花道は、アメリカへ行った流川を追いかけて。
太平洋だなんて、漢字もろくに書けやしない海を。
飛行機で軽々と、越えていった。
「本当に、すぐ行っちゃったわねぇ」
隣の晴子ちゃんが、しみじみと。
花道が乗っているであろう飛行機を見送って一言。
今日はあまりにも急すぎて、見送りは晴子ちゃんと俺の二人きりだった。
流川に、一方的にライバル心を燃やしていた花道だったのだが。
流川がどうこうよりも、自分の身の振り方を気にかけなければならなかった。
そんな日々に忙殺されつつも、ひょんなことから流川がとっくに日本をあとにしていると知って。
花道は、大慌てでアメリカへと乗り込んでいったのだ。
それも、ドラム缶型のスポーツバック一つを手にしただけで。
英語なんて、まさかできるわけがない。
日本語でさえ、難易度が上がればお手上げの花道だ。
「言葉なんて、バスケを体当たりで学んだように。いつの間にかペラペラになってそうね、桜木くん」
クスクスと笑う晴子ちゃんの視線は、まだ空へと向けられている。
「俺も、今ちょうどそのことを考えてたよ」
「以心伝心ね」
「ね」と言われるのと同時に、晴子ちゃんがこっちを向いた。
あまりにも普段と変わらない。
花道は何も言っていなかったんだろうか。
「晴子ちゃん…花道から、何も言われてないの?」
三年間、隣で共に湘北を──花道を応援し続けた仲だ。
これくらい訊いても、許されだろう。
「桜木くんから?行ってきますなら、ちゃんと聞いたわよ?」
相変わらず鈍いな、この子は。
「ん、そうじゃなくて」
「他?特になかったわよ」
一目惚れして、バカみたいに一途に好きだったくせに。
あいつ、何やってんだか。
「そーいやさ、流川のことはよかったの?ずっと好きだったじゃん」
隣にいたからこそ、誰よりも知っている。
目の前の女の子が、彼女なりに精一杯流川を追いかけていたことを。
「流川くんは、」
キーンと音がすると、ゴォォォと轟音がして。
また一機、飛行機が空の向こうに消えていった。
「私、流川くんのこと、選手として好きだったんだと思うの」
晴子ちゃんは、ジャンプシュートを打つポーズをとった。
「あのね、流川くんは私にとって、私にあってほしかったモノ全部持ってる人だったのよ」
身長だとか、才能だとか、情熱だとか諸々。
「流川くんが無口なのは、喋ることに対して行う全てのことが。バスケに無縁だと感じているからだと思うのね」
流川は、本当にバスケのためにしか生きてないと。
晴子ちゃんは、上げていた手を静かに下ろした。
「私は、そんな流川くんに『私』っていう存在を知ってもらいたいと思ってたけど。その先のことは、考えたことなかったの」
下ろされた手は、さりげなく後ろ手に組まれた。
「その先?」
「うん。好きになってほしいとか、付き合いたいとか、そういうこと全部。私の頭の中には、浮かばなかった」
この子が鈍いのは。
そもそもこの子の中に、そういった感情が薄いからかもしれない。
「桜木くんにも、同じことが言えるかもしれないわ」
「花道にも?」
「うん」
だってすごい選手なんだもの!と、晴子ちゃんはキラキラ目を輝かせた。
「…晴子ちゃんがいなけりゃ、花道はバスケなんてやらなかったもんなぁ」
「そーなのよぉ!!」
あと、と晴子ちゃんが。
「あと?」
「洋平くんに会えなかったわ」