話題:SS

通り道にある自動販売機が少し気になっている。何処にでもあるようなドリンクの自販機。[奥さまは魔女]ふうに言うならば、「ごく普通の町にあるごく普通の道のごく普通の自動販売機、でもただ一つ違っていたのは──たびたびレモンスカッシュが売り切れになる事だったのです──」

注目して欲しいのは、この“たびたび”という部分。売り切れのランプがずっと点灯したままなら「ああ、(人気がなくて売れないから)補充していないんだな」と納得出来るが、“たびたび売り切れ”になるのは、つまり、その都度補充はされている事になる。補充→売り切れ→補充→売り切れ。この繰り返しにより“たびたび売り切れる”状況が出来上がるという訳だ。

ここで疑問。

レモンスカッシュってそんなに人気あるのだろうか?

私の周りを見る限り、需要はあまり無いように思える。オレンジエードには勝てるとしても、せいぜいジンジャーエールといい勝負だろう。それでも、真夏ならば、百歩譲って、人気が高まるとしても、真冬はどうだろう。すぐ隣の[はちみつレモン]は売り切れにならないのも引っかかると言えば引っかかる。

……とは言え、レスカが好きで好きで仕方がないという人だっているだろうし、そういう人なら季節に関わらず飲むだろう。たまたま、そういう人がこの道をよく通るのかも知れない。

そんなふうに自分を納得させ過ごしていた或る晩。真冬らしい底冷えのする夜で、何気なく見上げた星空がとても綺麗だった。しばし冬の星座に心を奪われていた私であったが、ふと、月の色がやけに蒼白い事に気がついた。この顔色、ひょっとして具合が悪いのかも知れない。気を失った月が、このまま地球に落下してきたら大変な事になる。何か自分に出来る事はないのか?

沈思黙考、数分。不意に妙案が浮かぶ。奇しくも目の前には例の自販機の姿がある。幸いな事にレモンスカッシュは売り切れていない。よし、これならいけるかも知れない。私はレスカを1本買うと、缶をこれでもかというほど振った。そして缶の口を月に向け、気合いと共にプルトップを強くひいた。

プシューーー!!!

物凄い勢いで吹き出たレモンスカッシュの噴水が(私の視界の中で)月に吹き掛かる。すると……心なしか月が黄色味を帯びて来たように見えた。ならば、もう1本。プシューーー!!……やはり、うっすらとではあるが間違いなく黄色くなっている。もう1本。更に1本。おまけに1本。ついでに1本。駆けつけ3本。こうなるともう止まらない。体が勝手にレモンスカッシュを買い、振り、月に吹き掛ける。

気がつけば、実に18本のレモンスカッシュを月に吹き掛けていた。もはや月はすっかり元気を取り戻し、黄色を通り越して黄金色に輝いている。

もう大丈夫だろう。これで月が地球に落ちてくる心配はない。私は安堵の息を漏らした。汗をかいたので、何かさっぱりした物が飲みたくなった。コーラを買うつもりが、体が勝手にレモンスカッシュのボタンを押していた。そして、取り出し口に缶が落ちるのと同時にレモンスカッシュは売り切れとなった。

もしかして……此処に至り思う……この自販機のレモンスカッシュがたびたび売り切れになるのは、こういう事だったのではないか。月の色を心配した人間が私のようにルナティックになり何本ものレモンスカッシュを月に吹き掛け続ける。そして最後に自ら祝杯をあげ、売り切れとなる。ためしてガテン。これなら合点がゆく。隣の[はちみつレモン]が売り切れないのは、炭酸が入っていなくて月まで【黄色】を飛ばせないから。

日常のちょっとした謎が解けてご満悦の私。見上げれば、お月さまもご機嫌な顔で輝いていた……。


追記──長い間行方知れずだったケンちゃんから連絡があった。近々帰ってくるそうだ。戻って来たら、今まで何処で何をしていたのか、是非とも訊いてみなければいけない。


〜おしまひ〜。