2014-6-13 23:42
『夢の国』をお読みになってから読むことを推奨します。(1つ前の短編)
耳です。
『耳』
「なあ、冬樹」
「……」
「なあってば、なあ〜冬樹ぃ」
「何だようるさいな」
やっと返事した、と連が満面の笑みを浮かべる。嫌な予感がした。
「冬樹も耳つけ」
「却下だ」
かぶせるように遮る。思った通りだ、とげんなりした顔になる。連が差し出した丸い耳が中途半端な位置で止まる。
「ちぇー、何だよノリ悪いな」
「良いか? 百歩譲って耳を着けても良いとしよう。でも何でよりにもよってそっちのなんだ」
差し出されている耳には大きめのリボンが付いていた。問われた連は首を傾げる。
「何で、ってそりゃ旦那の耳は俺が着けてるからだろ?」
「お前がそれと交換するってんなら着けてやっても良い」
「はー? やだよそんなん、俺ネズミの嫁の耳なんか着けたくねーよ恥ずかしい」
「それを友人に強要するとは良い度胸だな」
腹が立ったので軽く回し蹴りを食らわそうとしたらあっさり避けられたので余計ムカついた。サッと体をくの字に曲げて避けた連は、そのままの体勢で一つ提案する。
「しょうがないなーわかったよ、冬樹にもまともなかぶり物見繕えば良いんだろ?」
どうしてもかぶせたいらしい。ごねる連をなだめること以上に面倒臭いことはないので、それなら、と冬樹も渋々同意した。
これなんかどうよ、と差し出されたのはアヒルの嫁の帽子で。冬樹は何も言わず、ただそっと連の脇腹をつねった―――全力で。
「あっうわ痛い痛い痛い痛いごめんごめんなさい痛いすみませんもうしません!!」
連は脇腹をさすりながら冬樹との距離を取った。
「ちゃんと選ぶからもうつねんないで下さい冬樹さん」
「それはお前次第だな」
さすがに全力のつねりが効いたのか、ぶつぶつ言いながらもまともなものを探し始めた連。その隙に冬樹は家族への土産を見繕った。
「あっ土産なんか買ってやがる」
目ざとく見つけた連は手に帽子を持って近付いてきた。
「ほら、これならどうよ」
手渡されたのは青いとんがり帽子に黒く丸い耳が付いた物だった。
「まともだな」
「だろ? じゃあお買い上げな」
レジへ押し出される。仕方なく、家族への土産と共に会計を済ませ店を出る。先に出ていた連が早くかぶれと急かす。
「そういやこれって魔法使いの弟子?」
訊いた途端、連の口角がクイッと上がった。この悪い顔は。
「俺のが一枚上手、という意味も込めて、弟子」
やっぱりな、と耳付き帽子をかぶったまま冬樹は溜め息を吐いた。
弟子が師匠を越える日は来そうになかった。
END