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旅立ちの日和に君をさらってしまおうかU

「?」
「あ、私がって意味ね」
「あぁ…」


それもそうだ。

この晴子ちゃんが花道にバスケットは好きかと訊いたからこそ、全てが始まった。


「そだね。晴子ちゃんみたいな、大人しくて可愛い子、本来なら俺達とは無縁だもんね」


サラッと言ったつもりだった。

久しぶりだねとか、おはようなんて言葉と同じくらいに。


でも、


「晴子ちゃん?」
「……私、洋平くんに会いたかったのかもしれない」
「え?」


本当、この子はたまに突拍子もないことを言い出す。


「さっき言ったでしょ。私、流川くんにその先を望んだことないって」
「うん、」
「もしかしたら…って思うこともあるかもしれないって、思ったりしてたんだけどね。でも流川くんに『マネージャー』って呼んでもらえた時、満足しちゃったのよ。だけど、洋平くんにそれはなかったの」


それがさっきの俺に会いたかったかもしれないという言葉に繋がる気が、とてもじゃないがしない。


「私ね、毎日、明日も洋平くんの隣にいれたらなって思ってた」




晴子ちゃん越しに、地上でパイロットに合図を送るフラッグが視界にチラついた。

晴子ちゃんの茶色がかった黒髪が、そのフラッグを覆うように流れて。


晴子ちゃんの髪の長さが、出会った頃と同じだと不意に思った。




「でも、私が思うだけじゃダメでしょう?それには、洋平くんにも同じように思ってもらえなくちゃならない。でね、今気づいたの。私、洋平くんに好きになってもらいたかったんだって」


一気にそう言った晴子ちゃんの顔は。


真っ赤だった。






あ、コレってもしかしなくても。






「晴子ちゃんが、俺を?え?」
「……迷惑…?」


泣きそうに歪んでしまった顔に慌てた。

そんなこと、一ミリも思ったことない。

それだけは断言できる。


ただ、


「晴子ちゃんにとって俺が、そういう対象になるってことがあるわけないと思ってたからさ。ちょっと驚いちゃって」


花道が一目惚れした相手だったから。


その時点で、俺がこの子を好きになるという選択肢はなかった。


だから…


「それは、洋平くんにとって私はそういう対象じゃないってこと?」
「いや。そういうことじゃなくて、」


あ、こんなふうに言われたんじゃ、引き下がれないよな。

どうすればいいんだろうか。


ってか、どうしたいんだろうか俺は。




「困らせてごめんね、洋平くん」
「晴子ちゃん…」
「私、こんなふうに誰かを好きになったの初めてで。どうしたらいいのか、よくわからなくて…」






参った。


それはファールに近いよ、晴子ちゃん。






出会った頃と同じ姿の晴子ちゃん。

そんな晴子ちゃんを好きだったはずの花道は、何もせずにアメリカ。


もし、あの日。

花道が先に好きだと言わなければ。




「少し、時間がほしいんだ」
「え?」
「その少しの時間っていうのは、」
「うん…」
「晴子ちゃんと二人っきりの時間だったりするんだけど」
「…洋平くん?」


「たぶん、無駄な期待では終わんないと思うんだけどさ。一応、訊いとこうと思って」




そう言うと、晴子ちゃんが抱きついてきた。

相変わらず変なとこで大胆な子だ。


花道に、ごめんと心の底から思ったけど。

この子を放したくないなぁと、想ってしまった俺もいた。






(失くすものなど何もない!)

旅立ちの日和に君をさらってしまおうか(洋晴/SD)※未来捏造

花道は、アメリカへ行った流川を追いかけて。

太平洋だなんて、漢字もろくに書けやしない海を。

飛行機で軽々と、越えていった。


「本当に、すぐ行っちゃったわねぇ」


隣の晴子ちゃんが、しみじみと。

花道が乗っているであろう飛行機を見送って一言。

今日はあまりにも急すぎて、見送りは晴子ちゃんと俺の二人きりだった。


流川に、一方的にライバル心を燃やしていた花道だったのだが。

流川がどうこうよりも、自分の身の振り方を気にかけなければならなかった。


そんな日々に忙殺されつつも、ひょんなことから流川がとっくに日本をあとにしていると知って。

花道は、大慌てでアメリカへと乗り込んでいったのだ。


それも、ドラム缶型のスポーツバック一つを手にしただけで。


英語なんて、まさかできるわけがない。

日本語でさえ、難易度が上がればお手上げの花道だ。


「言葉なんて、バスケを体当たりで学んだように。いつの間にかペラペラになってそうね、桜木くん」


クスクスと笑う晴子ちゃんの視線は、まだ空へと向けられている。


「俺も、今ちょうどそのことを考えてたよ」
「以心伝心ね」


「ね」と言われるのと同時に、晴子ちゃんがこっちを向いた。


あまりにも普段と変わらない。

花道は何も言っていなかったんだろうか。


「晴子ちゃん…花道から、何も言われてないの?」


三年間、隣で共に湘北を──花道を応援し続けた仲だ。

これくらい訊いても、許されだろう。


「桜木くんから?行ってきますなら、ちゃんと聞いたわよ?」


相変わらず鈍いな、この子は。


「ん、そうじゃなくて」
「他?特になかったわよ」




一目惚れして、バカみたいに一途に好きだったくせに。

あいつ、何やってんだか。




「そーいやさ、流川のことはよかったの?ずっと好きだったじゃん」


隣にいたからこそ、誰よりも知っている。

目の前の女の子が、彼女なりに精一杯流川を追いかけていたことを。


「流川くんは、」


キーンと音がすると、ゴォォォと轟音がして。

また一機、飛行機が空の向こうに消えていった。


「私、流川くんのこと、選手として好きだったんだと思うの」


晴子ちゃんは、ジャンプシュートを打つポーズをとった。


「あのね、流川くんは私にとって、私にあってほしかったモノ全部持ってる人だったのよ」


身長だとか、才能だとか、情熱だとか諸々。


「流川くんが無口なのは、喋ることに対して行う全てのことが。バスケに無縁だと感じているからだと思うのね」


流川は、本当にバスケのためにしか生きてないと。

晴子ちゃんは、上げていた手を静かに下ろした。


「私は、そんな流川くんに『私』っていう存在を知ってもらいたいと思ってたけど。その先のことは、考えたことなかったの」


下ろされた手は、さりげなく後ろ手に組まれた。


「その先?」
「うん。好きになってほしいとか、付き合いたいとか、そういうこと全部。私の頭の中には、浮かばなかった」




この子が鈍いのは。

そもそもこの子の中に、そういった感情が薄いからかもしれない。




「桜木くんにも、同じことが言えるかもしれないわ」
「花道にも?」
「うん」


だってすごい選手なんだもの!と、晴子ちゃんはキラキラ目を輝かせた。


「…晴子ちゃんがいなけりゃ、花道はバスケなんてやらなかったもんなぁ」
「そーなのよぉ!!」


あと、と晴子ちゃんが。


「あと?」


「洋平くんに会えなかったわ」
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