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信じらんないと、いのも毎月欠かさず目を通している、くの一達の間で一種の聖書と化している月刊誌を前に一言。
「何がだよ」
珍しいもんだと、常ならば分厚い医学書が我が物顔で陣取っている手元を一瞥して。
ああ暇だと、窓から見える雲をのんびり眺めていたときに突然だった。
「若くてイケメンで中身も男前で気さくな男性Aさん(仮名)の彼女がいない、できない理由が」
「一体何の特集だ、ソレ」
「婚活」
すっかり耳に馴染むようになった、年末の流行語大賞ノミネート間違いなしの造語。
あーそうですか。
一方すっかり興味が失せたようで、雑誌はそこら辺に投げ捨てられ。
その動作主は、ふぅと大きな息を吐いて俺のベッドへ背中からキレイなダイブを決めた。
ベッドの上で、窓のさっしに頭を乗せて仰ぐように空を雲を眺めていたが。
足元に転がった桜色の頭に目をやった。
「で?」
「ん、ナンパなら遊びってわりきって積極的になれるんだって、その人。でも、それを聞いた親しい女性陣――つまり、本命候補達?――には遊んでるんだーって引かれて、敬遠されるばかりか紹介も頼めない有様なんだって」
自業自得じゃないと、寝返りを打つサクラ。
「男の人はいいわよね。最初に遊びって言い切って、責任逃れの保険がきくんだもの。女の人はできないわ」
サクラはそっと、自分のお腹を触って。
「女の人も遊びのつもりだったとしても、赤ちゃんできちゃったらもう逃げられない。男の人は、最悪、行方くらませば責任から逃げられると思うよ。でも女の人はどこに逃げても自分の体の中に赤ちゃんがいるんだもの。男の人のようにはいかない」
サクラはひざを抱き寄せて、俺の足元で小さく丸まった。
「それに赤ちゃんには罪はないし、愛情も湧いてくると思う。女の人の感情ってそうなるようにできてるんだよね」
医学も心理学もかじったサクラは、俺には到底わかりえない深い話を時たまする。
でも、サクラの言いたいことはわかる。
「まー、男は最低な生き物かもな」
その昔、一夫多妻制でブイブイいわせて、通い詰めってのもあれば一回こっきりでハイさよならもあったわけで、でも男にはお咎めなし。
当時は女にも貞操を求めていたわけじゃないから、フィフティフィフティだと返されりゃそうかもしれないが。
それでも、受身である性を持つ女の方にリスクが高いのは明らかだ。
サクラはそこを逆手に取ったヤツが許せないんだろう。
医療従事者として、女として。
「俺は遊びなんて面倒くせーもんやらねぇし、興味もねぇ。ガキができたってんなら結婚するぜ?」
ずいとサクラを引っ張りあげて、足の間におさめて抱き込めば。
焦った真っ赤な顔が、ぐりんと向いた。
「なっ!?違…違うわよ!シカマル、あんたなんて勘違いしてんのよ!?」
「違ったのか?ってきり、お前のことだから言いにくいから回りくどく言ってきたんだと思ってたんだけどな」
ついでにサクラの下っ腹を撫ぜ回せば、ペチンとやられた。
「イテ」
「バカ」
撫で回してた手は、サクラの指が絡められ。
肩口には頭が落ちてきた。
「もしそうなったら、シカマルは責任取ってくれるってことよね」
ふふふと上機嫌なサクラ。
「シカマルが面倒くさがりでよかったって、初めて実感したわ」
なんとも失礼な一言だ。
「お前がバタバタしてるから、丁度いいだろうが」
「まーね」
ご飯よって声がしたからして、親父の締まらねぇ声も聞こえてきた。
「サクラちゃ〜ん、バカ息子なんておいて先においで〜」
俺らの仲は家族公認どころか、親の方が溺愛気味。
「はーい、そうしまーす!」
ついでに、サクラもサクラで親、特に親父に甘い。
「おい」
「だって、シカクさんタイプなんだもん」
「はぁ!?なんで、よりにもよって…」
「だって、シカマルの将来予想図でしょ?」
(軽すぎず重すぎず、至極自然に当り前に。ぼくらはそっと寄り添うべきだ)
「砂に…?」
足を止めて、振り返って。
問い返したら、あぁとだけ返ってきた。
