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妃々季。遅くなった。




バレンタイン。
前日と当日。私は仕事が入っていて、女の子が色めくイベントには参加できなかった。

なんとか、奈瀬ちゃんには市販のチョコレートになったけど、棋院で会ったから渡せた。
友チョコっていいね。本当は手作りしたかったけど、そんな余裕もなく。
ごめんね、と謝れば、妃々季から貰えるならなんでも嬉しいよ、と男子顔負けな事を言われて、思わず抱き着いた。
頭を撫でられて心地よい。



そして1週間近く遅れて。
学校に、自分としては上手くいったと思うラッピングをした手作りのクッキーを持っていった。
いつもお世話になってるアキラくんと、泉くんに日頃のお礼という事で渡そうかなって思って。


「遅くなったけど、受け取ってくれるかな」


と、恐る恐る2人に渡せば、口をポカンと開けた2人。
あぁ迷惑だったよね。


「あ、ごめん。やっぱ忘れて!」


私は慌てて差し出していた手を引っ込め……ようと思ったら、ガシリと泉くんに腕を掴まれた。


「俺の為に作ってくださったんですか?」

そう言われて、思わず頷く。勿論アキラくんの分もだけど。


「忘れたりしませんよ。有り難く頂きます」


そう言って、やんわりと私の手からクッキーの包みを受け取ってくれた。

そのやり取りを見ていたアキラくんは、泉くんに対抗心なのか。


「仕方ねぇなぁ。俺ももらってやるよ」


と、少し照れたようにクッキーの包みを受け取ってくれた。


「お礼は3倍返しとか言うなよな!」
「そんな、お返しとかいいから!」
「俺は何倍にしてでもお返しさせてもらいますね」
「泉。テメェ!」


飄々と、アキラくんの口撃をかわす泉くん。
お礼とか、本当にいいのに。






「センセには無いのか?」
そう少し残念そうにしたケント先生。
いや。ファンクラブが怖くて渡せません。

妃々季。資料をまとめる。



「おぉ、今日は仕事無かったのか?」
「あ、はい。お休みでした」


放課後、職員室に訪れた時、ケント先生が声を掛けてきた。

今日は研究会も入ってなくて、1日フリーで学校に1日居れたのだ。
するとケント先生は、意地の悪そうな笑みを浮かべて、私に近付く。
勿論同じスペースを取って私も後退る。

「そう警戒しないでくれよ」

ケント先生は溜息を吐いて、強引に距離を縮める。
肩に置かれた手に圧力を感じて、今日は無事に帰れそうにないことを悟る。


案の定。ケント先生のお手伝いをする事になった。
ファンクラブの子たちなら喜んでやってくれると思うんだけどな。なんで私なんだろ。

資料をまとめて、私がホッチキスで止めていく。
生徒分+予備を黙々と作っていこうと思っていたのだけど、ケント先生がちょこちょこ話しかけてくるから、なかなか集中できない。

「最近アキラと仲良いみたいだな」
「あ、アキラくんが構ってくれるだけですよ」
「ふーん」

どこか面白くなさそうな返答に、返事に間違ったのかと思ってしまう。

「泉とも悪くないと聞くけど」
「あぁ泉くんには出れない授業のところを教えてもらってるんです」
「ふーん」

やっぱりケント先生の返事は芳しくない。

「勉強に関しては、センセに頼ってくれていいんだぞ?」
「でも折角の泉くんの申し出なので…」
「俺からも折角の申し出なんだけどな」
「ぁぁぁ。それは…」

思わず黙り込んでしまった私に、ケント先生は軽く咳払いをして、笑う。

「別に妃々季を困らせたい訳じゃないんだ」

そう言って、頭を撫でられた。

「分からないことがあったらセンセも頼るんだぞ?」
「はい!」
「いい返事だ」

すっかり止まってしまっていた手を再度動かして、資料をまとめていく。


「少し休憩にするか」

ケント先生はそういって、資料を机の上に置き、大きく背伸びをする。
確かに肩が凝った。
でもそれはケント先生も同じようで、首を回していた。
悪意はない。
ケント先生の後ろに回って、ケント先生の肩を揉む。
最初こそ肩が跳ねて吃驚した様子だったけど、次第に体から力を抜き、身を委ねられる。

