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ミッドナイト・ブレイク・3(エルヴィン)

それから少しして忙しくなり、数日間窓の外を見ることがなかった



その日は久々に日付が変わる前に書類を終え、息をついて窓の外を見た

満月はもう欠けてしまっている
照らされる明るさの少なくなった庭
薄闇の中、何かがいるのが見えた

あれは、人影

目を凝らしてじっと見ると、その人影は庭にある坂の斜面に座り、空を見上げているようだった

すぐさまあの顔が過ぎる
彼女に、違いないと思った

巨人の恐怖がない深夜
外に出て風に当たり、月を見て何を思うのか

考える前に体が動いていた
自分らしくない
人に感化され、あまり理があるとは思えない行動に移すなど

ただ今は彼女の頭の中を、覗いてみたいと思った



扉を開けると、一陣の風が頬を撫でた
薄闇の中、月光だけが足元を照らす
深呼吸をして目を閉じたくなる、非現実感

静かだからだろうか
それとも、心の制御装置が機能していないからだろうか

一歩一歩彼女に近付く
彼女はまだ気付かない
時折吹く風の音に耳を任せているのか

すぐ後ろまで来て、どう声を掛けようと考えていると
彼女が見上げていた顔をふと下げた
そして、横にいた自分の影に気付き、驚きを見せた

「だ…!んちょう」

心底驚いたという様な目は、あの時に少し似ている

「あ、え…と」

何か言わなければいけないと思っているらしい
いきなり普段関わりのない上司が現れたらそうなるか、と自嘲し、静かに彼女の隣に腰かけた

彼女はまた驚いている

声にならない声が出たり入ったりしている

少し可笑しく感じながら、今度は自分が口を開いた

「いつもここに?」

存外柔らかく発せられた声に、彼女の眉が動く

「たまに、です」

会話は続かない
驚かせてはいけないとどこかで思った柔い声色も、あまり意味がなかったようだ

ただ今は夜風が気持ちいい
目を閉じて、この夜に浸ってしまおうと思った

ミッドナイト・ブレイク・2(エルヴィン)

同じことを思う人間がいるのだと感心した
同時に叱咤すべきか迷った

兵士たるもの、いついかなる時も巨人の恐怖には耐えねばならない

それは暗黙の了解であり、矜持である

しかし現に自分も
夜に見る窓の外は心から安心できる、唯一の場所だった

人類の心の中にある不安と恐怖
全て晒け出してしまう夜

叱咤する言葉は続かなかった

「明日の仕事に差し支えが出ない様に」

自分はそれだけ言い、自室へと戻った

置いて行かれた兵士は、拍子抜けした様にこちらを見ていた気がする



自室に戻って窓の外を見る
満月が近い

団長という立場からは、叱咤すべきだったんだろう
ただ今は夜である

少しの人間性が出ただけだ、と珍しく思考を放り投げ、寝室へと向かった



次の日の朝

昨日の廊下で彼女を見た
昨日の兵士だ

リヴァイの斜め後ろに付き、何やら話している

その顔は昨日の焦りや怯えはなく
尊敬されている上司と信頼されている部下の顔だった

「おはようございます」

周りから声が掛かると、リヴァイも彼女もこちらに気付いた
すると彼女の顔色が見る見る変わった
罰の悪そうな、こちらを窺うような顔



「おはようございます」

挨拶する声も幾分頼りなくて、リヴァイもそれに気付く

「お前、緊張でもしてんのか」

「いえ、違います、」

「俺には全くしない癖にな」

「兵長にはもう、慣れましたし、」

会話する二人に思う

上司と部下
この二人には信頼関係が成り立っている
そしてある程度打ち解けている

自分には、そんな存在はいない

「どうしたエルヴィン」

相変わらず表情の変化には敏感なリヴァイが、こちらを見やる

「いや、何でもない」

誤魔化してその場を去った

団長と言うトップである以上、ある程度の物は捨ててきたつもりだ
自分はまだ何を捨て切れていないのだろうか
この、余計なことを考えてしまう思考力だろうか

ミッドナイト・ブレイク・1(エルヴィン)

