2011-8-16 17:34
『彼氏×彼氏の事情。4〜男は誰しも亭主関白に憧れる〜』
土方十四郎――
言わずと知れた、武装警察真選組副長である。
現場の指揮を任された者として多くの部下たちを指先一つで右から左へ動かし、幕府官僚として一般市民からは畏敬の念から丁寧な対応をされることが当たり前で、尚且つエベレストより高いプライドを持つ彼には、現在一つだけ不満があった。
只今目下交際中の恋人に対して、である。
以前土方は武士に憧れるあまり、オンナも武家の妻のように3歩下がって夫の影を踏まず、朝は夫より早く起きてご飯の用意をして、いってらっしゃいませと三つ指ついて送り出してくれて、夜は夫より先に寝ない――まあ、絵に描いたような何かの歌にあるような良妻じゃねえと結婚なんて絶対しねえ、と思っていた。
それはあくまでも「以前」の話で、真選組副長として仕事をする内に結婚自体が面倒くせえ、と思い始め、そもそもオンナを相手にするのも面倒くせえ、と思うようになり、まあそれでも健全な成人男子故に玄人の女性の世話になることはあったりした訳だが、それはそれこれはこれ。
ともかくそう言う普通の幸せと自分は無縁だ、と思うようになっていた矢先である。
ある日出逢った『彼』に青天の霹靂のごとく心臓を鷲掴まれて恋に堕ちた。
すったもんだの経緯や何やらは置いておくとして、とにかく先に惚れたのは土方である。
だから本来なら文句など言うべきではないのかもしれない。
が――
「おい、銀時。茶」
いつも気の利く眼鏡の従業員、志村新八がいる時はきちんと客扱いしてくれてお茶が出て来る。
しかし、彼がいないとあってはぐうたらな万事屋店主は、例え恋人であろうと梃子でも動かない。
「急須は戸棚。お茶葉はレンジの上」
「〜〜〜〜〜っ」
自分で淹れろってか!!
ここで土方がプライドがもう少し低いとか、甘え上手な男なら「お前の淹れた茶が飲みてえんだよ」なんて相手をその気にさせる言葉も出て来るのかもしれないが、生憎と言葉足らずで不器用でカッコつけな土方には、そんな真似など出来るはずがない。
舌打ちをして、ソファーに寝転んでジャンプを読み耽る銀時の向かいに腰を下ろすと、
「灰皿!」
「すぐ目の前にあんだろうが。テメーはお手手を自慰にしか使えないんですかぁ」
と実にムカつく(尚且つお下品な)返事。こちらに視線を向けもしない。
別に恋人だからって。
年中くっついて一緒にラブ×2過ごしたい、なんて気持ち悪いことを思っている訳じゃない。自分も銀時も男同士で、そんな柄でもなくて、そもそも喧嘩相手が間違って恋人になってしまったようなものだから、理想と現実の差なんて天と地ほど開いているものだと言うくらい自覚している。
それでも、
――もう少し気を向けてくれたっていいだろうがよ……
これだとまるで空気扱いだ。
くわえた煙草に火をつけることもなく、ギリギリと奥歯を噛み締めたせいでひしゃげたフィルターのそれをぐしゃりと握り潰して、土方は立ち上がった。
「帰る!!」
せっかく忙しい中時間を見つけて逢いに来たのに。銀時はちっとも嬉しそうじゃなくて。ちっとも土方の気持ちを解ってくれなくて。
亭主関白どころか彼氏であると認識されているのかすら怪しいのか、なんて虚しさが込み上げて来て、ヤケクソ紛れに玄関の戸を蹴りつけた。
子供の頃から実家の手伝いで小作人を指揮するのはいつも土方の役目で、頓所では黙っていても下っ端共がお茶を出してくれて、灰皿を綺麗にしてくれていて。
要は上から命ずることに何の抵抗もなく土方は慣れている訳で、だからと言って銀時を従わせたいだとか適当に扱っているつもりは毛頭ないのだけれど、自由で気ままで何にも縛られない、年上でも目上でも敬語なんて使わない銀時からすれば、固っ苦しくて重苦しい枷をつけられたようなものなのかもしれない。
「副長、お茶入りました」
「………………」
「な、何ですか!?ちゃんといつも言われてる銘柄だし、温度だって同じですけど!」
「何でもねえよ」
明らかに落胆した調子で溜息をつくと、山崎はビビった顔で退散した。不機嫌最高潮の鬼に怒鳴りつけられる前に、苛立った視線だけで察して逃げるとは中々大した勘をしている。
――何で山崎なんだ……
