私は、「待つ」なんてことしたことがないの。
相手が、あのストーカーゴリラだったんだもの。
「待つ」とかそういう次元の話じゃないでしょう。
だってあのゴリラ、勝手に毎日会いに来るんだもの。
だから、私は「待つ」なんてことしたことがないのよ。
なのに、
「近藤さん、もう半年近くになりますね」
新ちゃんが、あのゴリラが半年前までよくよじ登ってた電柱を眺めて一言。
『お妙さん、今日も絶好っちょうに綺麗ですね!!』
イカつい顔を、小さな子みたいに赤くさせて。
何がそんなに嬉しいんだか、これでもかってくらいのイイ笑顔で。
誰にでも想いつけそうな安っぽい台詞で、近所迷惑なんて顧みず(警察のくせにね)、声を張り上げるゴリラ。
そのゴリラが、鼻息荒く「お返ししますから!」って。
スナックすまいるのご愛嬌チョコを受け取ってから、姿を消した。
風の噂では(ジミーとかいう男から聞いた気がしないでもないけれど、地味な出来事すぎて忘れた)、不穏な動きをする集団の後を追いかけまわしている真っ最中で。
今、この江戸にはいないのだとか。
「楽しみにしててくださいって、言ったくせに」
「え?姉上、何か言いましたか?」
「別に、結野アナがムカつくって言ったのよ」
「えェェェ!?いきなり結野アナ!?テレビに映ってるの、別のアナですよ!!??」
「ねぇ、新ちゃん。私ね、新しく煮玉子覚えたの。昨日作って、冷蔵庫で味をしみ込ませておいたんだけど」
「あ!僕、神楽ちゃんと約束してるんでした!!待たせたら、神楽ちゃんにボッコボコにされちゃうんで、行ってきまーす!!!」
開けようとして冷蔵庫にかけた右手が。
力を込める手前で、意味もなく引っかかったままになってしまった。
『え!お妙さんの手料理が食べれるんですかァァァ!!』
電柱から塀によじ登り変えてると思ったら、次の瞬間には居間の机の前に正座。
顔は、もっとイイ笑顔。
「楽しみにしててくださいって、言ったくせに」
ホワイトデーなんて、とっくに通り過ぎちゃったわよゴリラ。
お返しって、あの仕事だから仕方なく渡してあげた義理って何回ついたっておかしくない、あのバレンタインのチョコのお返しのことでしょ?
たとえお仕事柄って言っても、お妙さんからのチョコだって。
あなた、みっともないくらい泣きじゃくってたじゃない。
泣きながら、ちゃんとお返ししますからって。
「言ったじゃない…」
嘘を吐く人なんかじゃない。
愛想良く立ち回ってうやむやにする人なんかじゃない。
だから、あのストーカー行為だって殴ることでしか抵抗しなかった。
本当に辞めてもらいたかったら。
出るとこ出て、きっちり片つけてもらってるわよ。
「ねぇ、私がこんなに待ってるんですよ?」
私は、待たせたことはあっても。
待ったことなんて、ないんだから。
本当は、会いに行けないわけじゃない。
たとえ機密事項だったとしても、普段から私を「姐さん」と軽々しく呼ぶゴキブリ連中のことだもの。
私が凄めば、手掛かりぐらいは教えてくれるはず。
でもね、行かないわ。
だって、あなたが「楽しみにしててください」ってそう言ったから。
楽しみにしてるから、だから。
「近藤さん、あなたから会いに来て」
(あなたを待っています)