あかね空。
放課後の教室に。
恋次くんと朽木さん。
映画やドラマのワンシーンみたいだった。
朽木さんの真っ黒な髪が、夕陽と対比になって。
ものすごく、綺麗だったの。
敵わないよ。
だって、
強くて優しくて、綺麗な朽木さん。
大好きなんだもの。
「井上さん?」
「あ、なぁに石田くん」
石田くんは、細くて長い指をすっとあたしの膝元に。
「スカート、一緒に縫っちゃってるよ」
少し申し訳なさそうに、石田くんは指を曲げた。
「わぁ、あたし何してるんだろうね!?」
大変だぁと、裁縫箱をガチャガチャと。
「あれ、何処やったっけなぁ?」
「井上さん」
「え?」
「目の前の針刺しの傍に、リッパー置いてあるよ」
あぁ、
これじゃあ、いかにもさっき何かありましたって言ってるみたい…
夕飯の献立考えててうっかりしちゃったとか、言ってみようかな。
う〜ん、かえって妙かな?
「井上さん」
「あー、あのね石田くん」
「今日はもう帰ろう、どうせ二人しか来てないし」
さっさと、帰り支度をする石田くん。
あたしが、動けずにいると。
石田くんは、家庭科室の戸締まりを着実に済ませてく。
「石田くん、」
「何だい、井上さん」
「ごめんね、あたしのせいで部活早く終わらせることになっちゃって」
石田くんは、カーテンを閉めるところで。
あかね空が、ゆっくりと隠れていく。
「調子が出ない時に無理しても、満足のいくものは作れないよ」
だから、気にすることはないよって。
やっぱり、石田くんは優しい人。
ガチャ。
「じゃ僕が鍵返すから」
「あ、あたしも一緒に行くよ!」
「一人で大丈夫だよ、それに…」
石田くんの視線が、あたしのさらに向こうの廊下に。
「多分、彼は井上さんに用があるはずだからね」
じゃ、また明日と。
石田くんは、暗くなりはじめた廊下の向こうに消えていった。
「おい」
石田くんの言った通りだね。
すごいや。
「おいじゃないよ、お…」
「織姫」
うん、そうだよ。
恋次くん。
「話がある」
今日の土手は、もう宵の口。
藍色のグラデーションが、泣きたいくらい綺麗だね。
「恋次くん」
「何だよ」
「天の川」
すぅっと空を指せば、恋次くんの瞳もそっちへ。
「すげぇな」
「うん、すげぇよね」
今夜は、きっと熱帯夜。
今も、じんわりと湿気が鬱陶しい。
「話、」
「うん」
夜の空から、恋次くんへ。
意識を向けたら。
あの夜の恋次くんがいた。
あの夜には、もう夢でしか会えないんだって。
あの夜は、もう戻ってこない過去にあるんだって。
あの夜の恋次くんは、
自惚れてもいいの?
ねぇ、恋次くん。
(言い表せない程に君が、)
2008-1-28 15:24
朝が来て。
乱菊さんと冬獅郎くんに、おはようを言って。
いつもの毎日が始まる。
教室には、茶渡くんがいて石田くん。
それから、たつきちゃんに千鶴ちゃん。
そして…
「うっす」
「おはよう、恋次くん」
おやすみと名残惜しげにキスして別れたのは、そんなに前じゃない。
ねぇ、恋次くんは眠れた?
あたしは、幸せな夢を見たよ。
どんな夢だったかは、忘れちゃったけど。
でも、幸せだったんだ。
赤い髪が、こっくりコックリ。
あ、沈んだ。
くすくすと、声を殺して笑うと。
赤い髪がぐるっと回って。
顔がこっちに。
笑うな。
そんな姿が、余計に可笑しくて。
「井上?」
隣の席の黒崎くんが、いぶかしげに。
「恋次くんがね、」
「恋次?」
うんと、視線をもう一度恋次くんに。
そしたら、ちゃんと鉛筆を握って板書してた。
「ちゃんと授業受けてるぞ」
あれ〜?
