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サッドちゃん17。




「やっぱりウチにおいで?」


学校からは少し遠くなるけど。
嶺二さんはそう、提案して来た。
「ウチ」とは嶺二さんが住んでいる億ションの事だ。
あまりにも恐れ多くて断らせて頂いてるんだけど、今回はしつこい。
寿弁当の仕込みの手伝いもあるし、と言うと、渋々諦めてくれたけど。やっぱりおば様を1人にはできないのは嶺二さんも分かってるんだな。

「じゃぁ出来るだけ僕もウチに顔出すようにするから!」
「無理はダメですよ」
「此々ちゃんの為なら無理だってするよ!」
「体が資本ですからね」
「そうだけどさ」

なんとかいつも通りにしたい私と、心配してくれる嶺二さん。

「この前だって、庭球部の部長くんにお姫様だっこされたって聞いたし!」
「ちょ!誰情報ですかそれ!」
「あ…」
「もう!」

嶺二さんはへらりと笑って誤魔化してくる。
まぁ誤魔化されてやるんだけど。


「あ、今日金曜だよね」
「そうですね」
「明日明後日、学校休みだよね?」
「…え?」
「スタジオにおいで!」
「なんでそうなるんですか」
「なんでって、皆のモチベが上がるからだよ!」

うん。ニホンゴムズカシイ。
嶺二さんが言ってることが理解できなかった。
うんうんと1人で納得してる嶺二さんの提案を無下にする事もできず。



結局今日に至るんだけど!
お嬢様メイク再び…。


またヘブンズの楽屋に連れ込まれそうになったのだけど、やっぱりスネを蹴って逃げ出した次第である。
私の姿が見えなかったこと心配してた嶺二さんと合流して、スタジオに誘導された。


「僕たちの目の届くところに居るんだよ!」


そう念を押されて、苦笑いするしかなかった。

サッドちゃん16。


正直あの時の記憶が無い。
気が付けば保健室のベッドに寝ていて、起きて教室に向かう道中、女子生徒からの視線がバシバシだった。

教室に着くと、えーちょとちぃりぃが駆け寄って抱き締めてくれた。

「本当に心配したんだから!」
「もう大丈夫!?」

凄い勢いで捲したてる2人に、大丈夫だよ、と笑ってみせると、胸をなでおろして頭を撫でられた。

「ったく!アイツ、此々になにしたの!」
「え?」
「え、って、此々覚えてないの?」
「…うん」
「此々が倒れたって、お姫様だっこで保健室に連れて行ったのよ」

お姫様だっこ……恥ずかしい限りだけど、女子生徒からの視線の理由はよく分かった。
石でも飛んで来そうな勢いだったもん。

「大丈夫?変なことされてない?」
「う、うん、大丈夫、だと思う…」

不安に揺れたであろう瞳を見た2人が、顔を合わせたかと思うと、ちぃりぃは私を抱き締めて、えーちょには頭を撫でられた。

「もう!今度から何処か行く時は私たちのどっちかでいいから一緒に行く!分かった?」
「…はい」

そんな会話をしていたら、教室がざわめいた。

キングの降臨だった。
一応、恥ずかしくはあったし、悔しくもあったけど、保健室に運んでくれた事には感謝しないといけないので、彼を見上げる。
ヤバい、泣きそう。

「あの、ありがとうございました」
「ちょっと、此々!?」

えーちょとちぃりぃは吃驚したようだったけど、私なりのケジメだった。
お礼を言われたキングも驚いた様子で目を見開いていたけど、私はそれを無視して唖然としてた2人の元に戻った。

それからは2人の鉄壁のガード。
庭球部が近付く度に、私の手を握って安心させてくれる。
最初こそ震えたけど、次第に慣れてふざけて腕に抱き着くくらいの余裕はできた。


帰り道。
2人に、遠回りになるからいいって言ったのを後悔した。無理言ってでも送ってもらえばよかった。

寿弁当…ウチの前に見覚えのある人影があった。


「お、ほんまにここが家やったんじゃな」

そう言ったのは仁王…に化けた柳生だ。
何故か分かってしまう自分が恨めしくもある。

「なにしてるんですか、や…」

ここは騙されてやろうと思った。
何がしたいのか分からなかったから。

「いや、別に意味はないんじゃが…」
「だったら帰ってくれないかな」

そう言葉を重ねたのは私ではなく。
振り返ったら嶺二さんが居た。声の主は嶺二さんだ。
酷く冷たい声に、私は吃驚した。
同じく吃驚したらしい仁王に化けた柳生は、思わず眼鏡を上げる癖をしてしまい、あ、と言った風に鞄を持ち直した。