「いつ?」
「だから、卒業したら」
そうか、就職先がと言ってたっけ。
「……そう」
『業務連絡、春野さん受付までお越しください』
「あ…」
バックルームにだけ流れるアナウンスに、骨髄反射のような声が零れた。
「受付って、何したんだよ」
さっきと打って変わって、クククと笑いを殺しきれてない声。
さっきは、
普段がどれだけ感情が込められていたか驚く程、抑揚がなかった。
──シカマルって、結構感情豊かな方だったのね。
砂に行ったことのない私は、地図を浮かべながら。
そんなことも、考えていた。
結局、受付で私を待ち構えていたのはちょっとしたことで。
すぐ、来た道をとって返すことになった。
「砂、か…」
ココを卒業と就職で止めてしまえば、やたらめったらと会えなくなるのに変わりはない。
それでも地元にいる気安さと、遠い地で一人頑張っているところでは。
気軽に、会いたいだのという言葉は発せられない。
「遠いなぁ、」
本当に。
「ゴールデンウィークか、夏には帰ってくる」
下を向いていた顔を上げれば、軽そうなダンボールを抱えたシカマル。
「…本当?」
「どっちかに必ずな」
ボンと台車にダンボールを乗っけながら、シカマルは。
小さく、その時は飲みに行こうぜと呟くように言った。
「あ、うん、もちろん」
シカマルは、いつも幹事だった。
何だかんだと皆の中心で、決断力と実行力が伴うシカマルは。
ブチブチ文句を言いながら、それでもこの大変な役目をこなしてくれた。
一番遠くに行くのにね。
口はよくないけど、面倒見のいいシカマル。
砂に行っちゃうのは、とても淋しいけど。
シカマルなら、砂でも仲間をまた作って。
こうやって、楽しくやっていくんだろうね。
皆、みんなシカマルを慕ってて。
大好きで。
でも、もう私達はシカマルの過去になりつつあるんだね。
「でもさ、帰ってくるでしょ。その、転勤でも」
「三年ごとに転勤だから、いつになるかは分かんねぇけど」
「帰ってくるなら充分。楽しみだね」
私は、こっちで就職する。
口に出して言わないけど、でも。
待ってるよ。
「あぁ、」
穏やかな笑顔。
シカマルが"帰る"という言葉を使うのは、家族がこっちに残るからであって。
それ以外はないのだけれど。
お帰りと言えることが。
自分のいる所が、帰る場所であることが。
こんなにも嬉しいなんて。
シカマル。
私ね、シカマルが好きだよ。
下手すると、彼氏よりずっと。
でも、この気持ちは恋だの何だのとあっさり言ってしまえる程単純なモノじゃなくて。
憧れも恋も一緒くたにしてしまったような、何かなの。
私も、答えを見つけたいんだけどね。
でも、まだ見つかりそうもないんだ。
(でも今は、このままで)
で。
お色直しで引っ込んだはいいが、花嫁がドレスによる散々の締め付けに気分を害したらしい。
本日のメインの異変とあってか、式場の人間は俺そっちのけで対応に当たっている。
お陰で、着替えも無事に終わった俺にはすることがない。
一応、愛を誓った仲だ。
花嫁の容態の一つや二つ教えてくれたっていいような気もするが、俺のこれまでの花嫁に対する全てを考えれば、これは当然の仕打ちなのかもしれない。
それはそれで構わないが、退屈で待つことにも飽きてきた。
今日のド派手な式は俺好みでもあるのだが、新郎というのは行動に制限が(花嫁ほどではないにしても)ありすぎてつまらない。
――ここらで、気分転換させてもらうぜ。
燕尾服だけど黒だし目立ちはしないだろう。
「新郎がこんなとこにいていいんですか?」
灰皿の設けられているバルコニーをようやく見つけて。
嬉々と外へ出たら先客。
「うるせー、西枡」
「お色直しで出てったんじゃなかったんですか?」
「花嫁の都合が悪くてな」
そう答えると、西枡はふーんと興味なさそうに、眼下の景色に視線をやった。
「青砥は?」
そういえば呼んだはずだと、ふと思い出して訊けば。
花嫁の友人共の餌食になったと一言。
「本人は夏芽ちゃん目当てで来たのに、夏芽ちゃんの顔すら見れてないって、さっき」
おいおい聞き捨てなんねーぞ、今の。
