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土鈴

「手でも繋ぐか。」
新政府軍からの総攻撃を控えて、戦いの準備を終えた私に土方さんは突然そんなことを言ってきた。
「え?!」
「何だ、嫌なのか。」
驚いて出てしまった声に、土方さんの眉間のしわがよる。
「嫌だなんて、滅相もないですけど。」
ただまさか土方さんの口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかった。
しかも、こんな状況のときなのだから尚更。

私の考えなど知らないように、返事を聞いた土方さんは私の手をとった。
握られた大きな手から伝わる暖かさと優しさに、ほっと体の力が抜ける。
無意識に力んでしまっていたのだと、そのときに気づく。
ふと土方さんを見ると僅かに笑みを浮かべていた。

ああ…私、そんなに顔に出ていたのかな。
土方さんに気づかれてしまうほど、不安や緊張が現れてしまっていたのだろう。
今回の戦いで最後だと、分かっている。
私たちは戦って戦って、そして散るのだと。
分かっている。
迷いも、不安も断ち切ったつもりでいたけれど。
「土方さん。」
「…もう平気か?」
「は…。」

はい、と言おうとしたらさらにぎゅっと手を握られてしまった。
「ひ、土方さん?!」
「何だ?」
せっかく不安は消えたのに。
これじゃあ別の意味で緊張して、体に力が入ってしまうんですけど!

弱音(野+鈴)

新選組の名は京では有名になった。
そして鬼の副長と呼ばれる土方さんの存在も、きっと同じくらい。

「…桜庭さん。何だか最近、隊内荒れてないっすか?」
私は今、屯所の縁側に腰掛けてお茶とお団子をいただいているところ。
隣にはなぜか最近入隊した野村さんが、勝手にお団子をほおばっている。
「副長も迫力増したっていうか。」
「野村さん…。」
あまり話をしたこともない私に、一体何を言いたいのか。
私は食べる手を止めて隣を見やる。
「…今日もまた誰かが切腹したっていうじゃないっすか。」
「そう、みたいですね。」
「桜庭さんは…新選組にいることに迷ったりしないんすか?」
ああ、分かった。
これは一緒に入隊した相馬さんや下手に親しい人には話せないことだ。
まるで最初のころの自分を見ているよう。

信念で人を殺す。
それは理解されないことかもしれない。
でもそれが正しい道を作っていくと。
「私は、信じていますから。」
新選組の目指す先があるのだと言った土方さんの言葉を。
ずっとずっと最初から。
「土方さんは人にも自分にも厳しいけれど、鬼なんかじゃないって野村さんだって分かっているでしょう?」

「…その通りっす!」
野村さんは、勢い良く立ち上がった。
私は野村さんを見上げる。
「俺、自分が情けない。相馬が選んだ人なのに、俺も主だって認めたのに、こんなことで迷って。」
野村さんの表情は晴れやかだった。
「俺だってずっと副長を信じていくっす!」
そしてそう叫びながら、廊下を駆けて行った。
その後ろ姿は、何だかとても頼もしく見えた。


弱音(主灯)

「灯二、お前って全然弱音はいたりしないよな。」
「え?」
一灯の言葉にそうかな、とおれは首を傾げた。
弱音、かあ。
改めて考えてみると、確かにないような気がする。

だって、目が見えなかったころは親に嫌われてまわりに疎まれて。
それしか知らないおれには、その暮らしが普通だったから弱音なんか出なかった。
ラカンと会ってからは毎日めまぐるしかったし、ラカンはすごく前向きだから。
「うーん…。そういう気分になったりしなかったのかな、おれ。」
「そうか…。」
一灯はちょっとがっかりしたようだった。
「え、何で?」
「いや、兄として弟の弱音や愚痴を受け止めようと思ったんだが。」
…何でいきなりそんな話に?
でも次の瞬間、一灯は笑って顔を上げた。
「でも、ないならその方が良いんだよな。」
「…うん。」