黒崎くんの視線が、あたしに戻ったその瞬間。
また、赤い髪がぐるりと。
ばーか。
恋次くんって、意外とお茶目だよね。
「ごめんね黒崎くん、気のせいだったみたい」
恋次くんへ視線を向けたまま。
黒崎くんは、不思議そうにあたしを見てた。
放課後部活に行ったら、忘れ物に気が付いて。
石田くんに、教室に行ってくると一言。
慌てなくていいから、怪我しないようにって。
優しい人だよね。
でも歩いていくのも、何だかしっくりこなくって。
自然と小走りに。
窓から見えたたつきちゃんが、走ってたからかも。
パタパタと軽快に、廊下に響くあたしの足音。
おっとっと、通りすぎちゃうとこだった。
いけない、いけない。
ドアに、手をかけようとしたら。
あかね空の教室に。
恋次くんと、朽木さん。
一瞬、息が詰まって。
手も止まっちゃって。
そしたら、
恋次くんの優しい笑顔が、朽木さんに。
あたしの手が、空中にぶらんと落ちて。
一瞬、
ううん、一秒。
世界が止まった気がした。
音も色も、何もかも消えてしまったような錯覚。
気付いたら、何処かへ走ってて。
涙が出そうな気がして、余計に足を止められなかった。
分かってた、筈なのに。
あの夜、
あたしは朽木さんの代わりで。
恋次くんは、黒崎くんの代わりをしてただけ。
あの優しい笑顔を、ほんの少し向けてもらえただけだったのに。
あたしはどうして、あたしだけのモノだとか思ってしまったんだろう。
確かに、あの夜の間はそうだったと思う。
紛れもなく、
あたしは恋次くんに、キスをした。
黒崎くんの代わりだなんて、少しも思ってなかったよ。
目の前の恋次くんが、愛しかった。
だから、恋次くんもそうだったんだって。
そう信じたかった。
信じてたかったんだ、
恋次くん…
(夢にしたくないあたしを許して)
2008-1-27 14:03
拍手ありがとうございます!
生きる糧です〜
どれもさいこーですよ!〜の方
→マジですか!?
ありがとうございます!!
きゅん死になんて、桐島なんかの駄文にはもったいないお言葉ですっ
頑張りますねv
かしこさん
→こんな辺境の辺境へようこそ;;
来てくださるだけでも嬉しいのに、コメントまでっ
ありがとうございますv
こっちも、ちまちまやっていこうと思ってます。
気が向いた時にでも、来てやってください!
2008-1-27 10:27
乱菊さんが、すっかり寝入ったのを確認して。
冬獅朗くんに気付かれないように、そっと家を抜け出した。
何処へ行こうか。
夜の公園は、明るいけど淋しいし。
夜の学校は、ほんのちょっぴり怖いし。
どうしたものかと歩いていたら、あかね空の霊圧に足を誘われて。
「こんばんは、恋次くん」
浦原さん家の屋根の上の彼に、夜の挨拶。
あたしの姿を見てぎょっとした恋次くんは。
こんな時間に何をしているんだと、慌てて降りてきた。
「散歩したい気分だったの」
乱菊さんの胸で思い切り泣いたのだけれど。
でも、全てを涙にすることは出来なくて。
「恋次くんこそ、こんな時間に屋根の上にいるのはどうして?」
「馬鹿言ってねぇで、送ってやるから帰るぞ」
乱菊さんが心配していると、あたしの腕を掴んだ恋次くん。
いつものあたしなら。
わぁとか引っ張られたことに驚きつつも、ちゃんとついていくのに。
今日の、
今夜のあたしは、出来なくて。
「井上?」
「織姫だよ」
的はずれもいいとこな返事。
でも、恋次くんは何も言わなくて。
だけど、腕を放してもくれなくて。
元々よろしくない目元を、すぅっと細めた。
その瞳の色に、少し、
ほんの少しだけ、縋りつきたい衝動に駆られた。
「恋次くん、髪はいつ降ろすの?」
「寝る直前」
「ふぅん」
放課後の土手、また恋次くんと。
今夜は、熱帯夜には程遠くて。
少し肌寒い。
だから、今度は肩を並べて座った。
少し高い恋次くんの体温が、温かくて心地良い。
恋次くんは、何も訊かない。
あたしのくだらない質問に律儀に答えて、時折視線をくれるだけ。
だからあたしも、甘えて何も言わないでいる。
「泣いたのか?」
急に、
本当に急に、大きな手で目尻を撫でられた。
言われたことにも驚いて。
二倍驚いてしまった。
「な…んで?」
「そんな気がした」
大きな手が、武骨な指が、
目尻を掠めて、頬を伝った。
優しい彼は、気付いたのかもしれない。
「あたし……」
「ん?」
「恋次くんの手、好きだなぁ」
あたしの左頬にある恋次くんの右手に、あたしは触れた。
お兄ちゃんとは、また違う手。
でも、何だかほっとする。
そんな温かさ。
「お前の手、冷たいな」
「うん、心が冷たいからかも」
「はぁ?」
「心が冷たいから、手まで冷たいんだよ」
暖をとるように、恋次くんの手を包み込んだら。
「俺は、心が温かいからって聞いたぜ」
あたしも聞いたけど。
でも、やっぱり信じられないよ。
だって、
優しい優しい恋次くんの手は、とても温かいでしょう?
