やっぱり、仕事は午前まで続いた。
家に辿り着いたのは午前2時を過ぎていた。
なのに。
ゆしはまだ起きていて、私におかえりのハグをする。
落ち着く…んだけど、ゆしが無理して起きてるから、心配になる。
「ゆし。暫くこの時間になると思うから、先に寝てていいのに」
「無理してへんよ。ちょうど勉強しとったとこやねん」
「…そう?」
「せや」
お風呂を済ませると、ゆしが珈琲を淹れてくれていて。
ちょこちょこと手招きをされるから、近寄るとソファで後ろ抱きにされて、首元に顔を寄せるゆし。
「…疲れてる?」
「そりゃ未也の方やろ。頑張り過ぎとちゃう?」
「私は大丈夫。ゆしこそ、無理すると本番で全力出せないよ?」
「そういう事言いなや。縁起でもない」
「…そうだね。ごめん」
「謝らんでええねん」
そう言ったゆしが欠伸を噛み殺したのは見逃さなかった。
「ゆし、寝ようね」
「あかん、未也にはお見通しなんやな」
「やっぱり眠いでしょ」
「少しな。でも未也に少しでも会いとうて」
「ありがとう」
少しゆっくりと、珈琲を飲んで。
ゆしが寝たのを確認して、仕事部屋に入る。
今日はあと一曲仕上げなければいけない。
ゆしはそれも知ってる。
初めて会ったのは、中学の時だった、らしい。
私はあまり覚えてなくて申し訳ない限りなんだけど、彼はバッチリ覚えてると言う。
その時、一目惚れしたと言っていた。
何か特別な事をした記憶もないし、ましてやまともに話した記憶もない。
梧桐くんに声をかけたんだ。
皆が恐れて、声をかけれないって言うから、押し付けられるように私が声をかけた。
その時は、何の要件だったかすら覚えていない。ただ、彼と一緒にいる梧桐くんに声をかけた。それだけ。
友達との時間を割かれるのはあまり好ましくないから、私も要件だけ済ませて、梧桐くんの前から去った。
それから1年。
私は梧桐くんと同じ高校に入学した。
一緒に高校に入った友達とは学科が違ってなかなか会えなかったけど、体育科に入った友達の応援にはよく行った。
その友達が、珍しく剣道の応援に行こうと誘って来たから、一緒に行くことにした。
もしかして、友達の好きな人が剣道部に居るのかもしれない。そんなことを思いながら。
剣道部員と仲良さげに話す友達を温かく見守っていると、突然友達が私の手を引いた。
訳が分からないでいると、背の高い男子生徒が私を見下ろしていた。
整った顔立ちで、あぁ女の子にモテるんだろうなぁって思った。
そしたら彼は私にこう言った。
「俺の試合も応援してくれないかな」
ん?
疑問符が浮かんだが、試合をするという事は応援は必須だと思うから、一拍置いたけど、頷いた。
そしたら、何故か周りが盛り上がって、彼は顔を赤くして私を見た。
それが告白の一歩手前だったとは気付かなかった。
「おかえり」
「うん。ただいま」
家に帰り着くと、もう午前を回る頃だというのに、ゆしがまだ起きていた。
「先に寝てていいって言ったのに…」
「ゆっくり顔見とうてな。目ぇ冴々や」
「ふっ。なにそれ」
「未也は?」
「え?」
「最近ゆっくり出来ひんやん」
「あぁごめん」
「謝らせたい訳ちゃうよ。ただ、淋しんは俺だけなんかな思て」
「私はゆしが居てくれるだけで充分」
「もっと欲張りになってええねんで」
「こぅやって起きててくれて嬉しい。ありがとう」
ソファに2人並んで座って。
ゆしが私の肩に頭を預けるから、その髪を撫でてみる。
くすぐったそうに目を細めるの、好き。
「…今日眼鏡は?」
「伊達や言うてるやん」
「あぁそっか」
「最近また人気出てきたな」
「そうかな」
「BOKUガール言うん?確かに未也は顔立ちええからな」
「ゆしのがキレイだよ」
「男にキレイ言うても喜ばへんで」
「そうなの?褒めてるのに」
「…まぁ未也が言うんなら嬉しいな」
「寝なくて大丈夫?明日、学校」
「創立記念日。休みやねん。未也はまた早いんやろ?」
「ん。でも今日ほどじゃない」
「せやけど早う寝よな。お肌に悪いで」
「ありがと。でもあと1つ仕事残ってて」
「持ち帰りかいな。ブラック事務所やなぁ」
