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華乃。初めから出会うと分かっていたら。



アキラくん、が腕を引いて、学園内を案内してくれる。
引かれた腕は少し痛かったけど、少しでも学園に馴染めるようにと、彼なりの優しさだから気にならなかった。

いつもバスケをしてるらしい場所では、バスケ仲間にも紹介してもらって、顔見知りが増えた。

途中で、男の子がアキラくんに突進してきた。
彼には見覚えがあった。
同じクラスの朴くんだ。
なんで一緒に居るのかと問うてきたので、アキラくんは慌てて私の腕を離した。
そうか。誰も知らない。
幼馴染みなんだよ、とアキラくんの代わりに答えたら、朴くんは驚いたように目を丸くして、何度も私とアキラくんの顔を交互に見た。
そんな朴くんが鬱陶しくなったのか、アキラくんは朴くんにグーパンを食らわせて、蹴散らす。
なにか言いたそうだった朴くんに手を振ったら、顔を赤くして振り返してくれた。
うん。お友達になれたかな。

その後は腕を引かれる事はなかったけど、案内を続けてくれて、最後に音楽室に連れてきてくれた。

音楽室。

それは私にとって、とても大切な場所で、一番時間を取るのが分かっていたであろうアキラくんは、ピアノの前に座るように促してきた。
それに大きく頷いて、椅子に腰掛ける。

一つ、音を弾く。

近くの椅子に座ったアキラくんが目を閉じたのが分かって、音を繋げる。
幾重にも重ねた音が、室内に広がった。
この感覚が、好きだった。

私がこの学園に転入出来たのは、このおかげだった。

唯一の取り柄。ピアノ。

曲が終わると、アキラくんは大きく拍手をしてくれて、なんだか照れくさい。
そしたら、同時に小さな手を叩く音が聞こえて、その方に目を向ける。
眼鏡をかけた銀髪の人が、ドアの所に立っていた。
それに気付いたアキラくんが、目の色を変えた。

なんでお前が此処にいるんだよ。
それは貴方たちも同じでしょう。
俺は学園案内してたんだよ。
そうですか。

アキラくんの一方的な突っ掛かりに、眼鏡の人は冷たく言い返してくる。
わたわたとピアノ前から立とうとすると、貴女はそのままで、と眼鏡の人に言われた。
仲裁も出来ず、ちょこんと椅子に座るしかなくて。

アキラくんを適当にあしらったその人は、何処かで見た事がある事に気付く。
誰だっけ?


かの、さんですね。
なんでお前が知ってんだよ!
有名な方です。そんな事も知らないんですか。

名前を呼ばれて、同じ奏者なんだと思った。
今度はその人がアキラくんを鬱陶しそうにあしらって、私の前に立つ。


何度かお会いしていますね。
そう言われて、名前が思い出せない事を素直に伝える。
すると愉快そうに笑って、私の手を取った。

あ。

頭を過ぎった名前を口にすると、満足そうに口角を上げる。

後ろからアキラくんが、その手を離せと肩を掴むと、簡単に手を解放してくれて、2人して拍子抜けした。助かったんだけど。


どうしてアキラなんかと?
なんかってなんだよ!
幼馴染みなんです。
そうでしたか、大変ですね。
おい!

ピアノを囲んで、話していると予鈴が鳴った。

教室、分かるな?
分かるよ!

最後までアキラくんに心配されて、やっぱり恥ずかしかった。

千代塚。女の子らしさとは。



まさか。
いや、気付いてはいたけど。


来栖と仕事をする事になった。
正しくは小傍さんと、だ。
そして俺も、ちゆとして。

しかしながら、難しいのは、俺の場合「ちゆ」は男だと分かっているけど、「小傍」は女として認識されている事だ。

小傍さんの方が「女の子らしく」見えなければならないし、オフでも「女の子」でいないといけない来栖の苦労は計り知れない。
最初から「女装」だと周知されていた俺とは大違いだ。