「妃々季は、マッサージ慣れしてるな」
「たまに兄弟子さんとかのをやるので」
「色気のない返事だな」
「そこ色気必要ですか?」


そう言って、作業再開を再開する。
すると、ケント先生が、手から資料を取り上げる。

「もう少し休憩しようぜ」


早く帰って、棋譜を並べたい私の予定は完全に崩れた。




「肩凝るよね」。

妃々季。ファッション。



奈瀬ちゃんに抱き締められている。



今日は奈瀬ちゃんとデートの日だった。
前日から何を着て行こうかとか、遠足前の子どものようにそわそわが止まらなかった。
だって奈瀬ちゃん可愛いし、なんとか隣に並んで奈瀬ちゃんが恥ずかしくないようにしないと、と気合いが入るのだ。

当日、メイクは濃くならないようにナチュラルに仕上げる。
とはいえ、殆どメイクをする機会はないから、ちゃんと出来てるか不安で仕方ないのだけど。


待ち合わせ場所には30分早く着いてしまった。
そわそわする。チラチラと見られてる気もして、やっぱり何処かおかしいんじゃないかって不安になってしまう。

そうこうしていると、不意に男の人の声がして、顔を上げると知らない人が立っていた。
うぅぅ怖い…。

そう怯えないでよー、とチャラい言葉に余計に警戒心が働く。

「お姉さん1人?よかったらお茶でも行かない?」
「あ、の、いや、よくないです」
「えー、いいじゃん。暇なんでしょ?」
「待ち合わせしてるので…」
「さっきから1人じゃん」


見られていたのか…。そう思いながらとにかくこの男の人を振り払わなければと必死になっていると、グッと後ろから肩を引っ張られる。

何事かと吃驚して振り返ると、そこに立っていたのは加賀くんだった。


「なんか用か?」


疑問形ではあるけれど、威圧的な言葉に男の人は腰を抜かすようにして立ち去っていった。


「…お前なぁ」
「あ、ありがとう」
「ったく。少しは格好に気を付けろよ」
「え!変かな!?」
「そうじゃなくて…」
「?」

「ちょっと!離しなさいよ!!」


馴染んだ声がしたかと思ったら、肩に置かれていた加賀くんの手を振り払ったのは奈瀬ちゃんだった。


「あ!奈瀬ちゃんっ!」
「なんだよ、本当に待ち合わせだったんだな」
「え、なんだと思ってたの?」

「妃々季、この人知り合い?」
「あ、うん。中学の後輩だよ。さっき助けてくれて」
「ふーん。でも妃々季は渡さないんだから」


そう言って奈瀬ちゃんは私を抱き締めた。


「知らねぇよ」


加賀くんはぶっきらぼうにそう言って、じゃぁな、と人混みに消えていった。


改めて。

「今日も妃々季、超可愛い!!」

と、今度は正面から抱き締めてくる。
これは隣を歩いても恥ずかしくないって捉えていいのかな。
奈瀬ちゃんは少し緩めのボトムスにタイトなニット。可愛い…。


「ね、今日は何処行きたい?」


そう言われて胸が躍るのが分かる。





一緒なら何処でも!!

妃々季。匂い。




「妃々季先輩っていい匂いしますよね!」


朴くんが突然そんな事を言ってくる。
一緒に居た泉くんのこめかみがヒクついたのが分かった。
そんなのお構い無しに朴くんは鼻をヒクヒクさせて私に近付いてくる。
私は両手を上げて、朴くんと同じ距離を保って後退り。