「時間がなくて。でも早めに仕上げたい件なの」
「そか。取り敢えずシャワー浴びてき。珈琲入れたるわ」
「ありがと、ゆし」
お風呂から戻ったら、テーブルに珈琲が並んでて、その横のソファでゆしが舟漕いでいた。
頭を撫でて、ブランケットを掛けると、本格的に眠くなったのだろう。ゆっくりと目を閉じた。
欠伸を一つ。
ゆしが淹れてくれた珈琲を片手にパソコンと向き合う。
仕事が終わる頃にゆしを起こそう。
流石にソファで長時間寝るのは身体に良くない。
それまでもう少し。
ゆしの近くに居たい。
ゆしは優しい。
「なぁんか、最近調子のってない?」
「それエンジェルスさん達にも言われました」
「はぁ!?」
アイドルとそのファンが同じことを言うという事は、そういう事なんだろう。
最近、BOKUガールというのに分類されてから仕事が増えた。主にモデルの。
「なに、BOKUガールって。ちょーウケるんですけど」
「宇宙一可愛い帝さんには分からないでしょうね」
「はぁ!?ケンカ売ってんの?」
「先にふっかけたのはどっちですか」
「ふん!」
会話にならない会話を続けて、なんとか帝さんを言い包める。
私だって、自分発信で「BOKUガール」なんて言ったことない。その点、帝さんは自分で「宇宙一可愛い」と言うので。
それ15歳過ぎた辺りから黒歴史にならない事を祈るよ。
その頃まで「ジェンダーレス」って言葉が残ってるといいね。
そんな事を考えていたら。
「ちょっと!聞いてんの!?」
帝さんをシカトしてたみたい。
頬を膨らませて、それこそ宇宙一可愛い怒り顔を見せた帝さん。
「ほんとムカつくんですけど」
「仕事に支障が無ければどうぞ」
「そういうとこ!なにスカしちゃってんの?」
「…帝さんは自信が無いんですか?」
「はぁ!?なに突然!」
「ほら、よく噛み付いて来るじゃないですか」
「負け犬の遠吠え?全然噛み付いてないんだけどー」
「じゃぁいいんですけど」
「ムカつくー!」
それじゃぁ撮影始めまーす。
スタッフさんが呼びに来て、私はのこのことその後ろをついて行くんだけど。
帝さんの気配がない。
振り返ったら、本当にムカついていたみたいで、拳を握り締めて震えていた。
仕事に支障なければいいって言ったのに、モロに支障出てる。
皆に『大丈夫?』って言われて、意地だろう、私の前に立ってアイドルの顔になる。
それに安心したスタッフさんたち。
と思っていたんだけど、やっぱり帝さんの表情が冴えなかったみたいで、カメラマンさんにまた心配されてた。
帝さんは少し休憩。
その間に私のソロ写真を撮っていく。
空気を切り替えるのは得意だ。
私はお人形になればいい。望まれるポージング、望まれる表情。
今の私は「モデル」。
息を飲んだ。
さっきまで軽口叩いてた人が一気に世界観を作り上げる。
切り替え。片手間にアイドルやってるなんて思えない。完全な「アイドル」。
悔しいけど、魅入ってしまった。
「最近、雑誌見ましたってお手紙を頂くのですが」
「うんうん。良かったじゃない」
「それがですね、」
「どうしたの?」
「BOKU女子って扱いはどうにかならないんですかね」
「あー。それはあれよ」
「?」
「私の逆☆」
月宮先生はなんの迷いもなくそう仰いました。
「いや、えーっと…」
「なぁに?人気出てきたのに不満なの?」
「不満というか。…まぁ社長のウリ方ですよね。仕方ないか」
私、諦めの境地!
少し肩を落とした私を見ていた月宮先生は、何故か頭を撫でた。
「最近送ってくれる写真もだいぶ男の子寄りになってきたし、いいんじゃない?BOKU女子」
「…そうですね、でも」
「ん?」
「そのうち、先生とも雑誌に載れたら嬉しいです」
「あら!それいいわね!」
「いやまだ人気無いと出来ないですけど」
「なに言ってんの、もう充分よ!」
今度、編集者に話してみるわ。
目を輝かせた月宮先生は、私の肩を正面から掴む。
痛いです。
「雷ちゃんなら大丈夫よ!」
私なんかより全然自信満々で。
押されてしまう私。
後日、本当に一緒の撮影に入りました。
輝き事務所怖い。