撮影の合間。終始無言の小傍さんの近くに座って、その様子を伺った。

紙コップをわざわざ両手で握って、足も頑張って閉じている。
普段の男らしさは一瞬見えても、すぐに隠す。
その男らしさに気付いたのは多分俺だけだろうけど。


「…なに、か?」

「え?」


あまりにも凝視していたらしい俺。
視線に耐え兼ねた小傍さんが、ぼそりと呟くように言った。


「あー、いや、うん」


一応、分かってはいても、女の子の振りをした俺は、にこりと笑って首を傾げる。
するとつられた様に首を傾げた小傍さん。


「女性らしい仕草って大変だなって思って」

「え?」

「いや、それだけ」

「は、はぁ」


バレたかな。
俺は小傍さんが男だって知ってるよ。
遠回しにそう言ったつもりだった。

でも気付かなかったのか、怪訝そうな返事が返ってきた。


「まぁ、仕事って多少は無理するものだもんね」


再度笑みを浮かべて、ペットボトルに挿したストローに口を付ける。
その仕草を見惚れたように食い入って見る小傍さんに、噴き出しそうになるが、我慢我慢。

俺だって、女装とは分かっていても、女の子らしい仕草は勉強したつもりだ。
上手くいっているみたいで、良かった。




「もーぅ、私も誘ってよー!」

そう叫んだのは月宮先生だった。
いや貴方が一番女性らしいです。

リオ。もう振り返らない。





「…流石、元女王やな」


後輩君が、ポロっと漏らした言葉に苦笑いを浮かべてしまった。




散々、駄々を捏ねられて。
渋々ながら、ゲームをやる事になった。
それはもう秘密裏に。
というかそれが条件だった。

庭球を離れて暫く。
しかし、この前大人相手にミニゲームをしたのを見られていて、何故自分の相手にはなってくれないのかと、駄々られたのだ。

それはアイスマンと異名を持つ後輩君としては珍しい事で、押し切られる形でゲームをする事になった。

その代わり、現役ではない私なので、練習期間を3日もらった。短過ぎるけど。

3日間、学校を休んで、朝から夜まで。
勘を取り戻すには足りない時間を、フルに活用した。



そして、迎えた当日。
久しぶりのウェアに袖を通し、コートに立つ。
目の前に相手がいる。
懐かしい感覚に、鳥肌が立つ。武者震い。


いざ。


球を追う。
甘い球を打ち込む。
何処にどうすれば。それは全て見えて、少しは感覚が戻って来ている事を気付かされる。
相手の呼吸の1つさえ、見えていた。

テンションの上がる身体と、終わりが見えて落ち着く精神。


最後の球が、コートに刺さる。

ガタッと、ラケットがコートに落ちた。
手にかかる負担が久しぶり過ぎて、震えていた。


後輩君は、ベンチにどかっと座った。
私はコートに座り込んで、足首や手首のストレッチ。


「流石、元女王やな」


悔しさを滲ませた言葉が、重くのしかかる。

勝つ事がこんなにつらいなんて。

耶槻。1枚上手。




耶槻が入院した。
心配、というのはこういう感情なのかと実感した。
どうしていいのか分からなかったが、早く耶槻の顔が見たかった。
いつもみたいに、困ったような笑顔を見せてほしかった。

お見舞い、というのは初めての体験だ。
「こういう時は花を持っていくといいっすよ」と言った遊斗の言葉を、普段なら無視するが、今回だけは採用してやった。
愛おしい人にはバラの花だと、何処かで見た気がする。
俺自体は、すぐに枯れてしまう花になんて興味はなかったが、それでも耶槻が喜んでくれるなら、と花屋にあった赤いバラを買い込んだ。


