの雷が走る
経験はないが、骨に亀裂が入る感じがした

肺に強い衝撃を受け、上手く息ができない私にAKUMA達が襲い掛かってくるのが見えた

霞む景色の中、あぁここで死ぬのだ、と

そう悟った次の瞬間



暗い戦場に似合わない色が、視界に飛び込んできた

その色は私の前に立ち、AKUMA達に向かって炎を出す

業火は瞬く間にAKUMA達を退け、私に息する暇を与えた



霞む目を凝らして見ると、その色はアレン・ウォーカーに付いていた監査官、その人だった

この人はエクソシストではない筈
では、今見た炎は

言葉にしようと口を開くが何も出てこない

乾いた咳だけ盛大に喉を塞ぐ中、その人は未だ私の前に立ち続け、肩を揺らして言った

「大丈夫ですか…っ」

それで漸く、助けられたことに気付く

周りには私と彼を囲うようにお札が環を描いており、それが守ってくれているらしい

彼は切迫した声で、私になお声を掛ける

「生きていますか!」



よくも知らないエクソシストを、エクソシストではない彼が身を挺して守ろうとしている

私はそんなに価値のある人間ではない
誰かが傷付いてまで守るような人間ではない

私のことはいいから逃げて、と
発せない声の代わりに彼に腕を伸ばせば

「無事ですか…!良かった…!」

心から命を心配した声が聞こえ、それ以上動かせなくなった



彼はお札でAKUMAを退け続け、私を気にし続けている
途端に申し訳なく思えた

AKUMAを滅することができるのは私の方なのに
彼にばかり酷を強いている
こんな状況では死んでも死にきれない

痛む肺の悲鳴を無視し、無理矢理立ち上がった私に彼が気付く

「だいじ、「少し…支えて、いてください」」

彼の言葉を遮り、彼に言った

枯れた声でよく聞こえたかわからないが、彼は理解したように私の体を支える

私は今、AKUMAを消滅させるためにここにいる

一筋の光が空を走り、AKUMAは姿を消した



途端にどっと力の抜ける体

それを、彼が後ろから支えてくれた

「大丈夫ですか?」

耳元で、幾度となく心配する声に疑問を重ねる

「…何故…、私を、助けたんですか」

彼は理解できないという風に首を傾げ、当たり前のように言った

「命が危なそうな人間を、助けてはいけませんか?」

あぁ、そうか
私がエクソシストだからではなく、危機に瀕していたから

私が死にたくないと刃を向ける理由と少し似ている

「貴方は大切な使徒ではありますが、それ以前に一人の人間でしょう」

後ろから支える腕に力が入る

「目の前で、一つの命が失われる様を黙って見ていられる程、非情ではありません」



頭で考えているのではなく動く体

それは自分へのプライドでありエゴと宿命
私が戦いに向く理由にも、通じる気がした

私は何故戦うのか
守るべき大切なものは何か

その答えにはまだ辿りつけないが、その一端が見えた気がする
満月が照らすこの夜