きっと、おれが弱音を言うことはない。
だっていつでも一灯がこうやって隣にいてくれるから。
悲しいときも、辛いときも傍にいてくれるから心が弱ることなんてないだろう。


ユゼB

「どうしたんですか?」
オレは向かい合ってお茶を飲んでいるユーゼフ様に声をかけた。
いつも笑顔でいるけど、今日は特別にこにこしていて癒しのオーラが大放出されている。
――今オレがいるのはパラレルワールドデーデマン家だ。
こっちのユーゼフ様が自由に行き来出来るようにしてくれたので、何度かこちらに来ていた。

「B君がね。君と会っていることにヤキモチ焼いてくれてさ。」
にこにこと、至極嬉しそうにいうことがそれか。
何だか自分のことのように恥ずかしい気がしてくる。
「可愛いよねえ。」
「可愛い…ですか?」
可愛いかどうかは置いとくとして、ふと考えてみる。
…確かに、オレだってユーゼフ様がパラレルワールドのオレと言えど自分以外の人と一緒にいたら嬉しくない。
こちらの自分の気持ちが分かってしまったから、オレはそそくさと元の世界へ帰ることにした。


「B君、おかえり。」
戻ると同時に背後から誰かに抱きしめられた。
瘴気は出ていないけれどその腕が誰のものかなんてすぐに分かる。
「ユーゼフ様。」
瘴気が出てなくて姿が見えないとまだ、反射的に逃げ出したくはならないからユーゼフ様はよく後ろからオレを抱きしめる。
そのまま耳元で、どこか寂しげにさえ聞こえる声でささやいた。
「君はやっぱり瘴気を出す僕じゃだめなのかな。…でもね、誰にも渡したくないんだ。」
オレがどこへ行っていたかなんてお見通しなのだろう。
でも何のためになのかまでは分かっていない。
――ああ可愛いな、って思ってしまった。
ヤキモチ焼かれて嬉しい気持ちが分かってしまった。
思わず頬が緩む。

「…オレが向こうに行ったのは、あなたに慣れたかったからですよ。」
黙っているつもりだったけどもう全部白状してしまおう。
向こうのユーゼフ様なら、別人だって分かるから逃げ出さないで済むようになった。
顔を見て、話をして…耐性をつけてから本人を前にしたかった。
この反射的に逃げてしまう自分をどうにかしないと、ずっとユーゼフ様を傷つけてしまうことになるから。
「B君…。」
ユーゼフ様の腕を振りほどいて、意を決して正面を向く。
「…抱きしめて下さい。」
こんなに近くて、顔を見ていられるんだからきっとパラレルワールド通いは無駄じゃなかったんだ。
といってもさすがに恥ずかしすぎて俯いてしまったから、正しく顔を見れているわけじゃないけど。

ちらりと視線を上げる。
ユーゼフ様は見とれるくらい綺麗な顔で笑った。
――それは瘴気への恐怖など簡単にかき消されてしまうほど。





記憶喪失(八犬伝/現小)※未完

「あ、兄貴。」
「…小文吾、恋人になったんだから名前で呼べばいいだろう。」
「う…えっと…現八…。」
別に今までも呼んでいたはずの名前なのに、関係が変わっただけでとても気恥ずかしくなった。
だけど呼ばれた兄貴が優しく笑うから、俺は兄貴の名前を何度も呼び続けたのだ。

…それがたった数日前のこと。
「すまないが…お前は誰だ?」
現八が倒れたと聞いて慌てて駆けつけた先には、ぼんやりとこちらを見つめる兄貴がいた。
目撃者によると誰かに階段から突き落とされたらしい。
鬼の力で傷はすぐに癒えたが、頭を強く打ったのか…兄貴の記憶は全て消えていた。
「げん…兄、貴?」
俺を見つめる優しげな眼差しはそこにはなくて、名前呼びなど出来るはずがなかった。
「お前は俺の弟なのか?」
「…本当に、忘れちまったのかよ。姉貴のことも、信乃たちのこともか?」
俺のことも…覚えてないんだな…。
ほんの少し前までの幸せは音をたてて崩れていった。