「此々ちゃんイジメてた子でしょ?まだ何がいちゃもん付けに来たの?」

嶺二さんは私を後ろに隠すようにして、いつもとは違う雰囲気で声を掛ける。

「そ、ういうつもりは…」
「もう二度と来ないでね」

最後はハートマークでも付きそうな笑顔で、柳生にそう言った。
流石にアイドルに言われては立場もなく、柳生は大人しく背を向けて去っていった。

深く溜息を吐くと、振り返った嶺二さんに強く抱き締められた。

「れ、嶺二さん?」
「ちょっとこのままで」

そう言われて大人しくするしかなかった。

サッドちゃん15。


「此々!」
「ひいぃ!!」


漸く1人のところを見つけた此々に近付いて、壁に追い詰める。
顔の横に手をついて、退路を塞ぐ。
いわゆる壁ドンというやつか。
此々は酷く怯えた様子で、悲鳴のような声を上げる。


「な、な、な、」

最早言葉にすらなっていない反応に、どれだけ俺に苦手意識があるのかを思い知る。
一度はマネージャーにして、べたっべたに甘やかしたし、此々もそれに応じてくれたというのに。
今のこの状況はどうだ。

そもそも、こんな女に誰かをイジメるような度胸があるのだろうか。
立海の奴等の言い分と、俺の見解の違い。
女同士の事は分からねぇが、とても此々にそんな事が出来るとは思えなかった。

そんな事を考えながら、腕の間にある此々の顔を覗き込むと、此々は弱々しくも睨んできた。
ギャルメイクではあるが、可愛い……。

いや、可愛いってなんだ。

「おま、本当にあのメス猫の事イジメてたのか?」

メス猫というのは、此々が前にいた立海の現マネージャーの事だ。
前回の練習試合では選手の弁当に冷凍食品や惣菜を詰めてきた、一種の勇者だった。
一方、ウチは此々が、彩りや栄養面を考えて作ってきてくれたのだが。
それを「地味」だと言ったメス猫を殴りたくなったが、此々に押さえられた。


とにかく。
この俺の声にすら悪い意味で過敏に反応する此々がイジメを行なったりするのだろうか。
女の考えることは簡単であって難解でもある。
可能性は捨てきれないが、俺は此々を信じたかった。

携帯の待ち受けが大人気のアイドルであろうと、俺たちを顔で判断するようなヤツではないという事を。


「お前は、俺たちの何が不満なんだ」
「…ふまん?」
「あぁ、何故そんなに逃げ回る」
「っ!それは……貴方たちも私を邪魔者扱いするでしょう。だから」
「邪魔者?」
「私は、」


そこまで言って、涙が零れた此々の目はしっかり俺を捉えていた。


「もう、庭球部には関わりたくないんです」
「!そんな事、俺様が許すと思うか」


脅すように低い声でそう言えば、身を縮めた此々。
いやだいやだと、涙腺を決壊させた此々は呼吸を乱し始めた。
遂に過呼吸を起こして座り込む此々を抱き締めて、背中を一定のリズムで叩いてやる。
最初こそ暴れていたが、少しずつ落ち着いて来たのか、ぐったりと俺に寄りかかるように力が抜けた。

サッドちゃん14。


「この子が嶺二の言ってた子ね!」

突然、すごい力で後ろから肩を掴まれて振り返ると、その力からは想像できないくらい可愛らしい人がいた。

今日の私は嶺二さんの命令でナチュラルメイクなのだけど、嶺二さんはこの人にどんな説明をしていたのだろう?
手のかかる妹的な存在?よく分からないけど。

「ほんと素材はいいわね」

しげしげと私を見詰めるその人を、私はテレビで見たことがあった。
月宮林檎さんというアイドルさんで、こんなに可愛らしくて男性とかずるい。

そんな事を考えていたら、ポンと手を打って月宮さんは何かを思いついたように笑った。

「此々ちゃんっていったかしら」
「は、はい」
「この業界、興味ない?」

突然の提案に私は吃驚して、思わず首を横に振っていた。

「わ、私なんか…」
「だぁいじょぶよ、そこら辺のアイドルより可愛いんだから」
「そんな事ないです!」
「何が不安なの?」
「え、っと。全部です」
「全部?」

月宮さんは私の言葉を聞くなり笑い出してしまった。
今時、芸能界に誘われて断る学生なんて珍しいのだろう。皆、自分がアイドルとかになれるのは嬉しい事なんだろうな。
でも私には自信がない。それに、正直芸能界に興味がない。

