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ナツ。伝わらない。



「ナツちゃんてさー
なんだかんだで平介には甘いよね」


佐藤くんはつまらなそうに、そう言った。
「甘い」とはどういう事だろう?
その怪訝さが表情に出たみたいで、佐藤くんは頬を膨らませて私の頬を摘んでくる。
地味に痛い。
でも加減されてるのは分かって、へにゃりと変な笑みを浮かべてしまった。


「だってこの前もデザート持ってきてたでしょ」


そう。
私はちょこちょこ、お菓子作り会の時にスイーツを持ってくる。
そもそもその日に作るんだから要らないと言われればそこまでなんだけど、お世話になってる平介くんや、あっくん、ママ様が食べてくれたらいいなぁと思って、途中寄るスーパーなんかで買ってしまう。
それが、「平介くん」宛だと、佐藤くんはご立腹のようだ。


「でも、私が作ったの一番に食べてくれるのは佐藤くんだよ?」
「っ!そ、そーだけどさー!!」


こてん、と首を傾げれば、佐藤くんは赤くなった顔を右手で覆う。
なんで照れるの?

顔を近づけて佐藤くんを覗き込もうとすると、左手で私の肩を押し退けてくる。なので、覗き込む事は叶わなかった。


「ねぇ、ナツちゃん」
「はい?」
「それって計算なの?」
「計算?」
「うわ、天然なんだ」


敵わないなぁ、と佐藤くんは1人呟くんだけど、私には意味が分からない。
…計算って、、、「あざとい」とかそういう事なのかな。
断じて。私はそんなつもりはない。


コホン、と咳払いをした佐藤くん。


「今度はさ、俺の為に手料理覚えてほしいな」
「うん」
「…いやだから、さ」


そうじゃないんだよぉ、と。
佐藤くんは頭を抱えた。



「スイーツもいいけど、手料理の方が役に立つもんね」
「だーかーらー!」






まだまだ一方通行。

ナツ。狼さん。



「っ!!大丈夫!?」


所謂、壁ドンの状態で、東先生の顔がいつもより近くにあった。
私は恥ずかしくはあったが、あまり顔に出るタイプではないようで、その分、東先生が顔を真っ赤にして私を見下ろしていた。

そして、そうなった原因であるアキラさんを振り返ると、いつもとは違う人のようにアキラさんに説教を始めた。
それでもアキラさんは東先生越しに私を見て、へらりと笑った。
意図が掴めない。
それでも東先生は顔を真っ赤にして怒るもんだから、少しだけアキラさんが可哀想に思えた。
別に怪我した訳でもないし、疚しい事になった訳でもない。

「東先生」

そんなに怒らなくてもいいんじゃないですか?
そう言うと、改めて私の顔を見た東先生は更に顔を赤くして、1つ息を吐いた。

「ナツちゃんはもう少し危機感を持っていいと思うけどなぁ」

東先生越しにアキラさんの声が聞こえて、その言葉にハテナマークしか浮かばない。

「あの、意味が分からないんですが」

そう言うと、アキラさんは驚いたように東先生を押し退けて私の顔を覗き込んで来た。

「こうちゃんが狼さんだったらどうすんの?」
「ちょっとアキラ!」
「東先生は先生なのでそう言った意味では…
「もう!男は皆、狼さんなんだからね!」

そう言うが早いか、アキラさんは私の頬にキスをする。
は?

「アキラ!!」

意味が分からないでいる私の代わりにというか、東先生が大声を上げた。そんな東先生初めて見たな。
怒られているアキラさんは悪怯れるでもなく、少し肩を竦めただけ。
そして笑顔で私を見る。

「分かった?」
「あー、いや、はい」
「ならいいんだけどー」


こんなやり取りを、まさきちゃんが見ていたなんて思いもしなかった。

ナツ。すぺしゃるぱんけーき。



「ナツちゃんは佐藤の相手しててくれるかな」


お菓子作りの日。
今日は唐突にそんな事を言われて、平介くんはキッチンから私を追い出した。
なんかショックなんだけど。
そう気を落としてソファに座っていると、横から佐藤くんが顔を覗き込んできた。

「ヒャッ!」
「ナツちゃん吃驚した!?」
「は、はい」

吃驚も吃驚だ。
突然の事に身を縮めた私の足は宙に浮いて……あ、下着見えた?
いや、佐藤くんそんな反応しなかったから大丈夫だと思う。
そんな私の頭を撫でて、佐藤くんはソファの隣に座って、私の膝の上に雑誌を乗せる。

「?」

それはメンズ誌で、私には縁のないものだった。
でも佐藤くんは真剣な顔をして、また私の顔を覗き込んでくる。

「ナツちゃんはさー、どんな男子が好きかなのかなーって思ってさ」

すごく清々しくそう言われて、思わず噴き出してしまった。
なんで笑うの!と両頬を手で挟まれて、グィと目線を合わされる。
流石にこの距離は恥ずかしいんだけどな。

「な、そんなことに興味あるんですか?」
「そんなことって!大事だよ!ナツちゃんのことだもん!」

ううん殺し文句だ。
佐藤くんは私でも気付くくらい、私に好意を向けてくれる。
そうして、両頬を挟まれたまま額をくっ付けられ……と思ったらボスッと音がして、佐藤くんはソファの背もたれに沈んでいた。