傷がないことと、日常生活を送った方が記憶が戻りやすいだろうということで兄貴はすぐに家に戻ることになった。
古那屋に戻っても兄貴はきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回している。
「現八戻ってきたって?」
「もう大丈夫なんですか?」
そこに信乃と荘介が来た。
…正直、今の兄貴と二人でいるのは辛かったから助かる。
兄貴が忘れている、俺と兄貴の記憶を話し続けるのは予想以上にきつい。
「さっき話した、信乃と荘介だ。」
すると兄貴は信乃の顔をじっと見つめて。
「お前可愛いな。」
なんて言い放った。
以前と変わらない一言は俺の胸を抉るのには充分だった。
「おい小文吾、こいつ記憶ないとか嘘だろ!」
「え、俺は日常的にこんなことを言う男なのか?」
信乃みたいに小さくないし可愛げもない俺を、それでも兄貴は可愛いと言ってくれた。
お前が一番可愛いよ、と。
でも記憶をなくした兄貴は俺をそう形容してはくれなかった。
一般的に見たら俺は可愛いなんて言われる男じゃないのは分かってる。
分かってるのに…兄貴の一言がこんなにも痛い。


次の日から、兄貴は仕事へ行くことになった。
部下の人が迎えに来てくれるしフォローもしてくれるっていうから、記憶がなくても何とかなるだろう。
やっぱり兄貴は隊長だから…周りからも期待をされてるってことだ。
「おはよう、兄貴。」
席についた兄貴の前に朝食を並べていく。
兄貴の好きなものを作ったが本人は多分気づかないだろう。
「すごいな…これ、小文吾が作ったのか?」
「ああ。料理は得意なんだ。」
兄貴はおいしいと食べてくれた。
そのあと部下の人が迎えに来たから兄貴を送り出す。
記憶をなくす前と変わらない一コマに、涙が出そうになる。
…一晩経って俺は思った。
兄貴は記憶が戻らない方が幸せなんじゃないかって。
俺たちが鬼であることは言っていない。
俺たちがきっかけで姉貴が死んだことも。
俺と現八が恋人であることも。
何もかも忘れて、忘れたまま生きた方が兄貴にとっては幸せなんじゃないか、って。
「…大丈夫かよ?」
朝飯を食べにきた信乃が眉をひそめる。
「あ?まあ記憶がなくても体が覚えてるかもだし、仕事の邪魔にはならないんじゃねえの?」
「現八じゃなくて…お前のことだ、小文吾。」
…本当に、このお子様は。
変に鋭くて嫌になる。
「俺は大丈夫だ。つか大変なのは兄貴だろ。」
もう決めたんだ。
現八への気持ちはずっと隠して、弟として生きる。
何でもないように言ったはずなのに、信乃の表情は曇ったままだった。


兄貴が仕事から帰ってきて、信乃と荘介と四人で夕食を食べた。
そしてまだ何も思い出してないという兄貴が、自分が怪我をした場所に行きたいと言い出した。
思い出さないでほしいとは思ったけど、ここで止めるのも不自然で。
信乃たちも付き合うと言って四人、外へと向かった。
…改めてその場所を見ると、階段はかなりの高さがある。
こんなところから落ちて、ほぼ無傷であることに疑問を持たれるかもしれない気がして俺は既に帰りたくなった。
兄貴が何か言いたげにこっちを見て。
口を開こうというまさにそのとき。
「犬飼…!貴様、なぜ無傷なんだ!」
金属の棒を持った男が現れた。
何かぶつぶつ呟いてるし危ない雰囲気なのは一目瞭然だ。



すみません途中まで。
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