「青砥のヤロー相変わらずだな」
「夏芽ちゃんの結婚式来れないくらい、ベタ惚れでしたからね」
はっと小さく笑い飛ばせば、西枡が息を詰めた。
なんだなんだと茶化そうとしたら、
「オレ、棟方さんは結婚しないと、思ってた」
灰皿に、ポトリと灰が落ちて。
「夏芽ちゃんが、結婚しちゃったから」
どこかの披露宴のざわめきが、微かに聞こええて。
俺達の間にも流れた。
「俺も、そう思ってたんだけどな」
見下ろした先の庭に、白い小さな花を所狭しと並べた木が。
よくよく見れば、ドレスを着た女性のシルエットに刈り込まれ。
花嫁のドレスとベールの役目が、その白い花だった。
絵に描いたようにシンプルな植木の花嫁。
そんな植木の花嫁よりもシンプルなウエディングドレスを着てた夏芽ちゃん。
今でも鮮明に思い出せるのは。
受け入れられない事実だからに違いない。
『ありがとうございます、棟方さん』
幸せそうに笑ってた夏芽ちゃん。
おめでとうとは、言ってやらなかったのに。
飾り気のない真っ白なドレスは、これでもかというほど現実感がなかった。
「夏芽ちゃんの結婚式」という悪夢みたいな現実を、ほんとうに悪夢を見ているかのように錯覚させるくらい「結婚式」に似合わなくて。
『本当に結婚するの?』
バカみたいな本音が零れ落ちた。
それに夏芽ちゃんは困ったように笑って。
『本当にしちゃいます』
お先にって、少し泣きそうだったっけ。
「西枡さん!こんなとこにいたんですか、心配したんですよ。ずっと酔っ払ってたし、トイレ行くって言ってからもう随分経つし…って、もう!聞いてるんですか!?」
バルコニーに乱入してきた人物は、散々西枡を捲くし立てて仁王立ち。
その隣には、ちゃっかり青砥。
「青砥、元気にしてたか」
「棟方サン、おめでとうございます。元気でしたよ、俺は」
「棟方さん!?ちょっと、今日の主役がこんなとこで何してんですか!!」
怒っていたはずの顔がくるくる回って、今度は焦り顔。
「ハハ」
笑い事じゃないですよって、また怒った。
少しも変わらない夏芽ちゃん。
隣には、心底嬉しそうな青砥。
そして、その青砥の顔にイラッとくる俺も少しも変わってない。
こんなにも変わらないままなのなら、伝えておけばよかったのかもしれない。
「夏芽ちゃん」
改めて名前を呼べば、一瞬戸惑いがよぎった顔。
「何、ですか、棟方さん」
「話があるんだ」
西枡が嫌がる青砥を引っ張って、バルコニーから出て行くのが片隅に見えた。
「話、」
緊張からくる首もとの苦しさを緩和しようと、右手をネクタイに伸ばした。
「…!…それ、私の…」
そうだよ、夏芽ちゃん。
まだ夏芽ちゃんが誰のものでもなかった頃の。
「私の餞別…」
淡い紫のようで薄いピンクのような。
なんとも夏芽ちゃんらしいセンスで選んでくれた、就職祝いでもあったネクタイ。
夏芽ちゃんの結婚式でも、恨みがましくつけて行ったのは一生教えてはやらないけど。
「夏芽ちゃんがくれた、唯一、形の残るプレゼント」
今日という日に身につけた意味を、
「ねぇ、夏芽ちゃん。俺、昔言ったよな西枡に。優しくして期待させるのは、男が悪いって」
「………」
「俺は誰よりも夏芽ちゃんには優しくしてきたつもりだったんだけど」
夏芽ちゃんは俯いて。
ずるいですと一言。
「うん」
「もっと早く言ってくれなくっちゃ、」
上がった顔には涙と、大好きだった笑顔。
「ごめん、でも言わせて。好きだったんだ」
私もだったんですよって、夏芽ちゃんは穏やかな声だった。
(戻れない日々に、俺と君はどうやら、恋をしていたようだ)
披露宴の友人の席で、旦那をほったらかしにして夏芽ちゃんはガチャガチャ何やらやらかしている西枡にかかりきりだ。
あいつはいい歳して何してんだか。
仕方ないですねもうと、夏芽ちゃんの口が動いてる。
西枡は西枡で何か言い返しているようだ。
「ね。あそこの人がバイト仲間だっけ?」
「……あ?あぁ」
「あたし今日初めて会うんだよね。紹介してよ」
ウェディングドレスなんて厄介なゥン十万もするとんでもないモノを着込んでいるから動けないのだと、二人を呼べと急かされた。