月宮さんに、なんとか言い包められそうになった時、嶺二くんがひょっこりと、月宮さんの後ろから顔を出した。

「林檎先輩。無理ですよ、此々を誘うのは」
「なんでよ」
「輝く者が苦手なんですよ」
「そうなの?」

月宮さんが私の方を見た。気迫に負けそうになりながら、首を縦に振る。

「…じゃぁ仕方ないわね」

そう言われてひと安心してると、また肩を掴まれて目線を合わされる。

「でも諦めてないわよ!」
「え…」

後ろで嶺二さんがくすくすと笑っていたなんて知らない。




綺麗な人は意外と諦めが悪い。

サッドちゃん13。



「アンタ達だいたい何なの!?」
「ほんと、此々をどうしたいわけ?」


私たちは猛烈に怒っている。
最近、此々が私たちの所に逃げ込んで来ることが増えた。
原因はただ一つ。
庭球部から突然再開された接触だ。しかも過度の。

一度、マネージャーにして、その後すぐに塩対応になったお前らが!と。
私とちぃりぃは怒っている。

部活動が始まる少し前。
部員が揃った頃を見計らって、ちぃりぃと怒鳴り込んだ訳だ。

あまりの勢いだったのだろう。
部員だけならず、いつも黄色い声を上げている壁の女子たちもシンと静まり返ってしまった。

そこに声を発したのは、部長の跡部だった。

「別に、アイツがマネージャーになれば済む話だ」
「ハッ、あんだけ突き放しといて?」
「此々がどれだけ傷ついたか知らないくせに!」
「…傷ついた?」


レギュラー一同、首を傾げて思い当たりませんみたいな顔をした。
それにちぃりぃがキレた。


「なに?マネージャーになればとか意味分かんない。あんだけ振り回しといてさ、なにが今更マネージャーに、よ。ふざけるのは顔面だけにしてくれる?此々がどれだけ傷ついて泣いたと思ってんの!?」

息継ぎを怪しく、一気に捲し上げたちぃりぃは火が付くと止められない質だ。

「…泣いてた?」

ヒソヒソとレギュラー陣が騒がしくなる。
なにコイツら、人の気持ちも分からないの?

「俺たちはな、ただ嬢ちゃんの気ぃ引きとうて…」
「押して駄目なら引いてみろって言うだろ!」


…呆れた。
それはちぃりぃも一緒だったみたいで、引いてた。

「…そんな事のために此々は泣かされてたって?」
「馬ッ鹿じゃないの!?」

「そんな事、だと?マネージャーに誰がなるかでモチベーションもパフォーマンスも変わってくるんだぞ。それを…」

「それはそっちの言い分でしょ。此々を泣かせたのは変わらないんだから」

「……」


此々が泣いたという事は、レギュラー陣にとってとても大きな事だったらしい。
でも現に、何度も泣きながら私たちの所に来たのだ。

「もう此々に関わるのはやめてくれる?」
「それは出来ないお願いだな」
「お願いじゃないわ、忠告よ」
「あーん?お前たちにそんな権利あると思うのか?」
「少なくとも、泣かせる奴らよりあるわ」
「…チッ」

跡部はそう舌打ちをしたけど、横から忍足が出張ってきた。

「せやったら、もう泣かせへん努力したらええんやろ?」
「は?」
「自分らも手伝ぅてくれへん?俺らは傷つけたい訳ちゃうねん」
「手伝うって、なんでよ」
「なんでて、マネージャーに欲しいからに決まっとるやろ」
「此々は渡さないんだから!」


「えーちょ?ちぃりぃ?」

啖呵を切った所で、蚊の鳴くような声がした。
声の方を見れば、ここでは久しぶりに見る此々の姿があった。

「此々!」

名前を呼べば、黄色い声援の壁が騒がしくなり、果てにはブーイングが始まった。
庭球部のせいで、此々は壁たちから敵視されていた。
私たちの姿が見えなくて心配で来たのだろうけど、顔色は優れない。

「おい…
「此々、行こう!」
「ごめんね、1人にして」

庭球部が声をかけるのを遮って、私とちぃりぃで此々を庭球場から連れ出した。




「…なにか、あった?」
「此々の心配する事はなにもないよ」
「そうそう。そうだ、ちょっとカフェ寄って帰らない?」
「え?あぁうん」



啖呵を切った事は此々には内緒。
誰よりも優しくて脆い子だから心配させない為にも。
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