理不尽かつ失礼な問いを胸中でこぼすと煙草をくわえる。
胸ポケットを探るが、お気に入りのライターがなかった。多分万事屋だ。けれど取りに戻る訳にも行かず、舌打ちして机の引き出しを開けたところで、カチリと鳴ったライターの火が差し出された。
「…………っ!?」
「ん」
「ななな何でお前がここに!?」
視線を上げれば、今の今まで考えていた恋人。大慌てで後退さると、銀時は相変わらず茫洋とした表情でライターを放り投げて来た。
「失礼な奴だな……忘れ物届けに来てやったんだろ」
「あ、ああ……サンキュー」
「んじゃ」
そうしてあっさりと腰を上げる銀時に、土方は思わずその手を掴んで引き止めた。
「待てよ!」
「何」
言いたいことはたくさんあった。
言わねばならないこともたくさんあった。
けれど、土方の数少ない語彙では今のお礼もそれまでの気持ちも、語っていては日が暮れてしまう。上手く伝えられる気がしない。
引き止めたくせに口をへの字に曲げたまま言葉を続けない土方に、銀時は小さく溜息をつくとバリバリと頭をかいた。
「あのさー、土方君」
「………………」
「俺はお前の部下でもなけりゃ、古女房でもねえよ。思ってることはちゃんと言葉にしろ」
多分思考回路の似ている銀時のことだ。少ない土方の言葉でも、意図することは正確に理解しているのだろう。
けれど、
「言わなきゃならねえことだってあるだろ。例え解ってんだろ、ってことでもだ。それが普通とは違う、俺たちがずっと対等でいるためのルールってもんじゃねえの?」
「………………悪かったよ」
ボソリと呟かれた言葉に銀時が目を僅かに丸くした。恐らくは今まで数え切れないほど交わした言葉と拳の応酬で、土方が初めて発した謝罪であった。
「………………」
「その……別にお前を軽んじてるとか、そう言うつもりじゃなくてだな」
「うん」
「お前だから、いろいろやって欲しいんだよ!いろいろしてやりてえって思うんだよ!」
まあ、土方がやってくれることと言えば、銀時が手出し出来ない高級菓子を持って来てくれたりだとか、子供も含めて食事をした際当たり前に支払いを持ってくれるとか、そんなことなのだけど。
それでも銀時はちゃんと土方なりの優しさと深い愛情を解っている。
これ、ガキ共が好きだよなとか、あれは自分が好きだろうとか。事細かに覚えてくれているその瑣末が、何より自分たちを思ってくれている証拠だ。
「…………うん」
「だから、その……」
平素仏頂面で変化に乏しい土方の整った顔が、見る見る内に茹蛸のように紅くなって行く。
「今度から、茶くれえお前の淹れたやつがいい」
真っ直ぐにこちらを見つめる眼差しはどこか迷子の仔犬のような不安気な色をも帯びていて。
銀時はちょっと笑ってしまった。
もう何度もアレやコレやと恥ずかしさのあまり憤死出来そうなことをさせたくせに。
たかが茶を淹れてくれと言うくらいで、何故この馬鹿な男は照れているのだろう。
「笑うな!!」
「あーゴメンゴメン。いいよ、解ったよ。その代わり……」
「その代わり?」
「おい、銀時。茶」
ソファーにドサリと座るなり、開口一番に俺様発言をする土方にジロリと視線を投げる。と、彼は慌てたように言葉を続けた。
「……を淹れてくれ」
「ん。緑茶?」
「ああ」
黙って席を立つ銀時に、先んじて台所へ向かおうとしていた新八と、定春と戯れていた神楽が顔を見合わせる。どちらも信じ難いと言うように、目が丸くなっていた。
「か、神楽ちゃん……今のって」
「あの俺様ニコマヨが銀ちゃんにお願いしてたアル!」
「信じられない……」
「今日は槍が降るネ」
コソコソと言い合っている間に、銀時がお盆に4つ湯呑みを乗せて戻って来た。
「あ、すみません!僕らの分まで……」
「ついでだ、ついで」
「銀ちゃん、コレ熱過ぎて飲めないアル」
「冷めるまで待ってろ」
ぶー、と口を尖らせる神楽に当たり前のように返すが、確かに猫舌な銀時が淹れるには熱過ぎる温度だ。いつもはもっと温い。その証拠に銀時も脇に湯呑みを退けたままでいる。
「………………」
チラリと新八が視線をやると、事も無げに茶に口をつけている土方。
何となくくすぐったい気分になって、新八は微かに笑みをこぼした。
以上、完。
こうして土方は徐々に銀ちゃんからヘタレに教育されればいい。