夜は、人類が唯一、巨人の脅威から逃れられる時間である



何十枚目かの書類の確認を終え、息をつく

先日の壁外調査でも、あまり目ぼしい成果は挙げられなかった
自分の決断は、人類の行く先を左右する
日中は、気の抜く暇もない

もう何年、自分の率直な感情を表に出していないだろう
思い返して途中で止めた
この犠牲は人類の為に必要なのだ
小さなこの犠牲など、命を散らして行った者達に比べれば、足るに足らない

また深い息を落として、窓の外に目を移した
夜風が草を揺らし、月明りが闇を照らす
この時間が唯一、自分と向き合える時間だ

様々な感情と記憶が交錯する

しばらくそうしていたが、いよいよ寝室に足を向けた
明日は、まだある



その日は随分、自室に帰るのが遅くなった
長く静かな廊下を歩いていると、向こうから誰かやってくる
こんな時間に、誰だ
皆寝静まっている中、薄闇に浮かび上がってきたのは一人の兵士だった

自分の顔を見て驚いたように目を開く
そして戸惑いを見せてから、

「団長、お疲れ様です。…お休みなさい」

そう一礼して足早に去って行った

あれは確か、リヴァイの元で働く兵士だったか
こんな時間に何をしていたのか
顔に出ていた焦りが怪しい

「おい、君」

去って行く足音を呼び止めた

「何をしていた」

身内を疑わなければならない立場は、酷だ
だが可能性がある以上放ってはおけない
砦は自分一人なのだから

足音の主は背中を揺らし、ゆっくりこちらを向いた
顔には明らかな狼狽が見て取れる

目の力を強くすれば、兵士は観念したように小さく呟いた

「外に、行こうと思いまして」

その答えは想像していたものとは違い、気が抜ける

「駄目でしょうか」

こちらの顔色を窺う様子から、何か理由があるようだ
不安気な表情

「どうして、外に」

核心を突かれた兵士は少し黙ってから

「巨人が、いないので」

ぽつりと言った

テレサ・終(リヴァイ)

足が治るまで、何度か彼女に会うこととなった

いつ会っても彼女は笑みを湛えており、周りにはひっきりなしに人が来る
手当てされて元気になった者やその家族
いつも感謝を言われており、いつも柔らかな時間が流れていた

自分はと言うと、今まで生きてきてそんな空気を味わったことがなかった為
居心地が悪い様な、合わない様に思っていた

それを知ってか知らずか、彼女は常にこちらを気に掛けていた

包帯を変える度に添えられる手
ゆっくり薬の様に染みていく

それをされる毎に、彼女に寄り添う人々の気持ちが理解出来る気がしていた
自分が特別だと、思ってしまう
無条件に大切にされていると、感じてしまう

この与えられる幸福感こそ、怪我の回復や心の修復に向くのではないか

殺伐とした戦いの日々の中
何より欠落していて何より必要なもの

救護班である彼女が、その役割を負っている



足が治り、彼女の元へとは行かなくなった

ただ、その直後にエルヴィンが言った

「何かを欲している顔をしているぞ」

今の自分は、その何かを知っている

身には覚えのない、母親の様なあの温かさ
生も死も包み込むその細腕に、皆心の記憶を呼び起こす

人類に必要な兵士を救う、その姿は
紛れもなくマザー、であり
自らの中核に浸透しつつあった

テレサ・2(リヴァイ)

それから救護班のテントまで連れてこられ、手当てをされた

彼女は間近で見ると若く、細い、普通の女だった
その細腕はとても頼りなく、捻りあげれば折れてしまいそうなか弱さがある

こんな者に救護など出来るのか
しかし確かに、彼女は先ほどまで兵士の魂を救っていた

マザー
そう呼ばれるにはあまりに若く、筋違いな見かけだった



場違いなことを考えていると、自分の足に手際よく包帯を巻き終え、彼女がこちらを見上げる

そしてその小さな掌を怪我した部位に置き
至極真面目に言った

「早く、良くなりますように」

そんな言葉一つで治るのであれば治療など要らない
どうかしている、と思った
子供騙しをしている程、事態は甘くはない
こちらにも余裕がない

しかし彼女は続ける

「早く、癒えますように」

その掌は不思議と温かい
ギプスと包帯の上
簡単に温度が伝わるとは思えないのに

そうして気付いた
これは心の温度だ

心外ながら、癒されている
こんなことを、されたことがなかったから

記憶にはない、母親の影を見た気がした



マザー

彼女は陰でそう呼ばれている
理由が、少しわかった気がする