「?」
「チョーシに乗るな」

どうやら鈴木くんが投げたらしいクッションが佐藤くんに直撃していた。

「ナツも。あんま調子に乗るようなこと言うなよ」
「は、い」

少し殺気立ったような鈴木くんの言葉に思わず頷く。

「ちょっ!なんだよ鈴k…
「はいはい、お待たせ」

背もたれから復活した佐藤くんが鈴木くんに反撃に出ようとしたら、間に平介くんがお皿を持って身体を割り込ませてきた。

「!」

平介くんの持っていたお皿がテーブルに乗せられて、私の興味はそちらに移る。
佐藤くんも鈴木くんも同様だったみたい。
お皿に乗っていたのは、パンケーキ。
それも何段にも積まれていて、生クリームと苺で可愛くトッピングまでされていた。

「何してるかと思ったらコレだったのかよ」
「ナツといえばコレだよな」

そう。私は生クリームとパンケーキ、特に平介くんが作ったパンケーキが大好物だったりする。

「…でも、なんで?」

なにかの記念日でも、ましてや誕生日なんかでもない。

「あー、それは…
「俺が作りたくなってね、だから今日のお菓子作りはこれ」

佐藤くんが何か言いかけたのを遮るように、平介くんが言葉を紡ぐ。

「はい、ココアも」
「え、ありがとうございます…」

なんだろう。労られている…。
ホットココアを受け取って、取り皿を取りに行った平介くんの姿を目で追う。

「はい、ナツ、口開けて」
「ん?ぐっ」

鈴木くんは振り向くと同時に、私の口に苺を押し込んできた。必然的にあーん状態。
それを見ていた佐藤くんは、何故か闘志を燃やしていた。



言い合いをしながらも、パンケーキを4人で囲む。


鈴木くんと佐藤くんが言い合いをしてる中、ふと平介くんと目が合った。

「元気出た?」

口パクに近いほどの小声でだったけど、それはしっかり私に届いて。
涙が出そうになった。

ナツ。ウズウズするもの。



「松岡さん、ピアス…?」


今日に限って左に開けたピアスホールに痒みが生じて、朝からずっと耳朶を触っていた。

お昼。
まさきちゃんは最近、吉田さんたちとお昼を一緒にしていて、私は所謂ぼっちだ。
屋上に行けばしゅん君たちが居るかもしれないけど、そうするほど寂しくはなかった。

今日はお昼を何処で済まそう。
そんな事を考えながら無意識に耳朶を触っていた。

考え事をすると下を向く。
そんなくせが抜けなくて前方不注意。

「おっと!」
「っ!すみません!」

資料を手にした東先生とぶつかってしまった。
東先生も、資料に目を通していて前を見ていなかったらしい。

パッと目が合って、東先生の視線が左耳に動いたのが分かった。
あぁ。

「松岡さん、ピアス?」
「…はい。校則でダメなのは知ってます」
「珍しいね」
「え?」
「いや、先生たちの間で、松岡さんは優等生だって人気なんだ」
「…はぁ」
「そこ素直に喜ぼうよ」
「あ、りがとうございます?」

なんだ、私が優等生?冗談はやめてほしい。
もし、本当に先生たちにそう映ってるのなら、先生たちの目は節穴だ。

「そんな松岡さんが校則違反なんてね」
「…すみません」
「埋まらないんでしょ?」
「え…」

一瞬ヒヤリとするものを感じた。
埋まらない。
私にとってそれは他人との距離のように。

「ふふっ、内緒にしておいてあげるね」

東先生は悪戯っ子のように笑って、私の頭をポンポンと撫でた。

「ありがとうございます」

とても小さな声になってしまったけど、東先生には届いたみたいで、もう一度頭を撫でられて、その場を後にした。



ピアスホールの痒みはまだ続く。

ナツ。背に腹は変えられず。




「松岡さんって近付き難いよね」


吉田さんがそんなことを言って、仲良くしてくれてる友達?との話題はナツの事になった。
嫌味じゃないんだけど、嫌味じゃない分、皆の総意で。

「あ、でも佐藤さんって松岡さんと仲良かったりするよねー」
「そ、そんな事っ!」

ない、と語尾は弱く、そう言ってしまった。

ナツはいつも笑顔で、勉強できて、運動もできる。
そして趣味の音楽もこなしてみせる。

だからこそ不気味だと、吉田さんは言った。
私は反論もできず、ましてや仲良い訳ではないと宣言してしまった。

気分が沈む。
自然と箸を動かす速さも落ちる。

「え、佐藤さん、そんなに松岡さんのこと苦手だった?」
「っ!だいじょうぶ!」

気を使った吉田さんの言葉が重い。
ナツのいい所を教えてあげたくなったけど、仲良くない宣言をした手前、そんな事も叶わなくて。

…本音は、ナツと仲良くしてる事で吉田さんたちとの関係が崩れるのが怖かった。
今の、「友達」という関係はとても心地よかったから。

「そういえばこの前、松岡さんが別の高校の男子と歩いてるの見た子が居るって!」
「へー、松岡さんがねぇ」
「実際どんな子なんだろうね、松岡さんって」

友達がナツの事を笑うのを私はヘラヘラと見守るしかなかった。
こんな話、ナツが知ったら傷つくだろうな。





結局私は、自分が可愛いだけなんだ。
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