堂々、病院の廊下を歩く。
右手にはバラの花束。
すれ違う看護師や患者が振り返るが、そんなのはどうでもいい。

梢に見舞いを断られていた3日がとてつもなく永く感じた。

やっと耶槻に会える。

病室の扉を開ける。
既に遊斗たちが集まっていて、病室は賑やかだ。
一番に俺に気付いたのは、やはり耶槻だった。

目が合って、驚いたように見開かれた目は、すぐにいつもの困ったような笑顔に変わって、俺の名前を呼んだ。


「咲さん」


そして、遅れて俺に気付いた賑やかしい奴らは俺が花束を持っている事に驚いたかと思えば、笑い出した。


「咲、似合わない」

「まさか本当に持ってくるとは思わなかったっす」


持っていけと言った本人すら笑い出すのだから、花束を耶槻に渡した後に奴らは始末して病室から追い出した。


漸く。
2人で会う事が出来た。
少し窶れたような、病的になった耶槻の髪を掬う。


「痛むか?」

「今は大丈夫ですよ」


優しく笑うから、思わず抱き締めた。
離したくないと思った。


「心配、した」

「…すみません」


背中に回された手に安心感を覚えて、ゆっくりと髪を撫で、肩に顔を埋める。
耶槻の匂いに、安心する。


心配とは、こんなにも不安定にするのか。


キスをしようとすると、耶槻の人差し指が唇に触れる。


「病院では禁止です」


困ったように笑った耶槻は、確認するように、俺の髪を撫でる。


「退院したら覚えてろよ」

「お手柔らかにお願いします」


笑顔を絶やさなかった耶槻に、安堵感を覚えたが、やはり加害者を恨む気持ちもあった。
それを表情に出さないように、誤魔化すようにまた耶槻を抱き締める。


「咲さん」

「なんだ」

「また、お花持ってくるでしょう?」

「…」

「今度は一輪でいいです」

「嫌か?」

「いえ、1日ずつを感じたくて」

それに。
やはり耶槻は困ったように笑った。



咲さん、お花嫌いでしょう?

壱基。私はグレイ。



ベロベロに酔っ払ったりんごさんを預かった俺は、日向さんに命じられた通りにりんごさんの家まで送り届ける事になった。
なんで俺が、と思ったけど。
他の死屍累々を世話するよりマシだと判断した。


普段の長髪とは雰囲気の違うりんごさんに、ドキッと、しない。
だって酔っ払いには変わりないんだもん。
普通なら蒸気した表情なんかにドキッとしなければならないのだろうけど、なんかね。
仕事仲間にそういうの求めてないから。

どうにか鍵を探り当てて、りんごさんを部屋に引き入れる。
完全に力の抜けた人間ってこんなに重いのか。りんごさん、細い方なんだけどな。

色々面倒になってお姫様抱っこすると、うぅっとりんごさんが顔を顰めた。
起きたかと思えば、潤んだ目で俺を見上げてギュゥと俺にしがみついた。
なんだ、案外力強くてバランスを崩しそうになる。

「ちょっと、りんごさん」

寝室に運ぶには気が引けたので、リビングのソファにりんごさんを寝かせる。
…としたんだけど、ギュゥギュゥ抱き着いてきて、一向に離れる気配がない。

「りんごさん、重いです」

「しつれいね!」

呂律の怪しいりんごさんは、抱き着いたまま、拗ねたような表情を浮かべる。
いや、俺の方が拗ねていいですよね。

そのまま、力技で俺もソファの上にダイビングする羽目になって、りんごさんを潰さないように、手に力を入れて上体だけでもキープする。
なのにそれを阻止したいのか、りんごさんは余計に力を加えてくる。

「苦しいですよ、割とガチで」

「いちきくんがだきしめてくれないからよ」

…だから嫌だったんだ。
甘い雰囲気を醸そうとするりんごさんをどうにか振り切って、その手を解く。
完全に拗ねた表情。
それを見ないふりして、キッチンに向かう。

「水、あります?」

「…れーぞーこのなか」

「開けますね」

一応の確認。
てか水が常備されてるのを知ってる俺もどうなんだ。

水のペットボトルを片手にりんごさんの所へ戻れば、飲み過ぎでやっぱり辛いのか、顔色があまりよくない。

「ほら、水飲んで横になりましょう」

そう促すと、潤んだ目で俺を見上げてきた。

「いちきくんが飲ませて」

とんだ女王さまだな!
まぁそれで寝てくれて解放されるなら、と受け入れて、ペットボトルの水を口に含んだ。
すると、俺が顔を近付けるより速く、りんごさんが俺の顔を手で挟んで口付けてくる。
口内の水がりんごさんの中へとゆっくり移動した。
なのに離してくれず、そのまま普通の口付けに発展……させないよ!

冷えたペットボトルをりんごさんの頬にくっ付けると、ビックリした様に唇が離れた。

「はい、寝ましょうね」

隙をついて、起き上がっていたりんごさんの上体をソファに寝て、ポンポンと頭を撫でる。

「……つまんない」

「じゃぁ、俺帰るんで」

「つーまーんーなーい!」

「明日仕事でしょう」

駄々を捏ねるりんごさんを宥めて、続けて頭を撫でてあげると、やはり辛かったのか少しずつりんごさんは睡魔に負けていった。

はぁ。

りんごさんの部屋から出て、帰る途中に日向さんに送り届けたと連絡を入れる。

「悪かったな」

そう思うなら、死屍累々と共にりんごさんもお願いします。

つかれた。
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