里外に任務で散っていった仲間達が、次々と帰ってくる。
分娩室にサクラが入ってから、どれほど時間が経っただろうか。
「日向さん」
「おい、ネジ呼ばれてるぜ」
「え?」
「日向サクラさんの旦那様、奥様がお呼びです」
キバに背中を押され、分娩室のドアを潜り抜けた。
「呼んでいると言われて入ってみれば、今産まれたと言われて慌ただしかったぞ」
「ふふ、ごめんなさい。本当はネジさんが来てからと思ったんですけど、ね」
つい先ほど初授乳とやらを終え、ようやくサクラを独り占めできることになった。
共に息子の喜んでくれた仲間達は、赤ん坊は見れたし明日(といってもすでに日付は越えていた)も早いからと帰宅の途についていった。
「…大きな産声だったな」
「そう…ですねぇ。先生にも言われました」
将来大物になりそうですね、と俺にもそう言った先生は、次に誕生を迎える夫妻の元へすぐ駆けていった。
「大物になりそうなのは喜ばしいが、何故あれほど声を張り上げて泣くのだろうか」
まるで、産まれ落ちたことが恨めしいと言うかのようだ。
「医学的には、呼吸するため、なんですけどね」
「分かっている」
「でも、そうですよね。なんでなんだろ…」
「こちらは一日でも早く会いたかったというのにな」
そっと微笑みながらそう口にすると、サクラも柔らかい笑顔を見せて頷いてくれた。
「親の心子知らずって言うじゃないですか」
「今からそうだと、先が思いやられるな」
「いいじゃないですか。私も、こうやって出産を終えて、初めて自分の母親の強さと愛の深さを知りましたもん」
あの子がこうやって親になった時、同じように思ってくれればそれでいい。
「サクラは強いな」
「もう、母、ですもん」
「男はダメだな、いつまでも子供で」
「そんなことはないですよ。これから、あの子が誰よりも頼るのは父親なんですから」
「…そうだろうか?」
私自身もそうでしたと、窓の外に視線をやったサクラは、お義父さん(と呼べというのが挨拶に行って真っ先に頂戴した言葉だった)(春野さん、と呼んだのがまずかったらしい)を想っているのだろう。
父親を早くに亡くした俺には少し想像しがたいのだが、そんな俺でもちゃんとした父親になれるのだろうか。
「大丈夫ですよ。ネジさんなら」
「そうか?」
「不安になったら、お父さんにでも相談してください」
「お義父さんに?」
「ここだけの話、お父さん拗ねてるんですよ、ネジさんがよそよそしいから。せっかく息子ができたのに、まだ酒を飲み交わすこともできてないって」
お酒弱いから、ネジさんの相手なんかしたらベロンベロンになって寝ちゃうだけなのにね。
『君が、すでにお父さんを亡くしていることは、娘から聞いている。私には娘しかいないから、息子の父親というものがどんなものかわからない。君も、父親というものがどんなものであるか幼い頃の記憶しかないと思う。でも、君となら頑張れそうだ』
「…俺が合わせるさ」
「ネジさん…?」
「お義父さんは日本酒よりビールだろ?」
この会話を、一度帰宅し朝イチに戻ってきたお義父さんに、ドア越しに聞かれていたと知ったのは、息子がアカデミーに入学した夜のことだった。
(でも、きっとこれから先も数えきれないほど泣きたくなるような幸せがあるんだろう)