「恋次くんの手が冷たくなったら、信じてあげる」
「何だよ、それ」
「信じないってことだよ〜」
恋次くんの手を握り締めて、口元に持っていって笑えば。
笑うなと、右頬を抓られた。
「痛いよ、恋次くん」
「お前が笑うからだ」
へっと笑うその顔が、何だかとても愛しくて。
今日初めて、優しく笑えた気がする。
「苦しいよ、恋次くん」
「悪ィ」
でも、抱き締められた腕の力は。
一向に抜ける気配はなくて。
苦しいけど、
苦しいんだけど、温かくて。
窮屈感に、満たされて。
恋次くんの背中に、あたしの指がそろりと伸びる。
きゅっと、恋次くんの服を握ったら。
逞しい腕が、少し緩んで。
恋次くんの顔が、耳元に。
「織姫」
低くて、
素敵な声だということは、重々承知していた筈なのに。
耳元で囁かれる声は、また格別で。
そんな甘くて痺れるような声で名前を呼ばれてしまったら、目を瞑るしかないわけで。
唇が重なる直前に、恋次くんと名前を紡げば。
優しく頬を撫でられて。
ねぇ、恋次くん。
これは、気紛れなのかもしれないけど。
でも、さ。
今は、
キスしてるこの瞬間は、間違いなく恋をしてるんだよね?
キスは、どんどん深くなっていったけれど。
妖しさは少しもなくて。
ただ、
ただ丁寧に愛された気がしたよ。
離れては、またキスをして。
言葉を交わしては、またキスをして。
「ねぇ、恋次くん」
好きだよって言葉は、吸い取られてしまったけど。
伝わったよね?
(嘘なんかじゃないよ、今夜だけは)
2008-1-25 01:55
彼に恋したことに、後悔はない。
叶わぬ恋であることは、悲しいけれど。
彼があたしじゃない誰かを選んだ姿を目の当たりにしてないから、まだ幸運な方なのかもしれない。
失恋してるんだから、幸運なんて言葉相応しくない気もするけれど。
そう真剣に、隣の彼に言ったら。
井上は強いなと。
彼は力なく笑った。
赤い髪が、少しだけ揺れて。
私の髪も、少しだけ揺れた。
所謂、あの世で出逢ったあたしと恋次くん。
そして、この世で再会した。
嬉しかったんだよ。
だって、
恋次くんが、あたしの世界に来てくれたから。
「そーいや、さ」
「なぁに?」
「一護は黒崎くんなのな、お前」
少しだけ、ドキッとした。
そうだよね。
不思議だね。
恋次くんは、恋次くんなのにね。
「恋次くんだって、」
「は?」
「乱菊さん、雛森、井上」
「………」
ほら、朽木さんだけでしょう?
意地悪に聞こえそうだったから、言わないけど。
夕陽が、土手の川に沈んでく。
赤いね。
恋次くんみたい。
「何だよ、それ」
「だって、」
くすくす笑うと、恋次くんも笑ってくれた。
拳が一個。
それが、あたしと恋次くんの手の距離。
みんな、皆。
届かない。
(届く人なんて、いないのかもしれないね)
2008-1-24 16:38