「…引っ越し、ですか」
「えぇ、都筑さんをいつまでも寮に置いておく訳にはいかないので」
「は、はぁ」
突然の申し出だった。
確かに、俺は獄卒の方々と同じ寮暮らしであったが、特に不便を感じた事はなかった。
なのに、突然の引っ越しとは…。
しかもその引っ越し先というのは、鬼灯様たちと同じ閻魔殿の一室で。
元々、そう荷物は多くなかった俺はだけど、引っ越しとなれば、部屋丸ごとである。
一日がかりだよなぁと思っていたら、なんと鬼灯様自ら手伝いを買って出て下さった。
ついでに、茄子さんと唐瓜さんも。
現世とは違い、「トラック」というものがないので、荷物を積んではリアカーを引く。
そんな作業を繰り返した。
流石に鬼灯様にリアカーを引かせるのは気が引けるので、そこは自分で頑張った…が、冷蔵庫や洗濯機などの大型家電は諦めて新調しようと思っていたら、鬼灯様がなんなく運んでしまった。
大変申し訳ない。
取り敢えずの、引っ越し作業は朝から始めて夕方には終わった。
手伝ってくれた鬼灯様や茄子さん、唐瓜さんには申し訳なかったので、その日の夜は花街で慰労会を開かせてもらう。勿論俺の自腹だ。
「本当に皆さん、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらの都合で引っ越させたので気になさらないでください」
「はーい、俺も都筑さんの私物見れて楽しかったしー」
「本当にエロ本とかないんすね」
「唐瓜さん、そんなの期待してたんですか?」
冷たい視線が唐瓜さんに集まったところで、店の扉が開いて、閻魔様が入って来るのが分かった。
「あれー?鬼灯くんに都筑くんじゃない」
「…チッ」
え、鬼灯様、今舌打ちしたよね?
「なになにー?僕も一緒にいい?」
「今日は都筑さんの慰労会です、他所当たってください」
「えー、酷いよ鬼灯くーん」
あくまで、閻魔様は一緒に飲みたいらしい。
茄子さんも唐瓜さんも異論はなかったので、同席に賛成してしまった。そしたら鬼灯様の2度目の舌打ちを頂いた。
引っ越しの話になって、そういえば都筑くんはまだ寮にいたんだったね、と言われ、「まだ」という言葉に首を傾げる。
そもそも、補佐官ともなれば閻魔殿に住むのが普通らしい。そんなルール知らない!
改めて、補佐官という責任を感じながら、酒の入ったコップに口をつける。
その辺りから、茄子さんが眠そうだったので、帰宅を促した。唐瓜さんに支えられながら、2人が退席して、鬼灯様と閻魔様の3人で飲むことになった。
閻魔様から鬼灯様の昔の話を聞いたり、盛り上がったのは閻魔様だけで、俺はただ相槌を打つしかなかった。
そして、程よく酔いが回った頃、閻魔様のお孫様自慢が始まろうとした時、鬼灯様が俺の手を掴んで立ち上がらせた。
「閻魔様のお孫様自慢はエンドレスですからね」
「えー、酷いよ鬼灯くん」
「そうなる前に私たちはお暇します」
「えー!」
閻魔様を少し可哀想に感じながらも、痛いくらい強く掴まれた手は振りほどく事もできず。
なんだか慣れない、閻魔殿の俺に与えられた部屋に戻る。
段ボールの山をいつ片付けるか、そんな事を考えながらシャワーを浴びて最小限広げていた布団にダイブする。
疲れた。