かといって俺も、フラフラ歩き回っていい御身分でもない。
「こっちに気づいたら呼ぶ」
生憎、夏芽ちゃんと西枡は取り込み中。
西枡に限ってはこちらに背を向けて座っているから、夏芽ちゃんが気づかない限り無理だ。
俺にとっては、そっちの方が都合がいいんだけどな。
ところが。
「あ、こっち見たんじゃない?」
机の下で足をバシッと叩かれた。
テーブルクロスがあると思ってこのヤロー。
ムッとしながらも、夏芽ちゃんに来い来いとコンタクト。
夏芽ちゃんはあぁと気づくと、西枡の腕を軽く叩いてこちらを指した。
それから旦那に一言声をかけて、少し残念そうに後ろを窺いながら歩き出した。
ところが何も無いとこで躓いて(やると思ったんだ)、西枡が前を向いて歩けと言ったらしく、また二人でブーブーやってる。
「何スか、棟方さん」
「ちょっと!」
「お前、本当相変わらずだな」
ぐいっと西枡の裾を引っ張って、夏芽ちゃんが咎める。
こんな昔にあったことでさえ、今は見たくもない光景の一つになるほど俺はキてる。
「お二人はご夫婦なんですかー?」
あっと、存在を忘れてたと態度に丸出ししてしまった夏芽ちゃん(披露宴でしかもこの至近距離で花嫁の存在をシャットアウトできるのもすごいが)。
こっちのネジの緩さ具合も相変わらずか。
「あー、い…」
「そうです、新婚ラブラブ…」
「うっせー、黙れ!」
西枡が珍しく初対面の相手に調子に乗って、夏芽ちゃんの顔も青ざめた。
だが、ここまで青ざめるほどの失言ではないはずだ。
「どうした夏芽ちゃん?」
「あ…さっき、西枡さんお酒飲まされちゃったんです」
「あ〜なるほど、ね」
酔ったのか、こいつ。
全く飲めないわけじゃないが、随分長い間飲んでなかったし、慣れない席で調子も狂ってんだろ。
「大丈夫か、西枡?」
「大丈夫です。新婚ラブラブじゃなくて、新婚ホヤホヤでしたね」
「いっぺん死んでこい」
「イヤだな、冗談ですよ」
「そうだ!これであの夢も実現できそうですね」
夏芽ちゃんがいいことを思い出したというようにキラキラした笑顔。
「あーハイハイ。そうだよ棟方さん。棟方さんがやっと結婚したから、あとは金次第だ」
「???」
「え〜、もしかして忘れちゃったんですか〜?」
「うーわー」
呆れた目で俺を見た後、二人は顔を見合せて、夏芽ちゃんとやろうかな常連その方が増えそうだしと西枡。
「あ!あー!思い出した、思い出したアレだろ」
飲食店やろうぜと、そうだ言ったわ俺。
俺と西枡とその嫁さん二人の四人で一発かまそうぜと、最後の最後に馬鹿馬鹿しいほど熱く語り合ったっけか。
「招待状、送ってくれるんですよね?」
『うっわ迷惑です。行きませんからね絶対』
『なんだとー!絶対送りつけてやるからな招待状!!』
「行きませんからね絶対、じゃなかったか?」
「あの日はそうでしたけど、今は行きたいです」
「ねぇ夏芽ちゃん。夏芽ちゃんも一緒にやろうよ」
「え〜イヤですよー。夫婦ばっかのとこに一人とか、気まずくてイヤです」
「そんなこと言わずにやろうよ」
あの日々のような会話の仕方。
西枡は相も変わらず夏芽ちゃんに甘えたで。
夏芽ちゃんはあの日々のように、それを明るく笑って聞いてやっている。
何も――何一つ変わっていないようなのに。
確実に何かは変わっていて。
「じゃ、西枡のとこ二人と、夏芽ちゃんと俺の四人でやろうぜ」
「「え」」
それまでにこやかに会話していたのに、途端に引きつった二つの顔。
しかも同じタイミングで、俺の左隣を見やる。
「でも…ねぇ、西枡さん」
「ん、さすがにそれは」
「何でだよ。その方がお前だってやりやすいだろうが西枡!」
それはそうですけどと、もうあと一押しっぽい人に関しては好き嫌いの激しい西枡。
だけど、
「何言ってるんですか。これから知り合いになって、下手したら私とよりうまくいくかもですよ?今日はもうこの話やめましょ。ね」
夏芽ちゃんが気を利かせてくれたというのに。
隣のKYが余計な一言を口にしようとしたが、式場の人にお色直しの着替えだと遮られて助かった。