「あの、」
「なんで逃げるんですかぁ!」
「いや普通そうなる、よね?」


助けを求めるように泉くんに視線を送れば、クイと腕を引かれて、朴くんとの間に体を滑り込ませ、壁を作ってくれた。


「女性に失礼ですよ」
「えー、でもいい匂いなんですって!奏先輩ばっかりズルイですよ!!」


え、ズルイってなに?
そう思いながら後ろから泉くんの顔を覗き込むと、コホン、と咳払いをされてしまう。


「シャンプーの匂いですか?」
「あ、あぁうん、多分…」


泉くんの後ろの私を追うようにして朴くんは私に疑問を投げてくるから、曖昧になりながらも答えてしまう。
なんだか泉くんを挟んで追いかけっこみたいになってる。

すると、私が泉くんの正面に回った時、突然泉くんが腕を引っ張った。


「ぅゎ!」
「!奏先輩ズルイ!!」


どういう状況かと言うと、まぁ泉くんに正面から抱き締められているんだけど。
それをズルイと言う朴くんの意見もよく分からないけど。

取り敢えず、自分の心臓の音が煩い。

前にもあったけど、泉くんは本当に唐突にこういうことを仕掛けてくるから毎回吃驚させられる。
近くに泉くんファンクラブの子が居ないことを祈るんだけど、もぞもぞと体を捩る。


「シャンプーと洗剤の香りですね」


少し緩んだ腕の中で泉くんを見上げると、ドヤ顔でそんな事を言ってくる。


「っ、取り敢えず離してもらえないかな」
「そうですね…」

「ちょっと!なに2人の世界に入ってるんですか!」

何度目かのズルイ!を聞いて、泉くんは私を解放してくれた。
すると、また手を引かれる。

スカッと音がしそうな勢いで朴くんの腕が空を切る。


「ちょ!なんで奏先輩だけ!?」


どうやら、朴くんも私を抱き締めようとしていたらしく、膝をつきそうな勢いで悔しがっていた。


「アキラ先輩に言いつけてやるんですから!」
「出来るものならどうぞ?」


あくまでも余裕綽々と言った風に泉くんは、私の手を握ったままだ。
そうして、私は泉くんに誘導されるようにして教室に向かうのでした。








私はマスコットかなにかなのかな?

妃々季。復習したい。



「うーん、分からん」


時間無いのになぁ、なんて頭の隅ではそんな悠長なことを考えていた。
ただ今、昨日の出れなかった授業の復習中なのだけど。
分からん。


「妃々季さん?」

うんうんと1人で唸っていたら、突然声を掛けられて肩が跳ねる。
教室に私だけしかいないとタカをくくって、だらしなく机に突っ伏していた時だったから。
恥ずかしい。そう思いながら声の主を見やる。
声で分かるくらいには仲良くなれたと思っている泉くんだ。

「どうしたんですか?」
「あぁうん。ちょっとここで躓いてて」

どこです?と泉くんはノートを覗き込む。
自然と近くなる顔に思わず下を向いてしまう。

「そこでしたら、こっちのですよ」
「え?…あぁ!」

ノートに視線を戻して、指された数式に目をやる。
あー、それで解けなかったのか。
教えてもらった通りにすると今までが馬鹿みたいに簡単に解けた。
シャーペンがノートの上を走る。

「ありがと…
「っ!」

数式を完成させて顔を上げると、すっごく近くに泉くんの顔があって、思わず目を見開いた。
突然のことに泉くんも吃驚したのか、慌てて私から距離を取る。なんか顔赤い…?

「泉くん?」

黙り込んでしまった泉くんに声を掛けると、片手で口元を押さえて私に視線を戻してくれる。

「あの、ありがとうね」
「…いえ、俺は…」
「?」

不思議に思いながら、ノートと教科書、ペンケースをバッグに詰める。

「あ、」
「ん?」
「…いえ。この後もお仕事ですか?」
「うん。研究会に誘われてて」
「そうですか」

どこか残念そうな泉くん。どうしたんだろう。

「明日は1日学校に来れそうなんだ」

だから今日頑張らないと!とガッツポーズをすると、その手をやんわりと包み込む、泉くんの手。
吃驚していると、片膝をついて、私を見上げる。
なんだろう、王子様?

「無理はしないで下さいね」

懇願するように言われて、思わず何度も頷いてしまった。
すると、ふっと笑って頭を撫でられる。
改めて泉くんを上から見ることなんてないことに気付いた。
相変わらずまつげ長いなぁとか思っていたら、バッグの中で携帯が震える。

あぁもうそんな時間!

「ごめんね?」

ありがとう、と泉くんに言うと、ゆっくり首を横に振って大丈夫だと言ってくれた。









あなたの為なら。
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